第14話:リズとエリザベスと私




「どうなのだ?魔術師長」

 真剣な表情で『リズ』の瞳を覗き込んでいる魔術師長に、ダニエルが焦れて問い掛ける。

 あの後、『リズ』の真っ黒で柔らかい肉球を散々堪能してから、ダニエルは魔術師長へ『リズ』を渡した。

 既に5分以上、魔術師長は『リズ』を調べている。

 大人しく調べられている時点で、『リズ』がただの猫では無いと知れる。


「エリザベス様では無い、と思われます」

 魔術師長の言葉に、ダニエルが目に見えて落ち込む。

「ですが、エリザベス様の魂ではあります」

 更に付け足された魔術師長の説明に、その場に居た全員が「は?」と間抜けな声を出した。



 魔術師長の説明は、シャーロットが考えていたよりもかなり深刻だった。

 姿変えの魔法陣と思われた物は、もっと性質タチが悪く、姿を変えた上に魂を体から追い出してしまう物だった。

 からになった体には別の何かが入り込み、二度と人間に戻れない……はずだった。


「何がどうなったのか、エリザベス様の魂は形を変える事で、かろうじて体にとどまったようです。ですので、元に戻る可能性は充分に有ります」

 魔術師長の詳しい説明に、セザールとシャーロットは顔を綻ばせ、『リズ』は納得していた。


〈体から追い出されないようにエリザベスが頑張ったら、前世の私が出てきちゃったのね〉

 なるほどね~などと呑気に考えていたからか、『リズ』は完全に油断していた。

 魔術師長の手から『リズ』を奪い取ったダニエルは「良かった!」と言いながら、『リズ』へとチュッとくちづけた。




 腋の下辺りを両手で持たれテローンと伸びた状態で、『リズ』は固まっていた。

〈何考えてるんだ!馬鹿王子が!〉

 叫んだ瞬間に、怒涛の記憶が押し寄せてきた。

 それは、エリザベスの記憶だった。

 物心ついてからの生活、婚約者との甘酸っぱい記憶、走馬燈のように、巡る。

〈マジか~〉

 余りの情報量に、『リズ』は意識を手放した。


 「シャーッ!」と猫らしく怒った後、『リズ』は動かなくなり、「にゃ~」と頼りなげに鳴いた。

 そのままクタリと体から力が抜ける。

「おい!イライザ!!」

 手の中でグッタリとした『リズ』を、ダニエルが膝の上に下ろす。

 それを待っていたかのように、『リズ』の体から湯気が出る。


「イライザ!?」

「リズ!」

「エリザベス様!!」

 それぞれが好き勝手な名で呼ぶと、ボフンと大量の湯気を出した『リズ』は黒髪の美少女へと姿を変えた。




 ダニエルの膝の上で姿を変えた『リズ』は、夜着姿の黒髪の美少女だった。

 瞳は閉じたままだが、その顔には誰もが見覚えがあった。

 エリザベス・キャンピアン公爵令嬢、ダニエルの婚約者である。


 魔術師長は羽織っていたローブを脱ぐと、急いでエリザベスの体にかけた。

「急いで客室の用意を!」

 執事に命令を出したのはシャーロットだ。

 セザールは、ただただ呆然とエリザベスの顔を見つめている。


 ダニエルは、眠る婚約者の頬にそっと触れた。

「温かい……生きてる」

 それだけを呟くと、膝の上のエリザベスをギュッと抱きしめた。

 猫になったとの話も、実は半信半疑だったのだろう。

 最悪の事態を想定していないはずがない。

 エリザベスが生きて、自分の腕の中に居る。

 その幸福に、ダニエルは静かに涙を流した。



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