第26話 異世界転生者

 ヴェリテ王と、その一行は一度王宮のゲストルームに戻って行った。

 部屋にはメルヴェイユ王と俺だけが残った。


「お話とは何でしょう? 」

 メルヴェイユ王は、俺の質問にいきなり答えることもせず、静かに遠くを見ていた。部屋に何とも言えない空気が流れる。

 

 メルヴェイユ王は、俺の話次第でエール国に参戦するか否かを決めると確かに言った。つまり、ここで俺がメルヴェイユ王の機嫌を損ねるようなことをしてしまっては、一貫の終わりということになるであろう。


「エクラ君はどこの時代から来た? 」


 メルヴェイユ王が突然話し始めたと思ったら、その発言内容にいまいち理解が追いつかなかった。

「どこの時代から来た? 」とは、何を意味しているのか、俺は数秒の間わからなかった。


「エクラ君はおそらく日本という国から転生してきたのだろう? 」


 しかし、俺はこの発言を持ってして、メルヴェイユ王が言わんとしていることを理解した。「転生」というワードがメルヴェイユ王の口から確かに聞こえた。


 メルヴェイユ王は、おそらく俺が転生者であることをわかっているのだ。

 いったいなぜ? 

 いや、なぜかなど理由は一つしかないか……。


「どうしてそのように思われるのですか? 」


 俺は純粋な疑問をぶつけた。つまり、なぜ俺が異世界転生者であるかを見抜けたのか、ということだ。


「確かに私は、日本からこの世界に訪れた異世界転生者です」


 おそらく、ここでシラを切るのは得策にではないだろうと判断した俺は素直にメルヴェイユ王の発言を認めた。

 これが正しい反応であると信じて。


「匂いがね、違うのよ。この世界の住人とは」


 メルヴェイユ王は再びに言及した。先ほど、皆が集まっている時も匂いがどうのこうの言ってったっけ……。


 の違い有無など俺にはわかったものではないが、異世界転生の存在を知っていると言うことは、このメルヴェイユ王も異世界転生者であると考えるのが自然であろう。


「残念ながら、私は異世界転生者、日本から来た人間ではないわ」


 メルヴェイユ王は俺の考えを見透かしたように言った。

 俺そんなにわかりやすい顔してるのかな……? 


「ではなぜ、異世界転生という存在を知っているのですか? 」

「父親がそうだったからよ」


 メルヴェイユ王は、グロワール国の先代の王が異世界転生者であったと言った。

 にわかには信じられない。

 俺のような人間が他にもおり、かつその人間がすでに死んでしまったなど……。


「父親が、死ぬ間際に教えてくれたわ。『俺はこの世界の住人じゃ、本当はない』ってね。最初は信じられなかったけど、話を聞いていくうちに本当にそうなのかもしれないと思い出してね……。実際私は鼻が良く効いた。だから、私はいつも思っていたわ。父親だけが違う匂いがするって」


 メルヴェイユ王はどこか遠くを見ながら、懐かしさを噛み締めるように話を続けた。

 父親だけが違う匂いがするとは、どのような気持ちであるのだろうか……。

 そこには悲しさがあったのだろうか……? 

 俺には何もわからなかった。


「けれど、私は、あの父のもとに生まれてよかったと思っているわ。父は、この世界とは別の住人だったそうだけど、私の父に変わりはなかったものの」


 メルヴェイユ王の言葉には嘘偽りがなかったように思えた。それだけは、俺にでもわかった。

 俺にも、いつの日か、自分はこの世界の住人じゃないとカミングアウトする日がくるのだろうか……。

 誰に? 

 その時、彼、彼女は何と言うだろうか……?

 受け入れてくれるのだろうか……。

 こんなこと、考えないようにしていた、というのが本当のところであった。

 ただ、怖いから。


「あなたには愛する人ができましたか? 」


 メルヴェイユ王は、突然俺にこんなことを聞いてきた。


「愛する人がいるのならば死んではいけません。愛する個人がいなくても、愛する国があるのなら、やはり死んではいけません。そして、愛する己がいるのならば、絶対に死んではいけない。異世界転生者は往々にして自分の命を軽んじる。この世界の住人でないということを免罪符に。だが、そんなことは免罪符になり得ない。あなたはおそらくで一度死んだのでしょう。しかし、この世界では生きている。生きているのならば、その命を無駄にするようなことは私が許しません。生きているのならば、そして愛するがあるのならば、その命、絶対に無駄にしないことを今ここで誓いなさい。それが、この国の国王、メルヴェイユがあなた方の戦争に協力する条件です」


 俺は…………。

 俺はおそらく勘違いしていた。このメルヴェイユ王という男を……。


「あなたのは何ですか? 」

 

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