第6話「幼馴染だからな(ですから)」

 自宅までは徒歩30分程。

 駅からだいぶ離れた路地裏にある住宅街に、他の一軒家と比べひと際目立つ、白コンクリートの外装が特徴のお洒落な一軒家。


 家の前には小スペースながら家の外でバーベキュー等ができる庭まで付いている。


 ここが咲良優花の家。決して学校連中が想像しているような、警備体制抜群の古風な家に住んでいるお嬢様などではない。いやまぁ、一般家庭より裕福な暮らしをしてるのはそうだが。


「――あれ、お兄ちゃん?」


 と、背後からブレザー姿の女子中学生がそう呼びながら俺の方へと駆け寄ってくる。


「偶然だね! お兄ちゃんとゆうちゃんも今帰り?」


「こんにちは、美結みゆちゃん。学校帰りなのに今日も元気ね」


「勿論ですよ! 何しろ今日は夕飯が豪華だから、なんだろな~って考えてたらそりゃあ元気にもなります!」


「つまり食い意地が張ってるってことでいいのか?」


「だまらっしゃいお兄ちゃん!!」


『水無月美結』――俺より3つ下の妹で、現在中学2年生。後ろで束ねた短めのポニーテールが特徴で、夕焼け時にやたらと綺麗に見える俺と同じ茶色の瞳は、妹の幼さがより強調されているように思う。


 美結自身は明るくて素直だし、この歳になっても特に実兄である俺を毛嫌いするような奴でもない。そして何より、俺と違って運動神経も抜群だ。俺と違って。


 一体遺伝子を貰う際どこで間違えたんだろうと今でも思うことは少なくない。


「……というかお兄ちゃん達、どうしたんその大きい荷物は」


「あぁ、優花への一方的な贈り物だ。ほら、今日は優花の誕生日だったから男子どもが我先と昇降口の下駄箱の中やら教室の机の上やらに置いてったそうだぞ」


「なにその芸能人御用達用のイベント。サイン会場かなんかだったの?」


 言いたいことはわかるが、もう少しわかりやすい例えは無かったのか妹よ。


 何処の誰の影響を受けたのか、美結は生粋の少女漫画オタクだ。俺や優花のように小説を読むこともあるが、妹の部屋の棚にはここ1年程で買え揃えたと思えない程の大量の少女漫画で埋め尽くされているそうだ。兄妹とはいえ女の子の部屋だからな、妹の許可無しに勝手に入るようなお兄ちゃんではない。ちなみに美結は俺の部屋には有無を言わさずに入ってくる。……うん、俺にはそんな遠慮は必要ないってことか。悲しっ。


「にしても、去年のも凄かったけど、今年のもめちゃくちゃブランドものだらけだね……。さすが月ノ宮つきのみや学院の生徒からの贈り物って感じがするけど」


「えぇ。でも少々処理に困っててね……。丁度その件を、帰りながら水無月君にも話してたところだったの。良かったら美結ちゃんも何個か貰っていってくれないかな……?」


「え、いいの!?」


「勿論よ。遠慮しないで食べるだけ持っていっちゃって」


「わぁ~い! 優姉ちゃん大好き~!」


「厳禁だなぁお前」


「素直の『大好き』だから! 決してお嬢様ヒロインに無理やり迫ってくるようなモブ男達とは違うからぁ!」


 美結は両手が荷物で塞がっている優花に抱き着きながら文句を垂れる。


 ちなみに美結は、優花の内面について知る数少ない理解者だ。ただ、優花は美結の前でお嬢様口調を崩したことはなく、美結にとっての“お姉ちゃん”であろうとしている節がある。


 妹も言うならば彼女の幼馴染だが、俺とは違う、そう捉えてしまっているんだろう。

 特に身内にはその傾向が強く、優花は両親の前でも以前までの彼女であろうとしている。


「そういえば、今日の夕飯はご馳走だって言ってたけど。何か特別なお祝い事でもあるの?」


「……え。ま、まさか、お兄ちゃん、優ちゃんを今日の席に誘ってないの!?」


「ん、あぁ」


「なんで!? それじゃあ今お母さんは誰のためにご馳走作ってると思ってるの!?」


 広々とした住宅街の外で反響する美結の声に、俺は思わず耳を抑える。


「い、言わなかったのは悪かったけど、そんな約束しなくたって今日は放課後俺の家に来ること知ってたから、サプライズでもいいかと思って敢えて言わなかったんだよ」


「え、そうだったの?」


「うん。元々水無月君の家にお邪魔はしようかなと思ってたわよ。まぁタイミングが悪くてまだ確認も取ってなかったんだけど、どうせ察してるかなと思ってたから言わなかったけど」


