第37話 阿戸市PRコンテストで優勝するんだもん!②
五人は
国際カンファレンスホールパーク駅からは、国際カンファレンスホールと国際カンファレンスホールパークへ遊歩道が続いている。阿戸市最大の緑地やホテル、商業施設などを有する一大テーマリゾートエリアだ。
「ここがさあ!
「ああっ! 姉ちゃん動かないでじっとしてろよ! さっきからブレまくってんだよ!」
「楽しそう……」
電車内での惨劇をなんとか乗り切った
「巻き込まれたくなさすぎて腰が引けてるぞ」
「じゃあ、一回アレを食らってみてよ」
「必殺技みたいに言うなよ、香耶さんがかわいそうだろ。それに、俺はもう耐性がついてるから」
「そっちこそ、
「いや、毒だよ、アレは」
ジョークだったが、しれっと言ってのける彼方に、茜はポカンと口を開け放してしまった。
「ねーね、香耶ちゃん!」
「ああ! それだ! でかしたミコちゃん! さすが頭がいい!」
「あざーす! んじゃ、行きましょ!」
明るい女同士、美言と香耶は波長が合うらしい。先陣を切って並んでスキップをする彼女たちを彼方たちは追いかける形になる。
***
「『国際カンファレンスホールパークは、国際カンファレンスホールの周囲に広がる緑豊かな緑地公園で、その広さは東京ドーム6.3個分です』……だって。東京ドームのデカさがピンと来てないのに〝.3個〟とか言われてもねえ」
公園に入ると、さすがにはしゃぎすぎて疲れたのか、香耶が謎解きマップに付属している阿戸市ガイドブックと題された小冊子を開いた。
「まあ、とにかくデカいってことでしょ」
彼方がボソッと言葉を返すと、香耶は前方を歩く美言と絢斗と茜の背中を眺めて、ニヤッと笑った。そして、声を落とした。
「茜ちゅゎんを捕まえたの、彼方くんでしょ?」
いきなり図星を突かれて、彼方はうわずった声で訊き返す。
「なんだよ、いきなり?」
「だって、ミコちゃんも絢斗も、あんな子を捕まえてくるセンスないもん」
「絢斗はともかく、美言にもひどくねーか?」
「どうやって捕まえたの?」
「どうだっていいだろ、そんなこと……」
子どもの頃から世話になっている香耶は、彼方にとっては身の回りの少し大人の代表格だった。たまに彼女に頼ることもあったが、彼方は茜が直面している問題について胸の中に留めることにした。
時計塔への道の脇には等間隔にベンチが設置されている。
その前を五人は時計塔へ歩を進めて行くわけだが、彼方と茜はベンチに座るおばあさんと、リードに繋がれた犬の姿を見てギョッとして立ち止まってしまった。
「ねえ……、アレ……」
茜が指さす犬が、犬のきぐるみを着たおじさんなのだ。
「ご主人と一緒で嬉しい! ご主人と一緒で嬉しい!」
きぐるみを着たおじさんがそう叫んでいる。おばあさんもまた嬉しそうだ。
「おお、そうだねえ。嬉しいねえ」
遠巻きに見つめる彼方は自分の目を耳を疑った。
「ええと、あれは……なんのプレイ?」
「変なこと言わないで。白昼堂々そんなことをする人がいるなんて信じられない」
茜はもはや青ざめている。
「おおい、二人ともなあにしてんの?」
香耶が美言と絢斗を引き連れて戻ってくる。彼方と茜が怯えた様子できぐるみのおじさんに目を向ける。
「あ~、かわいいワンちゃん!」
「見るからに犬じゃねえだろ……」
彼方の言葉も虚しく、美言が小走りにきぐるみのおじさんに駆け寄って行くと、
「誰?! 誰?! この人誰?! ご主人、気をつけて!」
ときぐるみのおじさんが騒ぎ立てる。おばあさんはニコニコしたままだ。
「おや、ポチ、そんなに怖がらなくても大丈夫よ」
「いや、犬にポチってそんな安易な……。っていうか、犬じゃないよね? おじさんだよね?」
彼方のツッコミも露知らず、美言はポチという名のきぐるみおじさんの頭や顎を撫でまわす。きぐるみおじさんが早口で訴える。
「ご主人! いきなり知らない女が撫でてくる! この女めっちゃ馴れ馴れしくてちょっと無理!」
「
「落ち着きなさい、ポチ。大丈夫だから」
