第30話 異次元制圧
周辺住民や店舗関係者などはあらかじめ退避済みだ。
『突入部隊、ビルの全ての入口を確保せよ』
無線から流れる
はなおか第二ビルは地上六階の商業ビルだ。
比較的小規模の建物で、各階に一店舗ずつテナントが入っている。そのどれもが、半グレ集団・
ビルから少し離れた道路脇に停車する指揮通信車の中に現場の作戦司令室が設置されている。その中で、酒井が趨勢を見守る。
付近の様子は上空に数機飛んでいるドローンからの映像が入ってきていた。
『全班、位置につきました』
現場隊員からの報告。
その時だった。
はなおか第二ビルの四階の窓が内側から破られて、その穴からライフルの銃口が顔を覗かせた。
ビル街に断続的な銃声が響き渡る。いくつかの窓から放たれた銃弾が隊員たちを牽制した。
『気をつけろ、武装してるぞ!』
『全班、一時後退せよ』
酒井は迷わずに指示を飛ばす。
『連中が小型武器を装備してるという情報は入ってきていない。状況を把握して報告しろ』
『二、三階の窓から銃撃』
『四階の窓にも人影を視認』
酒井は事前に拳銃程度の武装はあり得ると想像していたが、自動小銃の類は想定外だった。
──
ゲームの広告では、プレイヤーが銃を取って戦うシーンが描かれるものもある。そのほとんどは認証広告だ。相手は認証広告と未認証広告を織り交ぜて使用している可能性がある。
酒井は無線を取った。
『着弾地点の弾痕を調べろ。なければ、
そして、そばのオペレーターに顔を向ける。
「〝
「了解しました」
すぐに現場の隊員たちから続々と報告が入ってくる。
『こちら、アスファルトの破損や弾丸は発見できません』
『向かい側のビルですが、さきほどの銃撃で割れたはずの窓が元通りになっています』
酒井は奥歯を噛み締めた。
広告術による攻撃は原状復帰の原則が適用されている。永続的で不可逆な変化を与えることはできない。
とはいうものの、
──それに、仮に奴らが〝原則解除〟可能だとしたら、取り返しのつかないことになる……。
態勢を立て直す旨の指示を無線に乗せようとした酒井のそばで、周辺を監視していたオペレーターが声を上げる。
『隊長、戦車です……!』
モニターに市街地を高速で移動する暗灰色の戦車が映し出される。
『全員退避! 砲撃に備えよ!』
酒井が叫ぶその瞬間に、モニターの中の戦車の砲口が火を噴いた。
轟音と地鳴りがして、指揮通信車が揺れる。すぐ先の十字路に面したビルの一階に穴が開いて、炎と黒煙が上がっているのをドローンが捉えている。
『状況報告せよ!』
酒井は叫んで指揮通信車のドアを開けて、道路に身を乗り出した。
隊員たちが遮蔽物から遮蔽物へと駆けているのが見える。ビルの向こうに空高く立ち上る黒煙は、しばらくしてパタと消えた。
オペレーターが告げる。
「戦車、消失しました」
酒井の頭の中に〝広告の停止措置要請〟のことがよぎった。
非常時に特定の広告を停止するための要請で、
しかし、その間の補償の問題もあり、有事や社会的注目度が高くなければ敬遠されているのが実情だ。
──ここはアレの
認証広告であれば、その広告の発動状況は
自社の広告が好ましくない目的に使用されていると知れば、
『ビルから男が顔を出しています』
ドローンのカメラが窓の隙間に顔を出す男にズームする。
『我々に対し、撤退と逃走経路の確保を要求しています』
「どうしますか、隊長! このままでは人質も……」
酒井は迷わずヘッドギアを装着した。
「私が出る」
***
「ひゃ~!!」
思いもよらない戦車の砲撃を間近で体験した
そこにはすでに
「こんな所で何をしてるんですか! 退避指示が出ていたはずですよ!」
「すんません、野暮用で……!」
叱責する隊員のそばで、その先輩だろうか、一人が歩み出る。
「今は外は危険ですから、ここにいて下さい」
「分かりました……。お世話になります」
──戦場かよ、ここは!
てっきり不良集団をとっちめる程度のことかと思っていた衛士はすっかり及び腰になってしまった。
さすがにいくら気合が入っているといっても、砲撃の中に飛び込んでいく勇気などない。もはやそれは勇気などではなくただの無鉄砲だ。
「おい、酒井隊長が出るらしいぞ」
一人の隊員が口にすると、そこにいた他の隊員たちがざわつき出す。
「あの……」衛士はさきほどの先輩隊員に問いかける。「酒井隊長って?」
「この作戦の指揮を執っている我々の上司です。ビル制圧と救出の名手と言われています。ついた異名は〝異次元制圧の酒井〟──」
***
はなおか第二ビルへ向かって建物の中や遮蔽物の影を通り素早く影……酒井だ。
上空からは轟音が聞こえる。
このエリアは退避指示と共に報道規制が敷かれており、マスコミの影はない。
酒井はインカムに声を送る。
「全班、〝
『戦争系ゲームの広告契約者が中に数名いるようです』
「まずは人質確保が先決だ。メガホンを用意して容疑者や人質に呼びかけ続けよ。後は私が対処する」
酒井ははなおか第二ビルの向かい側にある雑居ビルの一階に進入、そのエントランスからはなおか第二ビルの様子を窺った。
「逃走経路の確保に時間がかかる! だが、早急に対応を進めている! だから、人質の身の安全は約束してくれ!」
メガホンで呼びかける隊員たちの声が響いている。
「うるせえ! それ以上近づいたら、人質を殺す!」
返ってくる肉声は小さかったが、よく通っていた。だが、そのすぐ後に、自動小銃のダダダダ、という音が炸裂する。
その銃声が止んだ瞬間、酒井はビルを飛び出し、はなおか第二ビルの正面口へ到達した。
──連中は内部の制圧に備えて階下からの攻撃に備えているはず。本丸の四階に人質がいるか……?
