第3話、ハーフドラゴン

 あれから更に五年の月日つきひが流れた。僕とレインはともに十歳になった。そんなある日の事、孤児院に一組の男女が来た。恐らく、夫婦ふうふなのだろうと思われる二人。何処となくレインに似た雰囲気を持っているのは気のせいではない筈。

 それをレインも感じ取ったのか、そっと僕の背後にかくれる。どうやら、彼等が此処に来た目的を何となく察したらしい。

 レインはとてもかしこい。異世界の知識ちしきを持つ僕でも理解出来る程度には、レインの知能は遥かにたかい。この孤児院で、誰より早く言葉を覚え誰より早く知識を吸収していったのは他でもないレインなのである。

 それ故に、レインはこの二人が来た目的もすぐに察した。自分をむかえに来たと。

「レイン、迎えに来たぞ」

 父親、ドラコ=ルージュがレインに話し掛ける。何処となく厳格げんかくそうな、しかし娘に対する確かな愛情あいじょうを感じさせながら、話し掛ける。後頭部に二本の角を生やした厳ついながらも優しげな目をした男性だ。

 母親、クイン=ルージュも愛情深い目でレインを見ている。至って普通の、金髪に青い瞳をしたドレス姿の優しげな人間にんげんの女性だ。

 二人共に、レインを心からあいしているであろう事が直感的にも理解出来る。しかしそれでもレインは僕の背後から出ようとしない。ぎゅっと、僕の服の裾を握り締めて放そうとはしない。不安げな顔で、僕の背後から両親を見ている。

 父親が怪訝けげんな顔をした。当然母親もだ。

「レイン、どうしたの?一緒いっしょに来ましょう?」

「わ、私は……貴方達とは一緒に行けません!れーと一緒がい‼」

 その言葉に、両親は共におどろいたような顔をした。そして、同時に状況を理解したのかとても頭がいたそうな顔をした。

 傍に居る院長も、非常にこまったような表情をしている。どうしたものか、判断が付かないとでも言った様子だ。

 どうやら、何か事情じじょうがあるらしい。或いはこの孤児院にレインを預けた理由と関係しているのかもしれないけれど。一応聞いてみるか?

 そう思い、僕はレインの両親に話し掛けた。

「えっと、レインのお父さんにお母さん?一つ良いですか?」

「ああ、何だ?」

「レインを此処ここに預けた理由りゆうって何ですか?今日迎えに来た事情と関係しているように感じるんですけど……」

「あ、ああ……ずいぶんとさっしの良い子供だな?」

 父親は僕の察しの良さに、僅かな疑念ぎねんを感じたらしい。若干困惑しているように感じる。母親も、しげしげと僕を観察かんさつしていた。

 院長が、そっとレインの父親に説明せつめいをする。

「あの、何と言えばいのか。この子は至高神様の寵愛ちょうあいを受けて生まれてきた、神の子なんですよ……」

「何だって?」

 再度、驚いた表情で両親が俺を見る。そんな大げさなものじゃないと思う。あの神様がどんな目的で、そして何を考えて僕を転生てんせいさせたのか僕自身知らないし。

 それに、神の子という大した存在でもない。僕は至って平凡へいぼんな、何処にでもいる人間だからだ。何も特別な能力も才能さいのうも持っていない。それ自体は神様本人からもしっかりと証言を受けている。僕は、平凡な人間だって。

 、気に入ったとも言っていたけれど。それが何の意味を持つのかは僕自身にも分かっていない。

「いや、とはいえ。ううむ……こまった」

「何がですか?」

「うむ、実は俺と妻が結婚けっこんする際も一族いちぞくにかなり反対されたのだ。それを押し切る為にずいぶんと無茶むちゃをしたものだが、流石にこれ以上は無茶が利かない。出来ればレインには好きな相手と一緒にさせたいとは思うのだが……」

「そうね、特に長老ちょうろうが何と言うか……」

 どうやら、父親の一族。彼等は竜種りゅうしゅという、いわばドラゴンと呼ばれる一族らしく竜種以外の種との結婚はみとめられていないらしい。それを無理矢理捻じ曲げて生まれたのが、レインだったと。