さらに近寄ってきた香耶と絢斗に、おばあさんは持っていた巾着袋の中から犬用のジャーキーを取り出して渡した。
「ジャーキー! ジャーキーだ!」
きぐるみおじさんが発狂せんばかりに叫び出す。
「分かった」彼方は呟く。「これ、犬の言葉が分かる的な商品のCMだ」
「逆にそうでないとおかしいでしょ……」
茜は自分の腕を抱いて
「ほーれ、お食べお食べ~!」
美言たちがきぐるみおじさんの口元にジャーキーを持っていくと、
「うまい! これ好き! これ好き! もっとちょうだい!」
というおじさんの喜びと共に、きぐるみのしっぽが千切れそうなほど振られる。
「四つん這いのおじさんに犬用のジャーキー食わす構図に闇を感じる……」
苦み走った表情の彼方を尻目に、きぐるみおじさんが叫び出す。
「コミュニケーションエキスパートの【
おばあさんが満面の笑みで応える。
「そうね。どんなわがままも成功へ導く、経営コンサルタントの【創心】ね、ポチ」
おばあさんときぐるみおじさんのポチは立ち上がって公園の出口へ向かって歩き出す。そのシルエットは輝かしい光の中に消えていくのだった。
「かわええワンちゃんやったな~」
美言たちがほくほく顔で彼方たちのもとに戻ってくる。彼方は今起こったことを胸の中にしまい込みながら茜に言う。
「知らない方がいいこともあるもんだな……」
「そうだね……」
***
結局、国際カンファレンスホールパークでは、彼方と茜は〝黒い影〟を見つけることは叶わなかったものの、香耶は時計塔に施された市の鳥であるセキレイのモチーフを発見してここでの謎解きを終え、ご満悦の様子だった。
それから、国際カンファレンスホールパークにほど近いショッピングモール内で昼食を取り、エネルギーを補給した香耶は張り切って声を上げる。
「よおし、次が最後の謎解きだぞお!」
腕をブンブン回す香耶に絢斗が疑問をぶつける。
「だったらもう全部の謎解けるんじゃないの? キーワード導けばいんだろ?」
「いや、今のところ色んな言葉集めるだけで、どの文字をどう拾えばいいか分かんないのよ」
「次は、
いつの間にか美言が先陣を切って駅に歩き出す。
休日の遊歩道は人の往来がそれなりにある。家族連れでゆったり歩く姿、子どもたちが駆け抜けていく足音、きぐるみでない犬を散歩する人……。
そんな中を、ランニングウェアに身を包んだ女性が颯爽と走ってくる。
なんと、その女性は分身して、わずかに遅れて二人目の彼女が違うウェアを着て前の自分を追いかけている。
その腕には、スマートウォッチの【ボディウォッチ】が光っていた。
「後ろの方が昨日の自分だね」
すれ違う女性を見送って、茜が彼方にこっそりと耳打ちする。
「たまに見るよ、昨日の自分を超えろみたいな意識高そうなやつな」
「ほらね」
二人のコソコソ話に香耶が横槍を入れてくる。
「この二人ちょくちょく何か喋ってるんだよお」
「おっほっほ、仲のよろしいことで~」
美言がイタズラっぽく笑って彼方に肘鉄を食わらす。
「彼方も隅に置けない奴だな」
感慨深そうに言う絢斗に姉が、
「あんたも頑張りなさいよお!」
と飛び掛かって髪をぐしゃぐしゃにする。
「お前ら、勝手に決めつけるなよ!」
顔を赤らめて声を飛ばす彼方の隣で、茜はこの状況を客観的に見つめていた。
──ドラマで観た〝青春〟ってやつだ、これ。
彼女の口元は確かに緩んでいた。
***
蒲浜駅から徒歩五分、落ち着いた雰囲気のアートエリア・かばはまアートシティの中に広告博物館は鎮座している。
五人は客足の多い建物の中に入り、〝常設展〟と矢印の差す方向へ歩いていく。
「『広告博物館は、世界に先駆けて広告の
ちょっと不満そうな香耶を彼方が小突く。
「あんた教師の卵でしょうが」
「姉ちゃん、展示エリアの中では絶対静かにしててくれよ」
「分かってる分かってる。この博物館もさ、〝いぬくわ〟に出てくるんだけどさ、
「ダメだ、こりゃ」
姉の人間性を熟知している絢斗は、もう諦めの境地に立っている様子だ、