「屋上班、五階六階の状況は?」
隣接するビルの屋上には、いくつかのチームが配置されている。
『こちら屋上班、視認できる限りでは動きはありません』
酒井は手元のディスプレイ端末に目を落とす。
「建物内部の防犯カメラ映像、まだか?」
指揮通信車のオペレーターが焦りを滲ませる声で応答する。
『もう少しかかります』
再び銃声が鳴り響く。隊員の呼びかけに、内部の連中がフラストレーションを溜めているようだ。
「呼びかけはこれで十分だ」
酒井は頭の中でシミュレーションを繰り返す。そして、決意を固めたように一人うなずいた。
「屋上班、今から二階を六階へ〝持っていく〟。ゴム弾で向こうのライフルを無力化、ビル内部に乗り込んでフロアを制圧せよ」
『了解。合図を待ちます』
酒井はフッと息を吐いた。鋭い目つきがさらに研ぎ澄まされていく。
「【ソエジマのビルリノベ】
酒井がビルの外壁に手を当てて
その二階部分が建物から引き抜かれると、同じように光を放つ六階部分と丸ごと入れ替わってビルに取り込まれてしまう。
不動産会社・ソエジマビルディングが提供するビルリノベーションは、小規模なビルのテナントやフロア構造をニーズに合わせてカスタマイズする事業だ。
広告では、その魅力を分かりやすくイメージ化するため、ビルのフロアを入れ替えて見せている。
それだけではない。
【ソエジマのビルリノベ】では、フロアの部屋数も間仕切壁によって可能な限り増減させられる。
今までワンフロアだったオフィスを複数の部屋に分け、それぞれ別のテナントにしたり、反対に複数のテナントの間仕切壁をなくしてワンフロアの広いオフィスにすることもできる。
酒井は続けて口を開く。
「【ソエジマのビルリノベ】
六階と入れ替わった二階では、何が起こったか分かっていない〝
「屋上班、突入」
酒井の指示で、屋上班の
六階の高さに入れ替わった二階のフロア内にゴム弾が無数に飛び込んで、中にいた構成員たちは残らず呻き声を上げてその場に倒れた。
即座に屋上班が窓から侵入すると、転がる構成員たちを結束バンドで拘束していく。
『二階、制圧完了』
「階層位置が戻る。一度退避せよ。三階を同様に制圧する」
二階と三階を一瞬で制圧してみせた酒井は、手元のディスプレイ端末に目を落とした。
オペレーターによってビル内部の防犯カメラ映像が映し出されていた。
『四階以外に人影は確認できません。四階ですが……、人質の姿は確認できません。カメラのない部屋に軟禁されている可能性があります』
──ここは、賭けに出るしかないか。
酒井ははなおか第二ビルの正面に五名の突入部隊を招集した。
「これより一階を五階と入れ替える。連中は下層階へ注意を向けているはずだ。その隙を突いて上階からアプローチをかける。君たちは四階に進入後、内部を制圧してくれ」
「人質はどうなりますか?」
「人質からのSOSがあれば助かるが、なければ別の手段を講じる。では、行くぞ」
酒井は五人と共にビルのエントランスに足を踏み入れた。
「【ソエジマのビルリノベ】
六人は五階となった一階のフロアから階下への階段へ向かい、縦列になって静かに四階へ降りた。
先頭の隊員が、ちょうど姿を現した〝
ファイバースコープでドアの隙間から向こうを確認した先頭の隊員が指を二本立てた。ドアの向こうに二人を確認したという意味だ。
酒井は五人に待機を命じると、手元のディスプレイ端末を確認した。
防犯カメラのない部屋は二つある。
人質はそのどちらかにいると思われた。酒井は隊員たちにアイコンタクトを送った。そして、心の中で詠唱する。
──【ソエジマのビルリノベ】
すると、防犯カメラのない部屋が間仕切壁で囲まれ、孤立してしまう。
「な、なんだ?!」
「急に壁が!」
「おい、なにがあった!」
ドアの向こうがざわついている。そのタイミングで、酒井のインカムにオペレーターからの声が届いた。
『現在、110番センター静岡にスマートフォンから緊急通報が入電。発信者は
酒井の口元が緩んだ。
「でかした」
──【ストーカー対策プラン】
ヤマト警備保障の【ストーカー対策プラン】は、ストーカー被害に対するセキュリティサービスだ。広告では、「助けて、ヤマトさん!」というSOSに警備員が即座に駆けつける。
この広告効果を発動させるには、救助を求める意思がなければならない。酒井がSOSを待っていたのはそれが理由だった。
だから人質のSOSを誘うため、〝
一瞬で有本が軟禁されていた部屋へ転移した酒井は、二人の〝
壁際の構成員を即座に
「この野郎っ!」
目の前に現れた酒井にナイフで襲いかかろうとするもう一人の構成員の手を上に弾き飛ばした。酒井はそのまま腕の回転スピードを乗せた掌底をガラ空きになった相手の鳩尾へお見舞いした。
──制圧術第四章体術第十六節……〝
崩れ落ちる構成員を横目に、酒井は疲弊しきった様子の有本へ優しい目を向けた。
「もう大丈夫ですよ」
その言葉が終わらないうちに、間仕切壁の向こうで声がした。
「逃げたぞっ!」
窓ガラスの割れる音がする。
酒井は、
酒井の視線の先、はなおか第二ビルの窓がビリビリと音を立てる。
その向こうに、
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