第10話 ネージュ会談 ⑤

 刺客は自身をエテルネルと名乗った。生まれはネージュ王国であるが、かなり貧しい幼少期を過ごしたと言う。その極貧ぶりは、正直聞いていられなかった。


 彼女曰く、ネージュ王国は貧富の差がかなり激しいそうだ。その貧富の差を埋めるため、この国をさらに強くするために、質の高い教育制度を確立してきたことを現国王は民衆に強く訴えているそうだ。しかし、その教育もお金がないと受けられないと言う。

「私たちのような貧乏人は、結局死ぬまで貧乏なんです」

 エテルネルは小さな声でこう言った。おそらくこれが、彼女の本音であろう。


 彼女は、それでも身を粉にして働いていたという。そんな時、彼女の母が病に伏した。命の危機すらあるかもしれない病であった。

「私は、どうしても母親を救いたかった。でも、私の家にはお金がありません。私は何とかして、お金をつくりだしたかった」

 彼女は毎日働き詰めで生活した。しかし、彼女のような、ろくに教育も受けていない者を受け入れる仕事は、やはりどこも薄給だった。彼女は次第に焦りを感じ、裏社会に顔を出すようになっていった。

「ネージュの裏社会は、それこそマフィアが仕切っているような世界です。私のような女が求められることは、たった一つでした……」


 体か……。どこの世界でも似たようなことがあるもんだ。

「けれど、私は……」

 エテルネルは苦悶の表情を浮かべる。ところどころ、えずき始めた。

「私は……それがどうしても嫌だった」

「言わなくて大丈夫。辛かったのでしょう」

 エテルネルの話を聞いていられなくなったのか、フェリシテがエテルネルの側にしゃがみ、背中を摩り出した。

「そのことについては、これ以上言わなくても大丈夫。私はそのことについて、これ以上深く追求しません」

 こうやって見ると、フェリシテはかなり優しいのだな。普段は王女なだけあって、わがままも絶えないが、しかしかなり場をわきまえての行動であったようだ。


「そんな時、ある男が私に言ってきた。『金が欲しけりゃついて来い。お前が殺し屋として働けるようにしてやるから』って」

 その時にはすでに、心身ともにボロボロだったエテルネルは、深く考えずにその男についていった。エテルネルは、体を要求されないならば、それでお金をもらえるのならば、何だってしようと思った。

 しかし……。

「男たちが私にしたことは、手術でした。通称と呼ばれるその手術は、寿命と引き換えに、かなり強い詠唱を使えるようになるのです」

 寿という言葉にフェリシテはかなり衝撃を受けていた。


 一方、俺はこの話を出発前にアトラスから聞いていた。出発前に、アトラスと二人きりで話をした際、アトラスはこの手術を受けた者に気をつけろと俺に忠告していた。

「言うまでもないことだが、この手術は、各国で禁止されている。ネージュ国でもだ。しかし、おそらくあの国は、表向きだけ禁止を謳っていると見るのが、正しい見方だ」

 この手術は、どれほどの寿命を削るかによって、手にすることができる詠唱のクオリティも変わってくるのだという。


「そのような……、そのような外道がいるのですか? 」

「それだけじゃありません……」

 エテルネルの話は終始衝撃的であったが、しかし以下に話したことが最も衝撃的であることは間違いない。

「それだけじゃないんです……。その男はネージュ王国の息がかかった者であり、彼からの殺しの依頼は、すべてネージュ王国が裏で糸を引いています」

 …………。

 ん? どういうことだ……? 突拍子にない告白に、俺は一瞬話についていくことができなかった。

 …………。

 つまりこれは……。

「つまり……、今回のエール国王女、フェリシテ暗殺の首謀者は、今回の会談を持ちかけたネージュ王国、現国王ディアブルによるものです」


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