「香耶ちゃん、謎解きの問題には〝○○の父を探せ〟って書いてあるけど……」
もはや香耶以上に謎解きに夢中になっている美言はマップと小冊子に釘付けになっている。
「たぶんだけど、入館料を取るエリアにはヒントはないと思うから、常設展のどこかだろうね」
ズンズンと先を行く香耶に付き従う中で、彼方は茜に尋ねた。
「こんな場所で〝黒い影〟が現れるかな?」
「分からない。もしかしたら、夜だけ出没するのかもしれない」
「奴に遭遇したのは去年の六月の一回だけ?」
「うん。それ以外は、目撃したという話すら聞かない」
「ずっと考えてたんだけど、そいつに出くわした時、他の通行人がいたんだろ? その人を探すというのはどうだろう?」
茜は【ブラックリスト】の広告発動の件だけを除いて、〝黒い影〟や彼女を助けた
最初で最後の〝黒い影〟との遭遇に居合わせた男性を探すということは、茜にとって自分の恥部と悪行に向き合うことに等しかった。
「うーん、きっと探すのは難しい。その人の顔ももう憶えていないから」
それはウソだった。茜はあの時のことを今でも鮮明に瞼の裏に焼きつけたままだ。
「そうか……、じゃあ、作戦自体を練り直さないとな……」
残念そうに呟く彼方の横顔に、茜は胸が痛んだ。
常設展は、「広告の歴史」と題して、時系列順に日本と世界での広告の歩みを辿っていく構成になっている。
「うわー! ここ千和ちゃんが来てたのと完全に同じだわ!」
「姉ちゃん、しーっ!」
絢斗が実の姉を窒息死させかねないほど口元を塞いで黙らせる。
その横をスーッと通り抜けて行く美言は〝現代広告のはじまり〟というコーナーで足を止めた。
「ふむふむ……、明治からが現代広告の時代なのね……」
その真剣な眼差しに、茜は意外そうに目を丸くする。
「久世さんって、意外と知識欲があるんだ」
「確かに意外だな」
彼方が笑う。
「美言は中学時代もテストの順位ずっと一桁だったんだぞ。だから、まわりの連中があいつをますます妬むようになったんだがな……。まあ、あいつにとっては周囲の雑音は取るに足らないことだったらしい」
絢斗が解説すると、茜はますます感嘆の声を漏らした。
「強いんだね、久世さんは」
そうとは知らず、美言は資料を読み込んでいった。
「『現代広告の基礎を作り上げた〝広告の父〟』……。ねえ、香耶ちゃん、これじゃない?」
「んんんー?」
香耶はガラスケースの中の顔写真と当時の手書きの文献、それらに添えられたキャプションを食い入るように見つめる。
「『明治時代の華族・
大きな声で喜びを表現する香耶のもとに、監視員が近づいて来る。
「お客様、お静かにお願いいたします」
「しーっ! しーっ!」
唇に人差し指を当てて、香耶が大袈裟に彼方たちに注意する。
「いや、あんたが注意されてたんだよ」
「だから、これからも、しーっ、だよ! Bじゃなくて、C!」
「うわっ、しょうもなっ」
辛辣な彼方の前に監視員が割り込んでくる。
その瞬間、彼方と茜の
監視員が真剣な眼差しで告げる。
「そう、ビタミンCです!」
そう言ってスーツのジャケットの内ポケットから【ビタサプグミ】というラベルのついた丸いケースを取り出して、ジャカジャカと音を鳴らして見せる。
手のひらサイズの透明なケースの中には小さな黄色い玉がたくさん詰まっている。
「あ、まずい……!」
茜が咄嗟に逃げようとするが、〝それ〟は始まってしまう。
監視員が踊り出す。
「シーシーシーシー、ビタミンC♪ 楽しくおいしくビタミンC♪ 【ビタサプグミ】でビタミンC♪」
常設展に居合わせた客たちが動きを合わせてどこか一点を見つめて、一糸乱れぬダンスを見せると、彼方たちもその輪の中に入らざるを得なくなる。
「なんて屈辱的な……!」
茜は顔を真っ赤にしながら、奇妙な身振り手振りのダンスに興じる振りをする。なぜかダンスの振りは身体が知っている。
これまで仕方なく巻き込まれてきた広告だったが、隣で同じように辱めに耐える仲間を見るのは茜には初めてのことだった。
