第5話「…………シーッ。――内緒ッ!!」

「……前から少し思ってたが、お前のその切り替えスイッチでどこからなんだ? 家の中だとオフモードになるのはわかるが、外でも今みたいに俺のノリに付き合ってくれる時とそうじゃない時で分かれてるしさ」


「昨日は『教室』で、しかも扉と窓が開いた学内だったからです。今は周囲に学校関係者はいませんし、多少なら付き合ってあげてもいいかなと。まぁ、気分の問題ですね」


「学校関係者はってことは、無関係の他人ならいいのか? 今のご時世、いつ誰がどこで何を聞いてるかわからないもんだぞ」


 と、俺はそう発言しながら意識を周囲へと広げる。


 優花の容姿に振り向くのはなにも同校の者だけではない。現に先程から、艶のある茶髪をなびかせて悠々と歩く彼女に視線を向ける人達が大勢いる。他校の制服を身に纏う学生、俺達と同じく帰路に着いていると思わしきサラリーマンなど


 さすがは全校生徒が認める高嶺の花だと認めざるを得ないが、さすがに注目されすぎではなかろうか。


 俺の心配事を他所に、優花は「そうですね」と言葉を紡ぐ。


「私としても、外での言動には注意しているつもりです。ですが、たった一瞬すれ違ったぐらいで私達の会話を記憶する猛者がいるとは思えませんし。口調だけは、割と素の感情を乗せてもいいかと思ってますよ」


 それはそうだ。

 俺だって、今日クラスの奴らが話していたこと全てを記憶しているわけもない。


 彼女にとって大事な外面のイメージ。それを遠目からでも崩さないことが最優先ということなのだろう。


 中学生だった頃、通りすがっただけの他校の生徒に遠くから写真を撮られたことがあった。

 リアルの関係に留まらず、ネットという繋がりを通し知り合いからその知り合いへ、そうして自身の情報が他者へと簡単に渡ってしまうような時代だ。


 で恐れているものがある以上、俺達は細心の注意を払わないといけない。


「……でも、水無月君が私を思って心配してくれるのは嬉しいです」


「そんなこと一言も言ってないが?」


「言わなくともわかりますよ。――幼馴染なんですから!」


 俺の顔を覗き込むような姿勢で、彼女は昼休みとまったく同じことを言う。


 やはりこの幼馴染には生半可な隠し事は通用しないようだ。けれどそう関心する一方で、どこか嬉しいという感情も湧いてくる。あの咲良優花に感情を見透かされてしまうことに。


「……というのは建前で。たとえ水無月君以外にも幼馴染がいたとしても、その人の心まで見透かせるとは到底思えません。興味が湧かない人にまで気を回すのは疲れますからね」


「サラッと架空の人物をディスるのな……」


「現に居ない他人ひとですから」


 前を歩いていく彼女の背中を見つめがら、俺自身も同じことを考えていた。


 幼馴染だったら誰にでも当てはまることじゃない。


 きっとお互いがそうだったから。


 きっと俺達だったから自然と見透かせるようになったのだろうなと。クラスメイトと友達。ただの友達と親友。それらの越えられない信頼の壁が確かにあるように、幼馴染だからと、全てを読みきれるとは到底言えない。


 単純に言えば、お互いが大事だから。――この一言で全てを説明できる。


 俺達はお互いに大事な存在なんだ。いつからなんて明確には覚えていない。物心がつくより前に、この幼馴染は当たり前のように隣にいたから。

 気を自然と許せてしまう関係性になったのはいつからだっただろう。


「……優花」


「……それは、ですか?」


「お前が察した方でいい。お前にとって、俺はいつから気を許せてた相手だったんだ?」




「…………シーッ。――内緒ッ!!」




 ふっと振り向いた彼女は、どこか小悪魔のような悪戯っ子な笑みを浮かべていた。


 ……あぁ。本当にこいつは。


 どうしようもないほど俺の心を掻き乱していく。他人相手には決して揺れ動いたことが無かった心臓の鼓動の高鳴りを、たった一言で鳴らしてしまう。


 難しい言葉なんて何も要らない。

 普段の彼女と違うその笑みを向けてくるだけで、俺の中に言葉では言い表せない強烈なインパクトを残してくる。末恐ろしいとはまさにこの事。


「……それで、この質問にはどのような意図があるのですか?」


「いや、別に。ただ聞いてみたかっただけだ。気にすんな」


 優花は「そうですか」と少し微笑んだ顔を見せ、再び俺より少し前を歩いていく。

 こうして後ろの立ち姿を見てみると、所作の1つ1つがまるでお嬢様のようにも見える。


 ……影から主君を守る存在、か。


 確かに俺は運動はあまり得意じゃないし、そこだけは唯一勝てない部分ではある。ただその分、持ち前の頭脳を活かして作戦を立てる指揮官というのは、俺の『過去の行い』を含めて間違ってはない。


 去年、優花を必要以上に狙っていた奴らを徹底的に追い詰め、金輪際関わらないことを条件に学園内から追い出したのは、何を隠そう俺だからな。


 そしてその功績は知るのは、この作戦に協力してくれた親友ぐらいだ。


(……なんか懐かしいこと思い出しちまったな)


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



To Be Continued...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る