第36話 阿戸市PRコンテストで優勝するんだもん!①
四月第三週 土曜日
「よ~し、どこ行こっか!」
青空に響き渡るのは、
「改めて休日にみんなで出かけるなんて久しぶりだな」
感慨深そうに遠い目をする
「あんた、なんでいつもおじさんみたいな格好なん?」
シャツの上にVネックの薄いセーターを着て、スラックス、学校にも履いてきているローファー。絢斗は首を傾げた。
「別に普通だろ」
相変わらずのやり取りを見つめて、大手ファストファッションメーカー・
「こんなんで悪いね」
隣には、同じく
「大丈夫」
茜には、この四人でのお出かけの中で〝黒い影〟を探そうと話をつけてある。はたしてそんな器用な芸当ができるかどうかは、彼方自身にも分からなかった。
「
若者が集う街・東阿戸町の駅前で、美言は街の地図を指さした。
***
勢い余り過ぎて、茜に真理愛乃を消してしまった「黒い影」を探そう、と言ってしまった彼方は、家に帰ってすぐに後悔していた。
──いや、どうやって?
何の手がかりもなかった。
茜に格好をつけて大見得を切ってしまったようで、彼方は部屋で独り頭を抱える。言ってしまった以上、行動を起こさなければ口だけの男だと思われるのも時間の問題だ。
せっかく距離を縮めることができたこの世界での仲間に、彼方はどうしても自分を信頼してもらう必要があった。
スマホを取って、すぐに美言に相談することにした。
だが、茜の秘密をバラすわけにはいかない。そんなことをすれば、茜を裏切ることになる。
彼方は美言へ電話をかけた。
「ちょっと相談があるんだが」
『お、有馬ちゃんとどうだったん?』
「もし有馬さんと出かけるとしたら、どこがいいと思う?」
『ちょっと~! なに、もうデートするん?』
美言の声がウキウキと弾んでいる。男女のあれこれに興味津々なところは同年代の女子っぽい、と彼方は思う。
「するとしたらって話だよ」
『付き合うことになったの?』
「いや、まだそういう段階じゃない」
『じゃー、二人だけで出かけるより、何人かの方がいいじゃん?』
***
という美言のゴリ押しで、四人集まって出かけることになったのであった。
「じゃー、なんか趣味とかないの?」
阿戸市の地図を前に美言に尋ねられて、茜は難しい顔をしてしまった。
──私の趣味ってなんだろう……?
世の中を覆そうと考えていた茜には、広告についての研究だけが頭を占める毎日だった。改めてごく普通の同年代と接することで、自分が異常だったのではないかと思い至ってしまった。
「趣味は探し中かな……」
「きょうだいはいるのか?」
絢斗が質問すると、彼方が口を挟む。
「お前がそれ聞くのは、なんか怖いからダメだ。美言ならOK」
「なんでだ」
「有馬ちゃん、きょうだいはいるの?」
「今ここで聞くなら俺がNGの意味あるのか?」
茜は見事に絢斗をスルーして答えた。
「うん、
茜の顔が自然と綻ぶ。
「今、九歳で小学三年生なんだけど、私とかお母さんの真似をしようとして頑張るの。この前は、お母さんのメイク道具を使って自メイクしてたんだけどグチャグチャになっちゃって、鏡見て泣いてたの。かわいくて食べちゃいたいくらい……」
とろんとした目で早口でそう言う茜は、しばらくしてハッと我に返った。
「別に、まあ、しっかりした良い子なんだけど……!」
「『有馬さんはシスコン』……と」
メモ帳にペンを走らせる絢斗の頭を彼方が引っ叩いた。
「記者か、お前は」
四人がなんとなくショッピングモールの方へ歩き出そうという時になって、遠くから何やらテンションの高い女性の声が飛んできた。
「なあああにしてんのおおおお、絢斗おおおおお~!」
全身真っ黒のモード系女子がガチャガチャとした走り方で近づいて来る。
その姿を目にして、絢斗がガックリと項垂れる。
「なにしてんだよ、姉ちゃん……」
「なあに嬉しそうにしてんの!」
「してないしてない」
絢斗の姉・
「香耶ちゃん、なんかめっちゃ久しぶり! 大学行って独り暮らしだっけ?」
「いや、実家実家。めっちゃ親の脛かじってる。大学で教職課程取っちゃってさあ、もうキッツいのなんのって……。あ、彼方くん、なんか大変だったみたいじゃん。もう大丈夫なのお?」
「ええ、まあ、なんとか……」
「若いうちはさあ、そういうこともあるよねえ。いいんだよ、これから勉強していけばさあ」
教師の卵みたいな言葉を授けた香耶だったが、その目が茜に止まる。
「ええと、なに、この初登場の黒髪色白美少女は……?」
「アニメキャラじゃないんだから、そういう言い方はやめろって……」
呆れる絢斗のそばで美言が茜に手を伸ばして、指先をパラパラと揺らした。
「有馬茜ちゃん。同じ学校。今日初お出かけ」
「え、マジ写真撮っていい?」
真顔でスマホを構える香耶を絢斗が慌てて止めに入る。
「記者じゃないんだからやめろって。というか、こんなところで何やってんの、姉ちゃんは?」
