第6話:怒られるがいいさ!




「あの、こちらのお嬢様が婚約者のシャーロット様ですよね?」

 宝石商は、ティファニーを指し示す。

「そこに居るのは、妹のティファニーだ」

 ティファニーはソファに座ったまま俯き、膝の上でギュッと手を握りしめていた。

 侯爵からは見えていないが、顔面蒼白になっている。


「……何でお父様が屋敷に居るの?何で部屋に入って来たの?まずいわ、絶対に怒られる」

 ブツブツと呟いている声は、誰にも聞こえない。

 ソファの陰からティファニーを見上げている『リズ』以外には。


〈やったね!作戦成功~!〉

 ティファニーに見付かる前に、『リズ』は応接室を後にする。


 ティファニーは、今までも何回かシャーロットに成りすまし赤い宝石を選んでいたようなので、初犯で「出来心だったんです!」は通じないだろう。


 それに婚約者の屋敷に宝石商を送り込み、「好きな物を選べ」もかなり失礼な行為だった。

 通常は贈り主が選ぶか、店に一緒に買いに行くか、公爵家に宝石商を呼び一緒に選ぶか、である。

 今回はジョナタンもお咎め無しとはいかないはずだ。



〈ふふん!ざまぁみろ~怒られるがいいさ!〉

 軽い足取りで『リズ』はサロンへと向かった。

 後ろからティファニーの泣き喚く声が聞こえたが、敢えて聞き流した。


 逃げるような足音は、おそらく宝石商だ。

 これからジョフロワ公爵家へと向かう事だろう。

 婚約者を間違えたと言い訳するのだろうか。

 だが、そもそも婚約者を1度も紹介しなかったジョナタンの自業自得でもある。

 仮に宝石商のせいにして責め立てたら、社交界には何故そうなったのかの醜聞が流される事だろう。


 『リズ』は、達成感と共にサロンに置いてある籠の中へ入る。

 温かい日差しを浴びて、幸せな気持ちで眠りにつく為に。

 侯爵は今までのティファニーの悪行を洗いざらい白状させるだろう。

 そうしたら、あの趣味の悪い赤いドレスもシャーロットが着る事は無くなる。


〈婚約破棄しちゃえば良いのよねぇ、ジョナタンの有責で〉

 ふあぁ、と欠伸をしながら『リズ』は呟く。

 迎えに来てくれるシャーロットを待ちながら、クルンと体を丸めて意識を手放した。




「愛しいイライザ、今日もとても可愛いね」

 白と見間違う程の白金髪プラチナブロンドに、意志の強い赤い瞳の少年が笑う。

「イライザ!僕達の婚約が決まったよ!」

 少し成長した少年が『リズ』を抱き上げ、クルクルと回る。

「イライザ、明日から一緒に学園に通えるね」

 すっかり美しく成長した少年、いや青年が『リズ』を見て嬉しそうに笑う。




〈学校に行かなきゃ!〉

 籠の中で『リズ』は飛び起きた。

 まだ日が高く、それほど寝ていたのではないようだ。

〈今の人、誰だっけ?漫画の登場人物にしては、妙に現実的だったな〉

 白い髪に、赤い瞳……そういえば昨日、ティファニーが赤い宝石を選ぶ理由を、シャーロットの本命が王子様だって誤解させる為だって言ってたよね?と、そこまで『リズ』が考えたところで、急に思考が鮮明クリアになった。


〈何で忘れていたんだろう。当て馬王子が白髪に赤眼だったわ〉

 王子の存在は覚えていたのに、その王子の容姿を『リズ』はすっかり忘れていた。

 まるで、封印されていたかのようですらあった。



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