第10話:黒猫と王子様




 婚約破棄の話をしていたら、突然クラスメートに声を掛けられ、シャーロット達は固まった。

 なぜか今まで殆ど話した事も無い、おそらく挨拶しかしていない第三王子が話に割り込んできたのだ。

 驚くなと言う方が無理だろう。

 しかもその内容が『リズ』とは何ぞや、というものである。

 第二王子の婚約者の名前がエリザベスという為、何か誤解が生じたのかもしれない。


 シャーロットは慌てて立ち上がった。

「誤解をさせてしまい、申し訳ございません。リズとはうちで飼っている猫の名前でございます」

 頭を下げながら、第二王子の婚約者のエリザベス・キャンピアン公爵令嬢とは無関係で有ると説明をする。


「もしやその猫は、ここ最近飼い始めた?」

 第三王子に問われ、シャーロットは「はい」と頷く。

 少し考えた様子を見せ、第三王子の問い掛けは続く。

「猫は何色?毛色と瞳は?」

 誤解は解けたのでは?と思いつつも、シャーロットは素直に答える。


「見事な黒毛で瞳は金色です」

 だがらエリザベス様にあやかって『リズ』と名付けました、とはさすがに言えなかったが……。

「……ありがとう」

 第三王子は手を上げお礼を言って、去って行った。

 自席には戻らず、そのまま教室を出て行ってしまう。


 そのまま、第三王子は授業が始まっても戻って来なかった。




 授業も全て終わり、さぁ、帰りましょうという段になって、第三王子は教室へ戻って来た。

 第二王子と共に。

 第二王子は学年が1つ上の第3学年なので、本来ならこれほど近くで見る機会は無いだろう。

 そう。

 第二王子は今、シャーロットの目の前に立っている。


「不躾で申し訳無い。君の家の猫、リズに会わせてくれないだろうか」

 第二王子の余りの真剣な様子に、猫好きなのですか?という軽口もたたけない。

「はい。どうぞ何のおもてなしも出来ませんが……」

 シャーロットは了承する事しか出来なかった。


 ウェントワース侯爵家の馬車には、シャーロットとなぜか第三王子が乗っていた。

 後ろを付いて来る王家の馬車には第二王子。


 ガチガチに緊張しているシャーロットを見て、第三王子は苦笑する。

「急で申し訳無かったね、ウェントワース侯爵令嬢」

「はい!あ、いいえ」

 飛び跳ねんばかりに驚いたシャーロットは、第三王子を見て、すぐに視線を下に向けた。


 その行動を見て、第三王子は気付く。

 まだ自分達は名乗り合ってもいなかったのだと。

「今更だが、僕はセザール・ヴァレール・フォルタン。兄の事は、後で紹介するね」

 それを受け、少しホッとしたように表情を変えたシャーロットが名乗り返す。

態々わざわざありがとうございます。ワタクシ、シャーロット・ウェントワースと申します」

 顔を上げたシャーロットは、第三王子……セザールに笑顔を向けた。



 侯爵邸に着いたシャーロットは、セザールと第二王子が一緒に帰宅した事を執事へと告げる。

 本来先触れを出し、学園で時間を潰してから帰宅するのだが、その時間すらも惜しいと押し切られていた。

「ごめんなさい。普通にお客様をもてなす程度で良いらしいの。それよりもリズはどこに?」

 出迎えに出た執事に小声で説明し、シャーロットは今1番重要な『リズ』の事を確認する。


「リズ様でしたら、サロンでお昼寝しておりました」

 執事が答えると、シャーロットが反応するより先に、第二王子が前に出た。

「サロンはどこだ!」

 一瞬驚いて目を見開いた執事は、すぐに「こちらです」と案内を始めた。



 小走りになりたどり着いたサロンでは、いつもの籠の中で、フワフワのクッションに埋もれて『リズ』は寝ていた。

 暖かいのだろう。

 大きく伸びて籠から尻尾がはみ出ている。


「イライザ!!」

 第二王子が走り寄り、『リズ』を籠から抱き上げる。

 驚いて目を開けた『リズ』の金色の瞳を見て、第二王子はあぁ……と泣きそうな声を出す。

「ここに居たのだね、イライザ。探したよ」

 ギュッと『リズ』を抱きしめた第二王子を、シャーロットと執事は呆然と眺め、セザールは苦笑しながら見守っていた。



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