第29話 戦争

 ネージュ国を率いるのはエレゴン。ネージュ国の中でも、その才覚を高く評価されている男であった。

 エレゴンの後ろにはおよそ10万人規模の軍隊が整列されたいる。


 メテオールは戦いの火蓋が切られるその瞬間を、ゆっくりと待っていた。

 おそらく、面子を気にするネージュ国が、先陣を切るだろうと予測していたからである。


 静かな一瞬がこの場では流れていた。

 エクラは別動体のリーダであるため、本群とは別のところに身を潜めていた。

 エクラは、エール国から見て左側の草木が生い茂っているところにいた。エクラから、全軍がよく見渡せる。


 今から殺し合いが始まる。

 誰も彼もが死ぬ。

 この時、この瞬間、戦士たたかうものたちは何を思い、何を感じるのか。

 エクラは、元の世界で戦争ものの映画などを見ると、いつもそう思っていた。

 彼ら兵士は何を思い、何を感じるのか。

 怖くないのだろうか……。いや、怖いに決まっている。それはエール国の兵士に限らず、ネージュ国の兵士だって同じはずだ。


 俺も怖かった。

 俺の部隊が動き出すのはまだしばらくあとではあるが、そんなことは関係なかった。それに、相手のネージュ国だって隠密部隊を放っていると考えるのが自然な考え方だ。その隠密部隊と俺たちが接触する可能性だってある。

 

 この部隊はレーヴが周囲の感知を行う。詠唱、百花ひゃっか繚乱りょうらんは、自分を中心に身の回りのさまざまなところに自分を視点を、まるで定点カメラのように置くことができる。

 この詠唱を用いて、感知を、周囲の警戒を行っているのだ。

 もちろん、この詠唱を破るための詠唱も存在しているが、レーヴの詠唱のクオリティは高いため、それほど気にしなくてはならないわけでもない。


 静かな瞬間ときが終わりを迎えようとしていた。

 ネージュ国のエレゴンが右手を挙げる。

 始まる。

 空気が変わった。

 両軍の兵士もそれを察知したか。


 エレゴンから声を発した。

「全軍!!!!! 」

 エレゴンの声はここまで確かに聞こえた。

 始まる。

 始まってしまう。

 俺は今から、殺し合いを目の当たりにするらしい。

 ただの、一介の大学生だったこの俺が、今から殺し合いを目撃し、そしてその殺し合いに参加する。

 この世を、まさに地獄と言うか。


「攻撃開始!!!!!!!!! 」

 エレゴンの言葉と同時に両軍の戦士たちが前方に走り出した。

 エール国はおよそ1万。ネージュ国も同等の1万程度を最初はぶつけた。


 歩兵団、および低級詠唱術者は距離をある程度詰めないといけない。

 自分の詠唱を相手に確実に当てるためである。

 つまるところ、おおよそ肉弾戦が始まったのである。

 発動される詠唱は概ね真ん中より下のレベル。

 だが、これだけ人が溢れ乱れている場所では、適当に放った詠唱も、致命傷を与え得る。

 

 目と鼻の先で殺し合いが繰り広げられていた。

 次々と人が倒れていく。

 俺は大丈夫か……。気を保てるか……。


「uラ様! 」

「エクラ様! 」

 俺はエテルネルに呼ばれていることにしばらく気づいていないようであった。

「すまん……」

「大丈夫ですか? 」

「ああ……」

 大丈夫、大丈夫。

 俺は自分に何回もそう言い聞かせた。

「あなたが判断をミスればここにいる全員死んじゃうすっからね。ちゃんとしてください」 

 フロレゾンは相変わらずのようだ。

 だが、フロレゾンの言葉で我に戻れたのも確かであった。


「ああ、わかっている」

 俺は覚悟を決めて言った。

「俺たちも動き始めるぞ」

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