第7話「にしし♪ 出来た妹で良かったね、お兄ちゃん!」

  ◇


 4月20日。夜7時半。


 家の前で母さんに捕まった俺は、制服から着替えずにブレザーだけを脱ぎ、ワイシャツの袖を捲って晩ご飯の支度を手伝っていた。


 家事に関しては可もなく不可もなくという感じで、基本的には一通りこなせる。料理に関しても同様だが、家に母さんがいれば家庭の味とやらの料理レシピを教えて貰えるし、隣の家には家事スキルさえ完璧な“高嶺の花”がいることもあり、彼女から教わることも多い。


 そんな日々を繰り返すこと早何年だろう。

 気づけば応用レシピまで覚えてしまい、家庭科の調理実習ではいつも満点合格な上、おまけで点を貰えることも増えてしまった。


 そのため「なぁ頼む! 俺達の班に入ってくれ!」「何言ってんだ! 俺達が先にお願いしてたんだよ!」「はぁ!? 俺達の方が早かったっての!!」と、俺の料理の腕を見込んだクラスメイトから争われる対象となってしまったこともあった。……俺はいつからヒロインポジに転職したんだよ。


「お! にぃに、何作ってんの?」


「ん、鮭のホイル焼きの仕上げ……って、お前何食べてんの」


「ん? さっき優ちゃんから貰ったブランド物のチョコ! これ凄いよ、軽く調べてみたけど8個入りの小さいやつでも3,000円近くするんだって!」


 いや高すぎだろ!


 制服から着替えてきたのか、黒のもこもこパーカーに白無地のTシャツ、ハーフパンツと、どこかの幼馴染を彷彿ほうふつとさせるラフスタイルな妹が俺の目の前で貰ったチョコレートを頬張っている。


「……ってそうじゃねぇ! もうすぐ晩ご飯だってのに何で間食してんだよ」


「あ、ごめんごめん。にぃにも食べたかった? ほら、あ~ん!」


「妹からの『あ~ん』には何の需要も感じられないから却下。後、チョコレートはこの季節溶ける危険があるから冷蔵庫にでも入れときなさい」


「今、全国のシスコンを敵に回したな?」


「妹がいる兄が全員シスコンだと思ったら大間違いだからな。いい加減少女漫画目線で俺のこと見るの控えろっつーの」


「それは無理な相談だね。お兄ちゃんと優ちゃんが主人公と結ばれるべき幼馴染ヒロインだとするなら、メインヒロインの登場は避けられない運命さだめ! その内訪れるべき壁をどう乗り越えるのか――それを見届けるのが妹キャラの務めだから、ねッ!」


 勝手に俺と優花のこと破局する前提で話進めないで貰ってもいいか?


 そんなくだらない話をリビングで繰り広げていると、夜遅くのこの時間に玄関のチャイムが家の中に鳴り響く。


「おっと、幼馴染ヒロイン様のご到着かな!」


「まだ続いてんのかその話」


 というか、やっぱり少女漫画でも幼馴染ってメイン役の負け所に収まるわけ?


 ライトノベルにおける幼馴染ヒロインが負けポジションとなるのは今に始まった話ではない。主人公のことを誰よりも理解し、誰よりも側で見ていたからこそわかる主人公の本当の想いを、誰よりも早く悟ってしまう負けヒロイン幼馴染


 それが悪いとは決して言わないが、そのポジションを俺と彼女に当てはめるのは縁起が悪すぎるぞ妹よ。それが本心か遊び心かは悟るまでもないが。


「――お邪魔します」


 と、本日の主役がリビングへと顔を出す。


 普段の制服姿も年相応の可愛らしさがあって良いと思うが、今日の彼女は水色貴重の膝丈ワンピースに、上には寒さ対策故のカーディガンを羽織っている。その大人びた風貌に一瞬目移りしてしまうものの、すぐに意識を現実へと引き戻す。


「……もうすぐでご飯できるから、ちょっと待っててくれ。飲み物、紅茶でいいか?」


「うん。いつもの、ストレートで大丈夫」


「了解」


「あ、お兄ちゃ~ん! あたし、昨日お母さんが買って来てくれたシャンメリーがいい!」


「んなものはない。自分で作れ、それか妥協してオレンジジュースにしとけ」


 俺の塩対応っぷりに美結は頬を膨らませる。

 俺達兄妹のいつも通りのやり取りを耳にして、優花は口許を手で隠しながらくすくすと笑っているようだ。


 そんな彼女の笑みを目にし、多少の気恥ずかしさを覚えつつ、本日のメインをそれぞれの皿へと盛り付けていく。ちなみに、肝心の母さんはというと買い忘れたというサラダのお供、トマトを近くのスーパーまで買いに行ってしまった。