「いや、さっきの注意なんだったんだよ……!」
踊りながら絞り出した彼方の一言でダンスはピタリと止み、監視員から【ビタサプグミ】を受け取った香耶は、二粒を口に放り込んで、シュガーコーティングされたグミをカリッと噛み砕いた。
「おいC~!」
くだらない決めゼリフを放つと、香耶の顔にどこからともなく吹いた風が当たって、髪が広がる。
「昭和のセンスでCM作ってんのか?」
彼方がボソッと言うのを、茜が笑いを堪えながら咎めるように袖を引っ張る。
「お静かにお願いしますね」
広告が終わったのか、静かな雰囲気の中、監視員が去って行く。
「はぁ……、俺ダンスもののCM嫌なんだよ……。中学の授業でやるせいなのか、最近増えてんだよな……」
そばでげっそりとする彼方を、茜は不思議な気持ちで見つめた。その視線に気づいた彼方が気恥ずかしそうに口を歪ませる。
「キョトンとしてどうした?」
「フッ……」思わず茜は笑ってしまった。「あんな拷問受けるみたいな顔してダンスする人初めて見た」
「そっちだって耳まで真っ赤になってたじゃねーか」
「黙って」
言い返す茜は広告に巻き込まれたというのに笑っていた。
そんなことは彼女の人生で初めてのことだった。
「え、待って……!」
常設展を出た香耶は、スマホを握りしめてわなわなと震えていた。
「謎解き終わったんだけど……、え、待って……!」
「待ってるから早く言いなよ」
絢斗が冷たく返すと、香耶が涙を浮かべて振り返った。
「〝いぬくわ〟、第二期決定したって……!!」
香耶が見せるスマホの画面には、謎解きまちあそびのサイトに集めた言葉たちを入力して導き出されたであろう「だいにきけってい」という文字……そして、「正解おめでとう!」と共に、『第4制作部は犬も食わない』第二期のキービジュアルが表示されていた。
「なにこの発表の仕方!! やばっ! 熱っ! 念のためにSNS見ないでおいてよかったわ~!」
弾む足取りで阿戸市の北に位置する市最大の繁華街・
「うおおおおん! 頑張ってよかったあああ! ミコちゃんありがとう! 茜ちゅゎんかわいい!」
「やったじゃん、香耶ちゃん!」
「私、関係あるかな……」
「俺らに礼はないのかよ」
彼方と絢斗が睨みつけるが、香耶は意に介さない。店の中で、早速銀色の袋を開ける。開封の儀である。
ビッと袋を開けてアクリルチャームを摘まんでそっと引き抜いた香耶が膝から崩れ落ちる。その手からコロリと転がり出たのは、丸顔のおじさんキャラのチャームだった。
「なんで古徳さんなのおおおおおお……!! 私の
アニメパレスを出た香耶は精魂尽き果てたようで、彼方たちに手を振った。
「今日は付き合ってくれてありがとう。おかげで楽しかったよ」
「大丈夫かよ、姉ちゃん。言葉に心がないぞ」
美言が苦笑いする。
「香耶ちゃん、お目当ての景品取れんかったダメージデカすぎでしょ。
「いいんだぁ、別にいいんだぁ……。私は今日、
茜がサッと身構える。
「茜ちゅゎん……、今度は二人きりでデートしようね。絶対だよ……」
「検討することを検討しておきます」
力なく去って行く香耶を見送ると、もう夕方である。
「なんか、みんなすまんな。姉ちゃんに付き合わされて……」
一同は首を横に振る。際限のないテンションに当てられたのか、程よい疲労感が彼らを包み込んでいた。
「楽しかった……よね?」
美言が彼方を窺うように言葉を投げかける。
「まあ、そうだな。普段、阿戸市を回ることなんてないし、いい機会だったな」
本来の目的である〝黒い影〟探しに進展はなかったが、隣の茜が笑顔なのを確認して、彼方はホッとしていた。
「じゃ、まあ、帰るか」
彼方の一言で、彼らの土曜日は静かに幕を下ろした。
駅へ向かう彼らを少し離れたビルの影から見つめる人影が一つ。
そのことを、彼らは知る由もなかった。
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