香耶が目を丸くする。
「よくぞ聞いてくれたねえ。さすが我が弟! じゃーん、これを見よ!」
香耶が広げてみせたのは、阿戸市のマップだった。なにやら、アニメキャラがそこかしこに描かれている。
美言は目を細める。
「ええと……、『謎解きまちあそび第4弾! 「第4制作部は犬も食わない」〜阿戸市PRコンテストで優勝するんだもん!〜』……なにこれ、香耶ちゃん?」
「アニメパレスでさあ、〝いぬくわ〟のグッズ買うと謎解きのマップくれんのよ。解けたらランダムだけどアクリルチャームもらえるから、めっちゃ頑張ってあっちこっち回りながら謎解きしてんの。私はこの
アニメパレスはアニメグッズ専門店だ。香耶の腕にはアニメパレスのショッパーが提げられている。
〝いぬくわ〟というのは、『第4制作部は犬も食わない』というアニメの略称らしい。
「……姉ちゃん一人で?」
「だあってさあ、友達が『めんどそうだからパス』とか言って付き合ってくれなかったんだもん。しょうがないじゃん。ってことで、みんなには私の謎解きを手伝ってもらいます! 行くぞ、若者たち!」
あっという間にペースに乗せられて、彼方たちは香耶の後をついて行くことなってしまった。
「大丈夫なの……?」
茜が小声で彼方に尋ねる。
「まあ、阿戸市を回れるなら、いいんじゃないか?」
「いや、
茜の顔が若干引きつっている。今も香耶がじっと茜を見つめている。
「ええと、まあ……、できるだけ自分の身は自分で守ってくれ」
「ひどい」
***
香耶の次の目的地へ向かうため、五人は電車に揺られている。
ちゃっかり茜の隣の席を確保した香耶は、手元の謎解きマップに目もくれずに茜の横顔を凝視している。
「姉ちゃん、有馬さんが怯えてるぞ」
「なあに言ってんの。そんなことないよねえ、茜ちゅゎん?」
「そ、そんなに気になりますか、私のこと……」
「私、黒髪ロングキャラ好きなんだわあ。ねえ、見て、茜ちゅゎん、〝いぬくわ〟の柴田薫子ちゃんもね、こういう黒髪ぱっつんの和風美少女なんだよ」
香耶のスマホの画面を一瞥して、茜は作り笑いを浮かべる。
「そうなんですね……。私は観たことがないので、そのアニメを」
「ええっ? そんな興味あるならウチで一緒に観ようよ。全十二話だし、六時間弱くらいなら大したことないでしょ?」
「「興味あるって言ってないから」」
彼方と絢斗のツッコミがユニゾンする。
茜は初めて遭遇するタイプの人類である香耶に苦笑いを向けた。
「どんなアニメなんですか?」
「あっ、それは聞いたらダメなやつだ……」
手遅れになった絢斗の声がこぼれ落ちる。
香耶は、にへら~と笑みを浮かべる。
「『第4制作部は犬も食わない』はね! ドッグテイルっていう広告制作会社の話なんだけどね! 落ちこぼれの子たちが集められちゃってるのが第4制作部っていうところなの! そこにね! 新人の
絢斗は額に手のひらを押し当てて深く重い息を吐いた。
「あのモードの姉ちゃんは途中で死んだとしても気づかずに喋り続けるぞ……」
「どんな状況だよ」
「ああ、有馬ちゃんの目が死んでる……」
茜は口元に微笑を浮かべながら、魂が抜けきった顔をなんとか香耶の方へ向けている。
「〝謎解きまちあそび〟はね!」香耶はまだ喋り続けている。「実際の街が舞台になってる謎解きイベントなんだけどね! 第四弾ってことで、〝いぬくわ〟が選ばれたの! もう放送自体は終わってるんだけど、めっちゃ好きだったからテンション爆上げね! っていうか、〝いぬくわ〟自体、阿戸市が舞台になってる作品だから、いつかやってくれるだろうとは思ってたけどね! まあ、基本的には色んな場所に行って、マップに書かれてるヒントをもとにオブジェなんかを探して、その名前の文字を集めて、最後は指定された文字を空欄に入れたら謎解き完成なんだよ! でさ! もらえるアクリルチャームがランダムなんだけどさ! 上司の
【コレドゥル】はフリマアプリだ。
「香耶ちゃんがアニメ好きだったなんて知らなかったな~」
マシンガンのように喋りまくる香耶を尻目に、美言はのほほんと口を開く。
「大学入ってサークルの友達に影響されて観始めたらハマったらしい」
「〝おしゃべり魔神〟に新しい武器がくっついたみたいなもんだな」
「いつもなら怒るところだけど、今だけは許してやるぞ、彼方」
「ちょっと、茜ちゅゎん、どうしたの?!」
切迫した香耶の声がして、彼方たちがハッとしてそちらを見ると、茜が座ったまま固まっていた。
「有馬ちゃんが気絶してる~!」
「茜ちゅゎん、大丈夫?! かわいいね?!」
香耶はスマホのカメラを向けて、シャッターを切りまくる。
「もはやどさくさに紛れてすらいないんだよ……」
彼方は茜が同意なき被写体になるのを茫然と見つめることしかできなかった。
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