「おぉ~! めちゃくちゃ美味しそう!」


「半分は母さんが作ってたやつだから、俺は野菜を切っただけだけどな」


「う~ん。この食欲をそそられるバターの香りが堪りませんなぁ~!」


「お前は親父か。ほら、さっさとテーブルに並べてくれ。あ、紅茶は今からやるから少しだけ待っててくれ」


 そう言いながら、俺はお茶パックが仕舞ってある棚を開け、そこから紅茶のパックを二つ分取り出す。紅茶と言えばミルクにレモンと様々な味があるだろうが、渋みが残ったストレートティがやはり嗜好しこう。俺も優花も、これに関しては同意見だった。


 テキパキと紅茶の準備を進めていく俺に向けられている視線に気がつき、俺は渋々、視線を送る主に目線を合わせる。その主とは、食卓の準備を進めているはずの妹――美結だ。


「……なんだよ」


「いや、ちょっと思ってさ。私はこうしてキッチンに立ってるお兄ちゃんが日常と化してるから違和感を感じないけど、世間的なイメージの話、現役男子高校生がここまで料理できるのって意外と貴重なんじゃないかと思ったわけさね」


「口調どうした」


「んでね? 将来的にこんな有能なお婿さんを貰える優ちゃんは、今どんな気持ちなんだろうなぁ、どんな想いで今を過ごしてるのかぁと思ったわけだぁよ!」


「――ちょ、ちょっと、美結ちゃんッ!?」


 リビングのソファで寛いでいた優花は顔を赤らめ、その場から勢いよく立ち上がる。


 その過剰反応を見逃す妹ではなく、口角をニヤリと上げる。まるで人間を揶揄からかう小悪魔のような不敵な笑みに、俺は一瞬背筋が凍る感覚を覚えた。


「おやおや~ん? もしかしなくとも、既にお2人は将来を誓い合った仲にまで進展していたり? まぁでも不思議はないかぁ。もう1年だもん、1年! いくら奥手なお兄ちゃんでも、大好きな幼馴染である優ちゃんをみすみす手放すようなことは――」


「――はいストップ。ったく、お前の過剰妄想も大概にしとけよ」


「むぅ、半分は本当のことなくせに~」


 将来を誓い合った仲ではないが、大好きな幼馴染という点は否定できない。それをわかっているからこそ、妹の相手を弄ぶような表情に真っ向からの太刀打ちができないのが現実。


 兄妹とは非常に面倒な存在だ。


 家族という、人生を生きる上で誰にでも必ず構築されてしまう1つの『コミュニティ』に存在する、唯一の同世代。


 血が繋がっているからこそ、気軽に話せてしまうからこそ、幼馴染以上に厄介な相手だ。


 強制的にひとつ屋根の下で暮らせざるを得ない環境が出来上がっているからこそ、兄妹は必要以上に知ってしまい、互いのパーソナルスペースさえも悠々と越えてきてしまう。


 どこまでが許されるのか知っているから。

 どこからが踏み越えてはいけないか知っているから。


 幼馴染以上に、俺にとっては厄介極まりないのが妹という存在だ。


「……お前って、実は把握してるんだ?」


「………」


 先程のやり取りの中、赤面した顔を冷まそうとゆっくりと深呼吸をする優花を視認した後、こっそりと美結へ耳打ちする。


 すると、俺の考えを読み取ってくれたのか、美結は俺にだけ聞こえる声量で答える。


「どこまで……兄さんの“それ”がどの範囲を示してるかにもよるから正確には答えられないけど、少なくとも、優ちゃんが『二重人格』であることは知ってるよ」


「……やっぱりな」


 以前からどこか勘付いていそうな雰囲気はあったが、さっきの揶揄いぶりから確信した。


 こいつは今の優花が〝高嶺の花かのじょ〟だと知っていて、敢えて優花を揶揄っていたんだ。――の反応を見るために。


「あ、でも――これだけは勘違いしないでね。私は、どっちの優ちゃんであっても、優ちゃんである限り大好きなお姉ちゃんでいるのに違いはないんだってこと。優ちゃんを揶揄って照れさせるのも可愛いなぁって気づいちゃったし、愛情表現として今後もちょくちょく揶揄いに行こうかな!」


「それだけは勘弁してやれ」


 素の彼女のメンタルが持たんぞ。


「……まぁ、何があったかは訊かないよ。優ちゃんに何があってああなったのかも。本人が1番知られたくないって感じみたいだし。それにあの頃の兄さん、1年前の出来事じけんより怖い顔してたからね。……知ってしまうのも、少し怖いから」


「そうしてくれると助かる」


「……、にしし♪ 出来た妹で良かったね、お兄ちゃん!」


「……お前もある意味二重人格みたいなもんだよな」


「優ちゃん程本格的な病ではないよ?」


「それはそうだろ。あんなのが近辺で起こりまくる方が怖いわ」


 そんなやり取りをしていた中、玄関の扉が開く音が聞こえ「ただいま~」と母さんの声も聞こえてきた。


 美結は反射的に母さんがいる玄関へと歩いていく。

 そして俺は未だ熱が冷めないのか、手で扇ぐ優花にそっと声をかける。


「……優花、紅茶できたけど、とりあえず飲むか?」


「……うん。少し熱いから、ちょっとだけ冷めた状態で飲みたいかも」


 妹のバカ野郎!


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



To Be Continued...

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