第30話 膠着状態

 戦場はカオスと化している。

 両軍の人間が、次々と倒れていく。

 その一人一人の命が、その何にも変えることのできないはずの命が、何ごともなかったかのように消えていくのが現実であった。


「メテオール様。このままではジリ貧に陥ります。次はいかがいたしましょう」

 メテオールのそばには、副隊長のスィエルがいた。

「そうだな……。どのみち、この戦争を普通にこなしていたのなら、ジリ貧に陥るのは時間の問題だ。相手の虚を突く戦法にでなくてはならない」


 両軍は兵士を、おそらく2000ずつぐらい削ったと見られる。

 このままでは、お互いに削り合うだけの消耗戦となり、そうなれば大軍を率いているネージュ国に軍配が上がることになる。


 エール国の歩兵団を仕切るメテオールは、ここで一つ勝負に出た。

 メテオールは詠唱、以心伝心によって、別働隊に動くように指示を出した。


 この部隊は特殊詠唱術者によって編成されている。

 リーダーはソルシエール。

 編成人数はわずかに15人と小規模ではあるが、この軍の強さは、その異常なまで高いクオリティの詠唱を扱えるという点にある。

 エール国は元来、この部隊をあまり外に出すことを好まない。

 目立ちすぎると、対策を練られたり、暗殺の対象になることさへあるからだ。


 しかし今回は、出し惜しみなどしていられない。

 まさに亡国の危機にひんした国ならば、なんでもする。


 まずソルシエールは、自身の詠唱で現状の変更を試みる。

「詠唱、雲母うんも片岩へんがんψ《プサイ》」

 この詠唱の発動により、ネージュ国側の現在戦っている兵士たちと、本軍との間に、全長数km、高さ30メートルに及ぶ、巨大な岩壁が地面から生成された。

 

 これにより、相手の戦っているものたちは本軍と隔離され、孤立することになった。

 これはつまり、しばらくの間は援軍が到着するのに多大な時間がかかると予想されるわけである。

 またこの巨大な岩石は厚さも数メートルに及ぶため、破壊されても岩石が道を塞ぎ、やはり現在戦っている兵士たちは孤立することになる。


 このタイミングで、メテオールは5000の兵士を追加で送り出した。

 相手兵士は消耗し、自軍の兵士も体力、精神力ともに疲弊している。

 しかし、このタイミングでの援軍ならば、自軍の士気の回復にもつながると判断したのだ。


 メテオールの予想通り、現状は一挙に改善された。

 こちら側の兵士が次々と相手を倒していく。

 エール国の優勢が見え始めた。

 その時であった。


「詠唱、澌尽しじん灰滅かいめつψ《プサイ》」

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転生先で、俺は王女への忠誠心を示そうとした Sui @_Sui_

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