一章

第7話、魔狼の番と果樹林

 しばらく歩いていると、目の前に果樹林かじゅりんが見えてきた。リンゴによく似たプルの実やブドウによく似たグレプの実などがっていた。とてもおいしそうだけど、その前に威嚇いかくするように立つ黒い狼と白い狼が一対立っていた。

この二匹の狼が、番の魔狼まろうだろうか?とりあえず話し掛けてみる。

「えっと、こんにちわ?」

「小僧ども、一体この果樹園かじゅえんに何の用だ?」

 どうやら話は通じるらしい。しかし、かなり気が立っているのか牙をいて唸り声を上げ、威嚇している。

 僕は、たたかう意思がない事を示す為に両手を上げる。まあ、この世界でこのポーズが意味を成さない事は知っているけど。ともかく僕は戦う意思がない事をまずは二匹に示してみる。まずは誠意せいいを示さないと。

「一体何のつもりだ?両手りょうてなど上げて、ふざけているのか?」

「いや、僕達に戦う意思がない事を示そうかと思って?」

「私達を愚弄ぐろうする気か!戦う意思がないならとっととれ‼」

「えっと?此処の果実かじつを少しだけけて貰う事は出来ないかな?」

出来できん!此処は、我らが亡き主ののこした果樹園。我らは命ある限り、此処を守る義務があるのだ‼」

 その言葉を聞き、僕はレインを呼び二人で話し合う。

「えっと、レインはどう思う?この二匹にひき、たぶん亡くなった主の遺した果樹園を守りたいだけだと思うんだけど」

「うん、そうだね。正直此処の果実は欲しいけど、仕方しかたないよね?」

「じゃあ、此処を去って別の場所をさがす?」

「そうしようか。れーには悪いと思うけど……」

「別に良いよ。むしろ、レインは大丈夫だいじょうぶ?」

「私も、大丈夫だよ」

 レインと話を付け、再び二匹と向き合う。

 相変あいかわらず、番の狼は僕達に向かって威嚇の唸り声を上げている。そんな狼達に、僕とレインは揃って頭をげた。一瞬、二匹の狼はたじろいだように一歩後ずさるがそれでも僕達に威嚇をめない。

 そんな狼達に、僕は一言謝罪した。

「ごめんなさい、僕達は君達の主人しゅじんの果樹園を荒らすつもりはなかったんだ」

「……なら、此処ここを立ち去るのか?」

「うん、君達がのぞむなら僕達は此処を黙って去るよ」

「……………………」

 僕とレインは、揃ってその場を立ち去ろうとする。しかし、少し果樹園をはなれた所で僕とレインはび止められた。もちろん、呼び止めたのは二匹の狼だ。

 振り返ると、狼達がプルの実をそれぞれ一つずつくわえて立っていた。そして、その果実を僕とレインに押し付ける。どうやらくれるらしい。

「えっと?」

先程さきほどはすまなかった。果樹園の果実はきなだけ持っていって構わない」

「……良いの?君達の主人しゅじんのものだったんでしょ?」

「少し、思い出したのだ。かつて、主が亡くなる直前に言っていた事を。自分が亡くなった時はもう、自分へのおんなど忘れて構わないから自由じゆうにしろと言っていたのを」

 そう言って、黒い雄狼は少しさみしそうに目を伏せた。どうやら、分かってはいても納得出来なかった事らしい。

 まあ、気持きもちは理解出来るけどね。恩などそう簡単かんたんに忘れられないだろう。

「けど、恩があったんでしょ?だったら……」

「もう、良いのだ。分かっていたのだ、もう主は此処ここに居ない事くらいは」

「……そう、君達はこれからどうするの?」

「私達は、これから主に言われた通り好きにきようと思う。自由に生きてみようとそう思っているよ」

 そう言う白い雌狼はやはり寂しそうだった。

 僕はしばらく考えた後、レインを見た。レインは僕の言いたい事をさっしたのか、黙って頷いた。その表情は仕方ないという風にわらっている。

「ねえ、もし君達がよかったら僕とレインに付いてこない?」

「……何?」

「僕とレインはたびの途中なんだよ。だから、きっとこれからも辛い事があると思う。だから旅のともが欲しいと思っていたんだよ。良いよね、レイン?」

「まあ、この程度ならギリギリ試練しれんの内容に触れないと思う。大丈夫じゃないかな」

「じゃあ、決まりだね。あとは君達の意思次第だよ?」

「……………………」

 二匹は互いに顔を見合わせ、何事かはなし合う。そして、やがて話はまとまったのか僕とレインに向き合い頭を下げた。

「お前達が良いのなら、どうか私達をれていってもらえないだろうか?」

「これからは、私達は貴方達を新たな主とみとめます。よろしくお願いします」

 その言葉に、僕とレインは互いにうなずく。

「うん、じゃあこれからよろしくね?」

「これからは一緒いっしょに居よう」

 ・・・ ・・・ ・・・

 はなれた場所で、様子を見ていた夫婦ふうふが居た。ドラコとクインの二人だ。

「あれは良いの?ほうっておいても」

「構わない、あの子が言った通りあれならギリギリ試練内容に抵触ていしょくしないからな」

「そう、貴方は本当にやさしいのね」

「別に、娘がくのは見たくないからな。それは、あの少年に言った通りだよ」

 そう、レイに以前言った通りドラコは娘の泣く姿を見たくないのだ。其処に嘘は一切含まれていない。それは暗に、娘を裏切うらぎって泣かせるような真似はするなという警告でもあるのだが。

 ドラコはそれは無いだろうとんでいる。ドラコが最初にレイを見た第一印象は平凡だが、他者を笑顔にできるやさしさを持つ人間だったから。

 そして、ドラコの推測すいそくはほぼ確実に当たるのだ。その観察力は、同族から他者を見る目が優れていると評されるくらいだ。

 だから、ドラコはレイを信じる事にしたのだから。後は、その信頼しんらいをレイが裏切らない事を祈るばかりだ。そう、ドラコはかんがえた。

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