第24話 約束の決行

 俺が目を覚ましたとき、視界の先に映る天井には見覚えがあった。

 おそらくここは、フェリシテの執務室であろう。

 

 俺が顔を横に向け、周囲を確認すると、そこにはフェリシテが相変わらず忙しそうに事務作業を行っていた。

 

 そうか……。俺は、ディアブルの詠唱、会稽かいけいはじの術中にはまっていたのか……。

 俺の記憶が正しければ、フェリシテは俺に六菖りくしょう十菊じゅうぎく、クオリティω《オメガ》の詠唱を使用したはずだ……。


 まさかフェリシテが一番上のクオリティの詠唱を使えるとは思ってもいなかった。さすが、一国の王族ともなると教育水準が高いものだ……。


「エクラ、目が覚めましたか? 」

 フェリシテはこちらが動いていることに気がついていたらしく、俺に声をかけてきた。


「はい、おかげさまで目が覚めました……」

「気分のほうはどうですか? 」

「気分も大丈夫です」


 俺の言葉にフェリシテは、「そうですか、よかったです」と小さく答えるだけであった。


 すると、ほんの数秒の沈黙ののちフェリシテはこちらに近づいてきた。

 そういえば……、俺は敵の術中に落ちていたとはいえ、フェリシテを殺そうとしていたのだった……。

 その謝罪をしなければ……。


「あのフェリシテ様……」

 しかし、フェリシテは俺の言葉に反応しない。

 ただ、一歩一歩近づいてくるだけである。


「あの、フェリシテ様……、先の私の愚行、大変申し訳ありm」

 俺はただ謝罪しようとしただけだ。

 こちらに非はない。

 ただ、謝罪しようとしただけなのだから、仮にこれが俗に言うキスであったとしても、俺が責め立てられる道理はないはずだ。ただ、謝罪しようとしただけなのだから……。



 季節は移ろい、いつの間にか世界は雪景色に染まっていた。

 先の会談によって、ネージュ国との戦争が決まった。

 ヴェリテ王は各地にその旨を伝達。各地から、戦闘経験のあるものや、詠唱を使えるようになって戦いたいものなどを募集した。


「ヴェリテ王。今の所こちらの兵士の数は8万人程度となりました」 

 メテオールは、次期戦争における歩兵団の総司令となっていた。


「やはり、それくらいが限界か……」

 ヴェリテ王は、現状の厳しさを強く実感していた。

 この国の人口は400万人程度。戦士を取るにしてもマックス5%までである。その、5%という数字も、かなり無理のある数字であるが。


「ネージュ国は先の会談で70万人用意すると、ディアブルは言っていましたが、実際にその数は用意できると思われますか? 」

 メテオールの質問に、ヴェリテ王は少し考えてから言った。


「ディアブルのことだ。国民にかなり無理強いをすることであろう」


 ネージュ国の人口はおよそ1000万人。70万人用意するとなると、全人口の7%に匹敵することになる。仮にそのようなことをして、国家の体力が持つのか甚だ疑問でもあった。


「とりあえずだ、メテオールは、今集まっている勇敢な戦士の詠唱のレベルの底上げを行ってくれ。平均クオリティ、π《パイ》を目指すように」

「承知しました」

「そしてわしは……、グロワール国の王に応援を要請してみる」

 ヴェリテ王の発言に、メテオールは心底驚いた。

「グロワール国ですか……」


 グロワール国とは、エール国の南、ネージュ国の東に位置する、中立国。ここ130年、防衛以外の戦闘を行ってこなかった国であった。

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