第五話『会えない期間』



 あれ以降楽矢とは定期的に連絡を取り合っている。彼からの通知が届くと直ぐに胸の鼓動は加速し、心子の気持ちは一気に楽園に来たかのような幸せな気分で満たされる。しかし一つ問題なのは――彼にデートの日以来会えていないという事だった。

(テスト早く終わらないかな……)

 心子は真面目にテスト勉強に取り組んでいた。恋愛にうつつを抜かして赤点でも取った暁には自分で自分を嫌いになりそうだ。心子は成績にはいつも真剣に向き合っていたからである。楽矢のいる本屋に少しでも立ち寄り、癒しの時間を設けることは何度も考えた一つの息抜き法だったが、一度でも彼に会ってしまえば自分に甘えて楽矢ともっと居たいと思ってしまうかもしれない。それが怖かった為、中々本屋に立ち寄れずにいた。楽矢にはテスト勉強でしばらく本屋に行けないのだと連絡をしており、彼からはある一文のメッセージを受け取っていた。

『心子ちゃんこんにちは。期末テスト頑張ってね』

(やばい……会いたい……もう二週間も会ってないよ)

 心子は楽矢に送られてきた激励のメッセージをスクショし何度も見返していた。勉強に躓いた時、このメッセージを読み返せばやる気が出ていたのは言うまでもない。

「テスト頑張ろ……」

 そう口に出し、気合を入れると心子は心を鬼にして勉強に励んだ。



* * *

(会いたいな)

 レジを打ちながら楽矢はそればかりを考えている。接客に不足がないよう十分に気をつけながらも頭の中では器用に心子と再会する事を考えていた。

 彼女との一日は控えめに言ってもとてつもなく充実していた。これまで恋愛事に足を踏み入れた事のなかった楽矢は今回のデートが人生で初めてだった。元々友情を重視していた楽矢は異性との恋愛ごとに興味を示した事はなかった。顔立ちが良くも悪くも普通の自分が告白される経験もなく、自分自身もそれでいいと思って生きていたのは事実だ。しかしそれは、あの日に全てを覆してきた。

 初めての感情だった。顔を真っ赤に染め上げて自分のファンだと声を出す彼女の表情が、仕草が、雰囲気全てが愛おしいとその場で感じたのだ。彼女の事は前からよく知っていた。大人しい学生のお客さん、ただそう思っていた。そこに客以外の感情は一切なく、彼女を異性として意識する事は全くなかった。なかったのだが、彼女に告白されてからというもののずっと心子の事ばかりを頭に浮かべ、意識している事を自覚する。しかし問題点はあった。

(ファンって事は恋愛対象ではないのか……?)

 彼女は好きとは言っていなかった。ファンという意味がどういった意図の台詞なのか確かめたいと思ったのだ。そして同時に彼女との距離を縮めたかった。だからこそ彼女が来るであろう下校時間に待ち伏せをしてデートの誘いをした。

 ファンの意味合いを確かめた時、恋愛の意味もあるのだと彼女は肯定してくれた。あれは本当に嬉しく、自分は彼女に近づいてもいいのだと理解できた瞬間だった。その後に彼女が言いかけた言葉は気になっていたが、帰り際に告白をして言いかけていた言葉を確かめようとそう思っていた。しかし告白をする勇気はまだなかった。手放したくないと思ってしまう程に恋をしているのは確かだが、一度も経験した事のない告白の言葉を口に出す勇気だけはまだ持てていなかったのだ。楽矢は次に会える時までに準備を整えようとその日の告白を潔く諦める。しかしそれは後に深く後悔する事になる。

――――心子はテスト期間に入り、本屋に来なくなったからだ。

 彼女に会いたい気持ちは日に日に増していき、少しだけでも会えないだろうかと連絡するかどうかで葛藤した。だが結論はすぐに出る。

「テストなのに会いたいなんてあの子に悪いよなあ……」

 三歳も年上の男が、テスト期間に会えないだけでもどかしさを感じているこの状況はどう見ても格好のつかないものだろう。楽矢は自身の気持ちを抑えつけ、心子に応援のメッセージだけを送信するとそのまま彼女への連絡は控えることにした。何度も連絡を送れば、欲が増してしまうのを自分自身でよく理解していたからである。

(あと数週間……)

 毎日のようにカレンダーを見て心子のテストが終わることを待ち望む。彼女の態度を見ていると想いが通じ合っているのは分かっていた。だというのに会えないこの状況はもどかしく、甘酸っぱい。ひどく長く感じられる数週間、楽矢は心子からの返信を何度も読み返しては彼女と会える日を心待ちにしていた。

* * *



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