第8話:報告します!




 執務室のソファに、大きな背中を丸めるようにウェントワース侯爵家当主は座っていた。

 そして『リズ』を膝に乗せ撫でながら、侯爵は懺悔のように昔語りを始めた。


 まだシャーロットが小さい頃、派閥内の抗争に巻き込まれ立場が弱くなったジョフロワ公爵に、政略結婚の申込みをされた事。

 特に断る理由も無かったので、それを受けた事。

 ただし、シャーロットを大切にする事だけは、婚約の契約書に記載もされている重要事項だとも、『リズ』相手なのに言っていた。


 だから、金だけ出すという礼儀知らずな事をしたジョナタンは、婚約破棄されても文句は言えないのだ、とも。

 しかし今回はウェントワース侯爵家のティファニーも、ジョナタンの非常識な行動に加担する形になった為、婚約者のえで手打ちにしないか?と提案したのだった。



「今までシャーロットには可哀想な事をした。婚約者の趣味だからと、下品なドレスに文句も言わず……しかし褒められ無かったと落ち込んでいた。陰で娼婦のようだと言われていても、凛と前を向いていた」

『リズ』を撫でる侯爵の手が止まり、グッと握りしめられる。

「まさか身内におとしいれられていたとはな」


〈漫画とは、大分話が変わったみたいね。これでシャーロットは大丈夫……よね?〉

『リズ』の脳裏に、あの自分を無表情で見下ろすヒロインの顔が浮かんだ。




 その日の午後。

 シャーロットが外出から戻ると、狙っていたかのようにジョフロワ公爵家から先駆けの連絡が届いた。


 まだエントランスに居たシャーロットが驚きに目を丸くしている横で、執事が使者に淡々と告げる。

「当主のみならば受け付ける。間違っても謝って元のままにしようなどと思うな、との旦那様からの伝言です」

 使者は恭しく礼をして、帰って行った。



「ワタクシが居ない間に何がありましたの!?」

 本来、ウェントワース侯爵は礼節をわきまえた人物だ。

 格上で婚約を結ぶ間柄の公爵家に対して、暴言に近い物言いなどしない。


「私からは何も。今なら旦那様は執務室におります」

 執事が礼をしながら答える。

 必要ならば案内する、という事だろう。

「お願いしますわ」

 シャーロットは、侯爵の居る執務室へと向かった。



 執事のノックに、中から入室の許可が出る。

 扉が少し開いているので、中に『リズ』が居るのだと察せられた。

 執事は扉を大きく開き、「シャーロットお嬢様がお戻りになりました」と告げると、自分は入室せずに、シャーロットだけを中へ通す。


「お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」

 執事の問いに、シャーロットは少し考えた後でカフェオレを頼んだ。

 侯爵も同じ物を頼む。

「かしこまりました」

 お辞儀をして、執事は退出した。


 部屋に入ったシャーロットは、室内を見回して首を傾げる。

 いつも居る家令の姿が無いからだ。

 それに父親は執務机ではなく、ソファに座り、膝には『リズ』。

 どう見ても仕事中では無い。



「何がありましたの?本当に……」

 シャーロットは言いながら、侯爵の前側のソファに座った。

〈おめでとうシャーロット!クソヤローとの婚約破棄が成立したよ!〉

 『リズ』が祝いの言葉を口にする。

 勿論、単なる「にゃ〜ん」としか皆には聞こえないが。

 実際にはまだ婚約破棄の手続き中だが、覆る事は無いだろう。


 可愛い声で鳴いた『リズ』を一撫でして、侯爵は今日有った事、そして今までのジョナタンやティファニーの非道な行いをシャーロットへと告げた。

 シャーロットはそれをただ、無言で聞いていた。


「ジョナタン殿とシャーロットの婚約は破棄し、ティファニーと新たに結び直す」

 侯爵の言葉に、シャーロットは無表情で頷いた。

「すまなかった」

 侯爵がローテーブルに手を突いて、シャーロットへガバリと頭を下げた。


「お父様、頭を上げてください。」

 シャーロットが何とも言えない表情をする。

「学園内でのジョナタン様の様子など、私がきちんと報告しなかったのが悪いのです」

 婚約者であるシャーロットをないがしろにして、平民のドリーをはべらしている事。

 ティファニーがそのドリーと仲良くしている事等を、「今更ですが」と前置きして、シャーロットは侯爵に報告した。



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