第15話:リズとエリザベスと茜




『私』が目覚めると、いつもと違う部屋だった。

 サロンでもシャーロットの部屋でも、まして執務室でも無い。

「え?どこよ、ここ」

 声を出して驚いた。

 いつもの「にゃ~ん」と言う可愛い声では無い。


 起き上がると、視界に入ったのは長い艶やかな黒髪。

 豊かな胸に、華奢な腕。

「人間になってる!」

 驚いて手を持ち上げて確認しようとすると、右手は誰かにしっかりと握られていた。

 視線を向けると、ベッド脇のスツールに座り、布団に突っ伏して寝ている白い頭。


「これは第二王子……ダニーよね」

 薄闇の中でも、輝く白金の髪。

 そして『私』は思い出した。

 猫の姿の時にダニエルにくちづけられた事。

 それとほぼ同時に、エリザベスの記憶がよみがえった事。


「だけど残念ながら、中身はまだ前世の日本人、茜のままなのよね」

 『私』の記憶もより鮮明になり、前世の『茜』と言う名前も思い出した。

「ごめんね、完全なエリザベスじゃなくて」

 茜はそこにある白い頭を、よしよしとでもいうように、優しく撫でた。




「……と、言うわけで、私はエリザベスの記憶を持った茜と言う人間です」

 茜は早朝かと思っていたが、実はまだ同日の夕方だった。

 魔術師長とセザールも屋敷居ると知り、仕事から帰って来ていたウェントワース侯爵も含めて、主要メンバーを部屋に呼んでもらった茜は、正直に今の自分の事を話した。

 因みに洋服はシャーロットの物を借りている。


「イライザとしての記憶は有るのだな?」

 ダニエルの問いに、茜は頷く。

「ですがドラマ……えっと、舞台を見たかのように他人事なので、本当に記憶だけなんです」

 申し訳なさそうに言う茜を見て、ダニエルは複雑な表情をする。

 見た目は間違い無くエリザベスなのに、口調が全くの別人だった。


「今の状態のエリザベス様の事は、まだ秘密にした方が良いでしょう」

 魔術師長が静かに提案する。

「必要なら、姿変えの魔導具を用意します」

 そう付け足したのは、セザールだった。

 王家保有の国宝に、姿変えのネックレスがある。それは動物に姿は変わるが言葉は話せるすぐれ物だった。



「あ!子供の頃に悪戯して怒られたアレですね!ダニーが虎になって、セザール様が犬になって、私が猫になったネックレス!」

 姿変えのネックレスの事は王族や、国の重鎮ならば知っている。

 子供達が悪戯して叱られた事も。

 しかし王子二人とエリザベスが何に変化へんげしたのかは、三人だけしか知らないはずだった。

 茜の中には、確かにエリザベスが居る。


「今のままでは学園に通うのも不安ですし、リズとして置いていただけないでしょうか?」

 茜があざとく、上目遣いでオネダリをする。

 この辺は前世の25歳社会人が出ていた。もっとも、当時は同僚に仕事の手伝いをお願いする程度だったが。


「私からもお願いする」

 ダニエルが茜の横で、ウェントワース侯爵に頭を下げた。



「殿下!おめ下さい!!」

 ウェントワース侯爵が悲鳴のような声を上げる。

 この場には殿下は二人居るのだが、そこを気にする余裕も無い。


 駄目押しとばかりにセザールも頭を下げようとしたのを、シャーロットに気付かれ「第三王子殿下?」と声を掛けられて姿勢を直した。



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