第7話:身から出た錆




 変な夢を見たな……『リズ』がそう思いながらサロンを出る。

 執務室へ行き、先程の侯爵の行動に感謝して、膝の上で愛想を振りまこうと思ったからだ。

 しかし執務室の扉は閉められていた。

 諦めてサロンへ戻ろうときびすを返すと、中から侯爵とティファニーが言い争っている声が聞こえてきた。



「お前のドレスを注文する予定だったをシャーロットに使う。どうしても赤いドレスが嫌なら、ジョナタン殿に理由を説明して解約料を払って貰うんだな」

「解約金など、うちでも払えるじゃないですか!」

「なぜお前が勝手に注文したドレスの解約料を、侯爵家が負担せねばならん。公爵家からの注文だ。もう最高級の赤い生地を取り寄せているだろう」


 どうやら昨日ティファニーが勝手に注文したドレスは、解約せずにウェントワース侯爵家が買い取る事にしたようだ。

 勿論、シャーロットが着るのではない。


「嫌です!何で私があんな下品なドレスを!」

「そのドレスを注文したのは自分だろうが!責任を取れ!」

「派手なお姉様なら似合うから良いじゃない!私は嫌よ!」

 ティファニーは愕然としていた。

 胸元が大きく開いた赤いドレスなど、自分に似合うはずがないと。

 しかも今回は白い刺繍もふんだんに入れたので、今までよりも派手に仕上がるはずだ。

 1歩間違えば下品なドレス。

 シャーロットの派手な顔と完璧なスタイルがあってこそ、のだ。


「侯爵家で買い取る連絡をする時に、ティファニーのサイズ表も送るように」

 侯爵は横に居る家令へと命令を出す。

 こうなると、もうこの決定がくつがえる事は無い。

 ティファニーは泣きながら部屋を飛び出した。



〈あっぶな!扉の前に居なくて良かった〉

 ティファニーの後ろ姿を眺めながら、『リズ』は安堵の息を吐く。

 そして執務室の中をそっと覗いた。


「ジョフロワ公爵家に連絡を。シャーロットとジョナタン殿の婚約は解消すると。今まで婚約者からの贈り物だと思っていたから、あんな下品なドレスでも我慢してシャーロットは着ていたのだ」

 侯爵は執務机を拳で叩く。

「しかし、こちらにも非がある。だから、婚約者をティファニーとするならば婚約継続すると伝えてくれ。くれぐれもジョナタン殿の失礼な態度を全面に押し出して話をするように」

「かしこまりました」


 侯爵と家令の話を聞きながら、『リズ』は首を傾げた。

 シャーロットはウェントワース侯爵家で、ジョナタンはジョフロワ公爵家だ。

 侯爵より公爵の方が上の立場のはずなのに、今の口調は完全に立場が逆転している。


 家令が廊下へ出て来ると、足元に居る『リズ』に気が付いた。

「旦那様、こちらにリズ様がいらっしゃいますが」

 家令が室内の侯爵に声を掛けると、驚くべき速さで廊下まで出て来た。

「リズ~、おいで」

 しゃがみ込んだ侯爵は、両手を広げて『リズ』を呼ぶ。

 その姿がなぜかすすけて疲れて見え、『リズ』は大人しくトテトテと近付いて行った。



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