憧れている本屋の店員にファンだと告白をしたら…

星分芋

第一話『憧れの人』



 上羽心子じょうば ろこ。高校二年生。山空やまぞらの北女子高等学校所属。部活はかるた部。ほぼ幽霊部員。

(今日は雑誌の発売日だからお会計できる日だ)

 心子はとある楽しみがある。それは放課後、学校近くの本屋で一人の書店員に会えることだ。会えるといっても決して親しい間柄ではない。相手は心子の事を常連だとしか思っていないだろう。それは分かっている。正確に言えば会えるのではなく彼の姿を見る事ができるという表現が正しいかもしれない。



「いらっしゃいませ」

 自動ドアに歓迎され扉が開かれると心子はいつものようにゆっくりと足を動かし雑誌コーナーへと向かう。チラリとレジを見るとそこにはお目当ての店員の姿――島風しまかぜがいる。心子は小さく口角を上げると今日も彼に会えた喜びを噛み締める。心子は半年前から島風に想いを寄せていた――。

 スラッとした身長に落ち着きのある雰囲気、それに加え物腰低そうな穏やかな印象を持つ彼は、今日も優しげな表情で接客をしていた。静かな店内に響く彼の声色が心子は好きだった。彼に会計をしてもらう日は決まって何度も会計時の接触を思い返し、それだけで幸せな気分に浸れる。それが心子の日々の楽しみだった。



「八百十円です」

「で、電子マネーでお願いします」

「かしこまりました」

 いつものように会計を済まし、彼とマニュアル的なやりとりを繰り返す。それでも良かった。それが事務的なものであろうと言葉のキャッチボールができているのは事実だ。心子は「あ、レシートは大丈夫です……」と声を返すと島風から本を受け取り、満足げに本屋を出る。そして少し振り返り彼の横顔を数秒見つめてその場を後にした。今日も幸せな上に満足のいく日だ。しかし心子は彼への告白をそろそろ検討したいと思うようになっていた。

(だっていつ辞めちゃうか分からないし)

 昼間の時間帯もシフトが入っている様子から彼はおそらく大学生なのだろう。彼がいつバイトを辞めるかは分からない。もしかしたら就活で忙しくなって辞める可能性も十分ある。彼の連絡先も聞けずに突然さよならだなんて事態は絶対に避けたいところだった。心子は引っ込み思案で中々言葉をうまく発することができない性格だが、やると決めた事をやれる勇気だけは昔から持っている。そこは自身の誇れる長所であった。心子は帰宅途中の電車の中で島風の姿を思い浮かべる。

(明日……ファンですって伝えよう)

 しかし告白というのは愛の告白ではない。彼を一人の人間としてファンなのだとそう伝えるつもりだ。理由はただ、逃げ道がほしいだけである。異性としての告白はまだ今でなくとも良いだろう。とにかく彼との繋がりが欲しかった。連絡先を教えてもらう事ができれば、彼が突然姿を消してもまだ希望はあるからだ。





「あの、す、そ……えと…」

 告白をどこでしようか悩んでいた。今の今まで悩み続けていた心子は突然陳列棚の下にある引き出しを開け始めた島風に声を掛ける。チャンスは今しかない気がした。

「何かお探しでしょうか」

 島風は物腰柔らかそうに優しい声でそう問いかけてくれる。その気遣いが嬉しい。心子は意を決して言の葉を放つ。

「あなっあなたの……ふ、ふ、ファンです!」

 いった。言ってしまった。心子はついに口に出したその言葉に達成感を感じながらその場で静止する。この後は逃げるかもう一言加えるかのどちらかなのだが、あまりの緊張に頭が真っ白になり判断が鈍ってしまっていた。

「……お客様、僕はただの店員ですよ? 作家でも漫画家でもありません。誰かと勘違いされてませんか」

 するともう一つの選択肢である、島風からの返事が返ってきた。彼の言っている事は理解できるが、勘違いなどではない。心子は小さく唾を飲み込むと再び言葉を発した。

「か、勘違いじゃないです……あ、あなた自身のファンなんです……」

 そこまで言うと一気に羞恥心が襲いかかってくる。本屋という静かな空間でこれ以上この話をするのも恥ずかしさの原因だった。心子は「でではっ!!!」と大きくお辞儀をして颯爽と本屋を後にした。彼の言葉を待たずに消えてしまったが、あれ以上彼のそばにいるのは恥ずかしくて堪らなかった。彼はどう思っただろうか。

(島風さん、今日もカッコよかったな……)

 もし引かれていたらどうしよう。いや、喜んでくれたかもしれない。流石にないとは思うがときめいてくれたかも……などと多種多様な感情が頭を蠢き、心子は落ち着かない時間を長々と過ごす。しかしそれでも、明日も本屋に行こうと決めていた。怖い気持ちはあったが、本来の目的である連絡先をまだ聞けていない。心子は小さく深呼吸をしながら明日の本屋での過ごし方を頭の中で想像し始めた。


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