 ちなみに、母親は人間だ。つまり、レインは竜と人間のハーフとなるとか。

 つまり、ハーフドラゴンと呼ぶべき新種しんしゅがレインとなる。或いは前例が無かったからこそ認めてはもらえなかったのかもしれないけど。

「……其処そこを何とかなりませんか?僕も、レインとずっと一緒に居たいです」

「ふむ、其処まで言うか。なら、かなり無茶だが一つ試練しれんを受ける気はあるか?」

「試練、ですか……?」

 うむ、と父親はうなずいた。父親はその試練の内容ないようを話し始める。

 その試練とは、簡単に言えば独立どくりつだ。孤児院から出て二人で独立して過ごす。そして一年間孤児院どころか王国や両親おやの手助けを受けず、力を合わせて過ごす事が出来れば二人の事を認めると。無論、此処で言う両親とはレインの両親だけではなく便宜上の僕の両親。つまりは神様かみさまも含まれる。

 簡単に説明すれば、両親から一族に試練の内容を報告して認めさせるとの事だ。

 当然、簡単な話ではない。僅か十歳の身で、二人での共同生活を余儀よぎなくされるという事だ。しかし、ぎゃくを言えばそれ程の事をしなければ認めて貰えないのだろう。

 認めてもらいたければ、親の庇護ひごを受けずにき延びろと。そういう事だろう。

 どれほど困難こんなんなのかは、傍で聞いていた院長の愕然とした顔からもうかがえる。しかし、無茶はそもそも承知の上だ。今回は院長にも反対はんたいさせない。

「無茶は承知の上だ。しかし、あの頑固な老竜達を認めさせるにはそれしか方法が無いのも事実なのだ。どうか理解りかいしてくれ」

「はい、分かりました。その試練、受けます」

 まよいのない返事、その言葉に試練を言い出した当事者である父親が驚いた。もちろん母親もだ。

 少し、うたがってもいる様子。

「少年、無茶と無謀は違うぞ。それは理解しているか?」

「分かっています。けど、それしか方法が無いんですよね?僕はレインとずっと一緒に居たいですから。その為なら僕はやります、やらせて下さい」

「うむ、そうか。なら何も言うまい。叶うなら、途中とちゅうで君が折れるような事が無い事を祈ろう」

 娘のかなしい顔は見たくないのでな。そう、父親ちちおやが言っていた。

 結果、僕とレインは急遽孤児院を出る事になった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そして、王都の門前。其処には孤児院のみんなと共にレインの両親、国王陛下、そして陛下の護衛二人と宰相さいしょうが居た。

「ではな、レイ。お前には試練の内容上何もしてやれないが、せめてこれだけは餞別としてやろう。受け取るが良い」

 そう言って、陛下が一振りの短剣たんけんをくれた。簡素な造りで恐らくは子供の僕でも使いやすいよう配慮したものだろう。実際に短剣とはいえかるかった。

 危険な地に送り出す事を、陛下なりに思う事があるのだろう。それはレインの両親も同じようで、短剣については何も言わない。僕は、ありがたく短剣を受け取らせてもらう事にした。まあ、僕には使いこなせないだろうけど。

 それでも木の実とかるのに使えるだろう。きっと。

 そして、僕とレインにそっと院長が近寄ると二人揃ってき締められた。

「二人とも、身体には気を付けてね?くれぐれも無茶はしないようにね」

「うん、分かったよ」

「うん、院長先生もお元気げんきで」

 見れば、孤児院の子供達こどもたちも皆泣いていた。わかれが悲しいらしい。そうだ、これが孤児院の皆との別れになるんだ。

 でも、きっとこれが今生の別れにならないという確信かくしんが何処か僕にはあった。確証は何処にもなかったけど、それでもきっと何とかなると。そう思い、僕は皆へ手を振りながら別れの言葉をげた。

「じゃあね、皆。また、全部解決したらいに行くよ‼」

 その言葉に、再び皆が泣き出した。泣きながら、僕達へと手を振っている。僕とレインも、二人して手を振っている。

 さあ、これからどこへ行こう?きっと、これから先僕達を待っているのは自由と困難だろう。不安ふあんも当然ある。けど、同時にわくわくもしていた。

 これからレインと一緒にたびに出るんだ。楽しくない筈がない。

 だからこそ、僕はレインに手を差し出した。

「行こう、レイン」

「うん、ずっと一緒だよ?」

 そう、ずっと一緒ともに居る為に。これから二人でたびに出るのだ。

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