第11話:リズとエリザベス




〈何!?何があったの!!?〉

 突然の浮遊感と圧迫感に、一気に『リズ』は覚醒した。

 目の前には、涙を浮かべている紅の眼。

〈カラコン!?〉

 黒髪黒眼の日本人という種族だった『リズ』から見れば、紅い瞳など馴染みが無いので当然の反応だった。


「にゃ!?」

 意味は通じなくても、驚いた事と疑問形の声だという事は通じたのか、第二王子は『リズ』の顔を覗き込む。

「イライザ、私が誰だか判るか?」

 問い掛けに『リズ』は首を傾げる。

「君の愛するダニエル・シリル・フォルタンだ」

 君じゃないのか、というツッコミをする人間はここには居ない。


 ただ、他の疑問を持っている人物は居た。

「あの、不敬を承知でお聞きします。第二王子殿下は、動物性愛者ズーフィリアでいらっしゃいますの?」

 シャーロットは横に立つセザールに、こっそりと小声で質問をする。


「そうなるよね~」

 しょうがないという雰囲気を顔にも声にも滲ませ、セザールは兄である第二王子ダニエルへと近付いた。


「兄さん、学園に変な噂を広げたくなければ、とりあえず落ち着いて」

 やっと周りを見る余裕が出来たのか、ダニエルはわざとらしい咳払いをしてから立ち上がった。

 しかし『リズ』は抱いたままである。

「説明させてくれ」

 ダニエルは、シャーロットを見ながら『リズ』の頭を撫でた。




「それでは、このリズ……様はエリザベス様なのですか?」

 シャーロットの質問に、ダニエルは頷く。

「その日イライザは、王宮に泊まりに来ていた。そして朝、侍女が起こしに行くとイライザはらず、この黒猫がた。皆でイライザを探しているうちに、黒猫も居なくなってしまったのだ」

「……はい」

 シャーロットは相槌を打つが、イマイチ納得はしていない。


「そしてその後、イライザが寝ていたベッドの裏から姿変えの魔法陣が見つかった」

 ダニエルの言葉に、シャーロットはヒュッと小さく息を吸った。

「王宮魔術師が解析したら、猫に変わったはずだと……」

 ダニエルの視線が膝の上の『リズ』へ向いた。


〈にゃんですとー!?まさかのエリザベス猫化!しかもそれが私!〉

 『リズ』はダニエルの膝の上で、その綺麗な顔を見上げていた。

〈夢で見たのと同じ顔。いや、少し大人っぽくなった?でも、高貴な顔立ちってこういうのを言うんだろうな~〉

 猫独特の大きな瞳孔を丸くして、『リズ』はダニエルの顔を見つめる。

 残念ながら、夢以上の記憶は無い。


〈その姿変えの魔法の影響で、前世の記憶が戻ったのかな?〉

 そこで『リズ』はある事実に気が付いた。

〈前世の記憶の件は良いけど、私、今世のエリザベスとしての記憶が無いよ〉

 急に不安になった『リズ』は、ダニエルの手を逃れ、その膝から降りる。

 そして、向かいのソファに座るシャーロットの膝へと飛び乗った。



「イライザ!?急にどうしたんだ?」

 ダニエルがシャーロットの方へ行こうとするのを、セザールはその腕を掴んで止める。

「兄さん、落ち着いて。今、エリザベス様は、記憶の無いただの猫なのかもしれない」

 シャーロットは、膝に飛び乗った『リズ』をそっと胸に抱いた。


〈私は、エリザベスかもしれないけど、記憶も無いし、姿も猫なの。戻れる保証は無いし、このまま行方不明で婚約解消になった方が良いと思う〉

 『リズ』は、シャーロットの腕と胸の間にグイグイと顔を埋める。

 まるで隠して!とでもいうように。



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