第7話 ネージュ会談 ②

「いいか、エクラ。すべての詠唱は、基本的に誰にでも扱える。しかし、そのは、人のよってさまざまだ。そして大切なことは、そのクオリティによって、詠唱の強さには天と地の差が現れるということだ」

 父アトラス本人が俺に教鞭を執ることは珍しかった。しかし、王族の護衛を務めるにあたり詠唱の知識は不可欠であり、また生死を分ける可能性もあった。それゆえにアトラス自身が直接俺の目を見て、指導している。

 話のよると、この世界の詠唱と呼ばれるものは、ギリシャ文字のα《アルファ》からω《オメガ》に分類されるという。ω《オメガ》に上るほど、そのクオリティも上がり、威力も増すという。

 問題は、俺がこの世界の詠唱に適応しすぎていた、ということだ。多くの人間は、多くても7個程度の詠唱のクオリティを上昇させ戦う。それに対して、俺はのっけから、この世界に存在する詠唱の八割を戦闘で使用できるクオリティに引き上げることができた。その平均クオリティはν《ニュー》。すべて真ん中より上のクオリティであった。

 聞くところによると、俺は百年に一度の逸材だと称されていたらしい。

 正直にいうと、生前の、元の世界で賞賛されてみたかったものだが。

 


  詠唱、二律背反は、そのクオリティ以下のすべての詠唱を無効にできる。俺の二律背反のクオリティはψ《プサイ》。つまり、これより上のクオリティ、ω《オメガ》以外の詠唱はすべて無効にできる。

 一般にこのような能力を何というか……。そうチートである。


「フェリシテ様、お怪我はありませんか? 」

 俺はすぐにフェリシテの方へと駆け寄った。正直、王族ともあろう人間が、クオリティχ《カイ》の詠唱を見ることはない。正気を保てていたらいいが……。

 俺がフェリシテの方へ近づくと、予想通りフェリシテは恐怖に怯えていた。相手の詠唱が何であったかはわからないが、クオリティχ《カイ》の詠唱を間近にみて我を保てるほうが気が触れてる。

 実際、俺たちの半径数メートルは無事であったが、周りの景色は一変してしまった。二律背反は、その効果は絶大であるものの、その効果範囲は実に狭い。十人を守れる範囲で発動できたら、いいほうであろう。

「エク……ラ……。生きt……、生きてる……。わたし……いきてる?』

 そばに寄った時、フェリシテは涙を流していた。目を真っ赤にさせている。

「大丈夫です。生きています。気をしっかり持ってください」

 俺は、フェリシテの手をしっかりと握り、生きていることを伝えた。

「こわい。こわかったよ……」

 そう言いながら、フェリシテは俺に抱きついてきた。

 …………。

 さすが、王族は豊満なボディと、良い香水をつけている。

 …………。

 違うか。今はそれどころではない。

 周囲を確認すると、自前の護衛は全員気を失っている。

 本当に、情けない……。こんな体たらくで、よくもまあ護衛が務まるものだ。

 俺は、フェリシテの手をそっと離した。そして、相手の姿を確認する。

 相手との距離はまだあったが、見えないほどではなかった。おそらく、先ほどの詠唱で全員が死んだと思っているのであろう。

 甘いな。

 俺は、静かに相手の方へと歩いて行った。

「エクラ! ダメ、離れないで! 」

 フェリシテは可愛らしい、そしてか細い声を出しながら、俺にせがんだ。

 しかし意外だった。いかに怖かったとはいえ、いつも強気なフェリシテが、ここまで甘えてくるとは。案外、可愛いところもあるのかもしれない。

 俺はフェリシテにたった一言、言葉をかけた。

「大丈夫ですよ。すぐ戻ります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る