第12話 ネージュ会談 ⑦

 奴は大きな笑い声をあげた。

「はははははは……、いやいやこいつは失敬……。お前、なかなか面白いことを言うではないか。気にいたっぞ」

 相変わらず舐めている様子であった。しかしこうも舐められると、頭にくるもんだな……。

「何が面白い? 」

 俺の質問に、奴は頭を手で抱えた。

「『何が? 』だと……。お前、俺が誰だか知って、その言葉を発しているのか?  それとも無知ゆえか……? 」

「誰が貴様のことなど知っているか? 自惚れんなよ、てめぇのことなんか、この世の誰も知らねぇーよ」

 俺の発言はまさに、売り言葉に買い言葉であった。

 正直、俺はこのような喧嘩腰の会話が好きではなかった。それはでもそうであったのだが……。さすがに、こいつの態度は度がすぎたな。

 ここで引いたら、俺は一生後悔する。このことだけが、俺を突き動かした。人間、一度死を経験したら、存外強くなるものだな。死ぬ前の俺だったら、現世での俺であったら、このような場面に遭遇しても、あるいは逃げていたかもしれない。しかし、逃げ腰の自分のことはもう。最後にもう一度だけ、本当にこの世界が最後なのだから……、だから最後に一度だけ死ぬ気で毎日を生きてみようと、ある時俺は決めた。


「いいねぇー。その無知ゆえの失言。嫌いじゃないよ……。しかし、少し頭にきたことも事実だ。悪いが貴様から死んでもらおう」

 そう言い終えると、奴は詠唱を唱えた。見たもの全てを恐怖のどん底へと突き落とす、最悪の詠唱を。

「詠唱、魑魅魍魎ちみもうりょうψ《プサイ》」

 奴の言葉と同時に、周囲が暗がりを見せ始めた。太陽に暗く、どんよりとした雲がかかり始める。周囲の地面から地響きが聞こえ始め、ところどころ地割れのように、地面が割れ始めた。

 奴はというと、詠唱を言い終えるなり俺たちから離れるように歩き始めた。

「まあ、せいぜい頑張れよ」

 この言葉を捨て台詞にして、俺たちの馬や護衛たちが今はもう亡骸となっている場所に行き、座った。足を組み、首を傾げながらこちらを見ている。


 俺は周囲を確認する。フェリシテやエテルネルも目を周囲に配らせていた。

「嘘……でしょ……」

 フェリシテが言葉を漏らす。正直、今にも泣き出しそうな表情をしていた。気づいた時には、フェリシテは俺の腕を掴んでいた。

「どうしよ……、エクラ…………。エクラ……わ……、私のこと守ってくれますか? 」

 さすがに美人に腕を組まれ、助けてと言われると、気分も良いもんだな……。

 なんて、俺は悠長に考えていたが、さすがにこの状況は一刻を争うか……。


 俺たちの周囲には見るからに妖怪というか、化け物というか、怪物というか、そんな奴らが至る所から出現し、俺たちの方へと向かってきていた。

 目視だから、もちろんその正確な数なんてわからない。わからないが、後でアトラスに聞いたところ、「詠唱、魑魅魍魎」はクオリティψ《プサイ》ともなると八千から一万のモンスターを召喚できるらしい。加えてこの詠唱は、世界でも扱える人間がかなり限られていると言う。確かにこの詠唱に関しては、俺もその存在を座学で習ったが、しかし実技訓練の時に使用したことがなかった。というか、訓練で発動してみろとも言われなかった。それは、そんな簡単に発動できるものではない代物だったからなのだと、俺はこの時知った。


「気をつけろよ、お三方さんかた。こいつらは血肉に飢えてるからな。捕まったらだぞ」

 奴はそんな感じのことを言っていたっけ……。

 どうもご忠告ありがとう。

 はあ……、しかし面倒くさいことになった。今この場には俺と、一国の第二王女と、手足を拘束されたままの美人しかいない。

 なぜこうも面倒ごとに巻き込まれるのか……。一度は死んだ人間なのだから、もう少し丁重に扱われても良いと思うがな……。

 周囲のモンスターは徐々に徐々に近づいてきていた。大きさもまばらで、大きいやつだと五メートルほどの大きさになるのではないだろうか。大小さまざま、その見た目もさまざまなモンスターが周囲一体を埋め尽くして、俺たちの方へと向かってきている。

 フェリシテはすでに動くことさえなかった。硬直して一点だけを見つめている。ただ、口元だけは動いたようだ

「いや……、どうしよう……。私まだ死にたくない……。まだエクラにお礼できてない……」

 わがまま王女はしかし、義理堅いというか、育ちが良いというか……。律儀に助けてもらったお礼をしたかったらしい。

 もう少し素直になったら良いものを……。

 エテルネルはというと、こちらも現実を直視できていないようだった。ただ涙を浮かべているだけだった。


「さあ、お前たち! 晩餐の時間だぞ! 」

 奴が大きな声でそう言うと、これが合図となったのか、モンスターたちの移動が先ほどよりも早くなった。小走りでこちらに向かってくる。その距離、三百メートルを切ったか……。

 そろそろ、俺もをしないとな。

 俺は、フェリシテが掴んでいる手をそっと離し、立ち上がった。

「いや! エクラ、離れないで! 一緒にいて、お願い! 」

 フェリシテはいつになく真剣だった。さすがにこうもお願いされると、なんか悪いことをしたような気がするな……。

 だがまあ、しょうがない。どうせ、それこそで終わる。

「フェリシテ様、大丈夫ですよ。すぐ戻ります」

 

 

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