「……なんでお互い一方的に理解しちゃってるの?」



「「――幼馴染だからな(ですから)」」



「普通幼馴染ってそこまで理解出来ないんだよ……?」


「いや、普通だろ。な?」


「えぇ。長年一緒にいますし、意思疎通ぐらいは簡単にできますよ」


「もう怖いこの人達……。今朝のことと言い、見てて心配になってくるわ……」


 俺達の顔を見ながら引いたような表情を浮かべる美結。

 どこかおかしな部分があっただろうか、そんな風に考えていると、水無月家の玄関扉が開き、そこからエプロン姿の母が顔を覗かせた。


「もう、さっきからそこで何をやってたの? 家の中からでも貴女達の声が響いてきてたんだけど?」


「あ、ママ! ねぇ聞いてよ、お兄ちゃん達意味わかんないの!」


 誤解を生みかねない表現辞めなさいよ。


「あぁ……俺が今日、家で優花の誕生会しようとしてたことを本人に言ってなかったことに美結が『何で!』って怒って、でも俺は優花が今日家に来るってことを知ってたから敢えて言わなかったって言ったら頭抱えだしちゃってさ」


「それだけじゃないの!! 優ちゃんだって、誕生会の存在を知らなかったのに今日家に遊びに来ようとしてたこと、何も言ってないのになんでか意思疎通し合ってんの!! んで、それを『幼馴染だから』っていう理由で片付けようとしてるんだよ!?」


「わ、私も、お互い何も言わずとも共有出来るならいいと思ってるんですが、どうも美結ちゃん的に納得はいかないようで……」


 優花も額から汗を流しながら文言する。

 一連のやり取りを把握した母さんは「はぁ…」とため息を吐き、俺と優花へ視線を向ける。


「……事情は大体把握したわ。まぁ、貴方達だから私は納得しちゃえる、というより納得せざるを得ないけど、世間一般的な幼馴染はそうもいかないと思うわよ? それこそ――幼馴染以上の感情とか、関係性が無いと」


「「……っ、……」」


 母さんの言葉に、同じタイミングで反応を示す。


『幼馴染以上の感情、関係性』――自覚した時期こそ最近(※去年)だが、俺達が会話を交わさずとも互いの考えを理解出来るようになったのは小学生の頃だったと思う。


 小学校は通っていた学校こそ私立と公立とで分かれてしまったが、学校以外の空間では常に隣に彼女が居た。一緒に遊びたい時、一緒に夏休みの自由研究をしたい時。一緒に流行りのゲームで遊びたいと思った時だってそう。常にどちらかがお互いの家に遊びに行っていた過去。ということは無意識に、あの頃から『好き』だったということだろうか……。


 それを自覚してしまったのもほぼ同時で、俺と優花は同時にお互いから視線を逸らす。


「おっかしいな。今日この辺りの地域暑かったかな……」


「そうね。しかも涼み始めるこんな時間から、妙な気温の変化ね……」


 ……2人のせいだろうが。心の中でそう呟く。


 ちなみに、俺と彼女が付き合っていることは家族全員が知っている。無論、優花の両親も俺達の関係性を把握している。


 付き合うことを告白したのは、丁度1年前。

 美結は俺達の関係性が進展するとは予想だにしていなかったようで驚いていたが、お互いの両親達は驚くこともせず「よかったね」とシンプルに喜んでくれた。まるで始めからそうなることがわかっていたかのように……やはり子は親に勝てないもんだな。


「ま、こんなところでゴタゴタやってても仕方ないわ。一先ず、蒼真は晩ご飯の支度手伝ってもらって、優花ちゃんは先に荷物の方をお家に置いてきちゃいなさい!」


「お、おう」


「わ、わかりました!」


 母さんはそう言うとすぐに開けっ放しの玄関から中へと戻り、美結も夕飯の匂いにつられてか、そそくさと家の中へ入って行く。


 俺は未だ冷めない頬の熱を手で扇ぎながら、ふっと隣の彼女へ視線だけを向ける。


「……それじゃあ、後でな」


「……ん、すぐ行く」


 先程までの口調より少し砕けた感じになってはいたが、どこか平常運転とは程遠い。

 いつもの彼女らしからぬ返事を受けながら、俺は家に向かって歩き出す。


 すると、ほんの一瞬の隙に、優花が俺の制服の裾を自分の方へと引っ張り引き寄せる。




「(――愛してるぞ♪)」




「~~~~~~っ!? っ、な、なんだよ……!!」




 耳元のすぐ側でささやかれた言葉。


 右耳を抑えすぐさま後ろを振り向くが、当の本人は既におらず、気づけば自分の家の門を通って家の中へと姿を消してしまった。


「……気まぐれすぎだろ、あいつ」


“普段の彼女”からは中々聞けなかった、心からの言葉。いつもの冗談めいた口調とは一線をかくす重みに、俺の頬は再び熱を取り戻してしまった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



To Be Continued...

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