第13話 ネージュ会談 ⑧
「それと、もうひとつ」
アトラスは、俺と二人きりで話した際、次のようなことを話していた。
「万が一、王女の命が危ぶまれる場面に遭遇したのなら、詠唱、国士無双と森羅万象の使用を認める。その代わり、この遠征中に一度だけだ。この二つの詠唱は、君の体に必要以上に負担をかける。この約束は守ってくれ」
アトラスの目は、いつも以上に真剣なものであった。この父親は、大変子ども思いの良い父親だ。いつもは寡黙で多くを語らないが、本当に重要なことは目を見て話してくれる。だから信頼できる。
そういえば、俺の生前の父親もあまり多くを語らない人だったような……。
この世界にきて十年弱。恐ろしいことに、俺は俺自身が元いた世界のことを忘れつつある。
俺の本当の父親はどんな人だったであろうか……。母親は元気にしているだろうか……。以前は毎日のように本当の家族のことを考えていたが、ここ最近はそれすらなくなってきた。
日常がこの異世界になり、元いた世界のほうが夢の世界なのではないかとさえ時々思うようになっている……。
◆
この数のモンスターに囲まれた状況を、一般に王女の命の危機と言うはずだ。それならば、
俺は
俺の後ろには、守るべき美人が二人いる。
美人を守ることができるとは、なんとも良い気分だ。
俺は少しだけ口角を上げた。
「詠唱、国士無双」
この詠唱を聞いた奴は、「マジかよ」と本音を漏らしていたっけな……。
詠唱、国士無双は自身の能力を無理やり上昇させる詠唱である。最大三段階。しばらくの間、自身が使う詠唱を最大三段階上昇させることができる。
もちろん、この詠唱による術者への負荷も相当である。早い話、しばらく動けなくなる。だから、この場に戦える人間が俺以外にいない場合は使うべきではない。俺が戦えなくなったら、チェックメイトだからな。
しかし、そうも言ってられないのが今である。
大丈夫、そう何発も奴は耐えられないさ。
モンスターとの距離もだいぶ近づいたきた。次の一撃で、奴も含めて一掃する。
「おい、ペストマスク野郎! 逃げなくて良いのかよ? 」
ペストマスクの奴は不敵に笑い出して、こちらの方へ歩いてきた。
「お前、『国士無双』なんて使うやつ、久しぶりに見たぞ。楽しませてくれるじゃねぇか。その詠唱は術者への負荷がかかりすぎて、国によっては禁術になっているはずだが? 」
なんだこいつ、おしゃべりしたいのかよ……。
こいつとのおしゃべりに付き合ってる暇もないんだけどな……。
「心配すんな! 俺の国でも禁術だ! 」
俺の言葉を聞いた奴はたいそう笑っていた。
「いいねぇ……。俺は面白いやつが好きだぞ。受けてたってやろう。お前の次の詠唱を俺は正々堂々受けてやるよ」
奴はそう言うと、俺の射程圏内に入り、そこで止まった。
こいつはありがたい。ちょっとした手間が省けた。
じゃあ、もうそろそろ時間もないので……、悪いが死んでもらうか。これも仕事なのでね。
「詠唱! 森羅万象ω《オメガ》!!! 」
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