第20話 最悪の詠唱

「お前がシックを殺した男で間違いないか? 」

 ディアブルが俺を単体を指差して話を振ってきた。

 シック……? あのペストマスクの野郎のことだろうか……?

 

「まあ、そうだが……」

 そう、ディアブルはこの会談にわざわざ俺を連れてくるよう、ヴェリテ王に条件を出した。とするならば、ディアブルは当然俺に用があるわけで……。

「俺あいつのこと結構気に入ってたんだわ。で、そいつが貴様に殺されたと。まあ、実力不足で死んだのは構わないとしてだな……」

 そう言いながら、ディアブルは一歩ずつ俺に近づいてきた。

 俺の真正面に来るところで、アトラスが俺とディアブルの間に割って入った。

「私の息子に何か用がおありか? 」

 アトラスは一国の王にも全く怯まず牽制する。


「おっとこれは、ヴェリテの第一騎士アトラスさん。お久しぶりです」

 ディアブルはアトラスに、まるで何度目かの対面の挨拶をした。

 しかし考えてみれば、ヴェリテ王の一番身近にいるアトラスがディアブルと面識があってもしても不思議ではないか……。

「無意味な挨拶はいらない。私の息子になんの要件がある? 」

 アトラスは変わらず強い態度で相対する。

 俺は弱冠二十歳にして、この父親の姿に感動を覚えてしまいそうであった。


「いや、なにもエクラ君に直接用があるわけではないよ」

 そんな中、ディアブルは飄々ひょうひょうと話を続ける。

「ただ、シックのことを俺は気に入っていたから、奴に会稽かいけいはじという詠唱をかけていたんだ」

 この言葉を聞いた瞬間、俺を含むエール国側の人間が全員戦慄した。


 詠唱、会稽之恥。

 この詠唱は多くの人間が座学でしか習うことがない。実際に使ケースに出会うなど稀である。なぜならこの詠唱は被詠唱者の承諾が必要となり、その被詠唱者多大なコストを支払うことになるからだ。

 右目の失明。

 この詠唱を受諾した者は右目を失明する。必ず失明する。この詠唱を受けた者は右目を失い、次第に左目も失っていく。光を失って、しかし恨みは残るのである。

 この詠唱を受諾した者を殺したものは、この詠唱を使用した本人の意のままに操ることができるようになるのである。

 つまり自由の喪失。

 だからこの世界の住人はその理由がなんであれ、失明している人間に攻撃はしない。だが、あの野郎はそれを隠すためにペストマスクなんぞしていたのである。

 完全に俺の不覚。

 ここに来て、俺は最大のミスを犯した。

 このままでは、俺はただ己の傲慢と驕りのために、フェリシテを恐怖のどん底に突き落とすことになってしまう。


 ディアブルは、この全てを悟ったであろう俺に向かって、たった一言の呪いをかけた。

「フェリシテを殺害しろ」

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