第22話 罪の香りを辿る
「今、
茜の母親・
二人は
「どこかに出かけてるんですか?」
茜が美里に何かを隠しているのは間違いない。だが、それよりも現在起こっていることを把握すべきだと美言は頭を切り替えた。
「あの子、塾も辞めちゃったから、特に出歩くところないと思うんだけどね。そろそろしれっと帰ってくるんじゃないかしら……」
茜が何かを隠している……そのことに美里は動揺を隠しきれなかった。
やりたいように何でもやらせてきたとはいえ、そんな娘が自分の意思とは関係のないところで、自分の目の届かないところで、自らの内からの声に従って行動しているのは、まだ子どもだと思っていた娘が大人になっていってしまうような気がして、急に心細くなってしまった。
「ええと、茜がどこに行ったのか、心当たりはない?」
茜のことを何も知らない美言は、自分が投げかけようとしていた質問で機先を制され、絢斗と視線をぶつけてしまった。
「ええと、どこなんでしょうか……」
絢斗が引きつった笑いで返すと、美里は残念そうに首をさすった。
「お友達でも分からないんじゃ、帰ってくるのを待つしかないわね……」
友人だとウソをついたことへの罪悪感と、彼方にいい報告を持って行ってあげたいという思いが美言と絢斗の中で
「せっかく来てくれたんだし、ちょっと中に入ってお茶でも飲んで待つ?」
二人は友人としてうなずかざるを得なかった。
「あの、すみません」
家の中へ入ろうとする三人の背後から声がかかる。
二人の制服警官が立っていた。
***
数週間前
──相変わらず、雑然とした街ですね。
身を包んだ時にシンメトリーになるように特注したスカートスーツから伸びた足で駅のホームに降り立った。
長い栗毛は前髪はぱっつんに、後ろ髪は全てまとめてアップにして丸めている。スッキリとした長い首が目立つ。
電車の中でくっついたのか、肩口に細かい糸くずを見つけて、美弥は憤りを抱えながらサッと手で払った。
美弥はシンメトリーが好きだ。なぜなら整然としているから。
だから、美弥は両手に小振りなトランクを提げている。トランク一つで十分だろうと笑った同僚の
仮に、美弥にそのことについて尋ねても、「知らない」と答えが返ってくるだろう。
駅を出て両脇にトランクを置くと、美弥はジャケットの中にしまっていたネックストラップの先につけたスマホを抜き出して、これからのスケジュールを再度確認した。
スマホの画面は6.5インチの有機ELでくっきりはっきりの画面表示だ。
──広告の発動回数ノルマ未達成の疑いが三件、競合施設への
──だから、何度も研修を繰り返して頭に叩き込めと言っているのですがね……。
緻密な契約管理計画を練ってさえいれば、半年に一度、何度も同じ勧告を与える必要などなくなるはずなのだが、
──雑です、何もかも。
そう独り
美弥はショートケーキのイチゴは初めに食べてしまうタイプの人間だ。美弥にとって、イチゴはショートケーキの添え物でしかない。余分なものを先に片づけてから、メインを味わうのだ。
面倒事になりやすい競合施設への
──
それを監視するのが、
真理愛乃は、昨年五月上旬以降、【みかどランド】の広告を発動していない。四月から九月までの前期は、ゴールデンウィーク過ぎに発動回数ノルマを達成していたようだったが、後期は広告を発動させるには都合の良い十二月にすら一度も広告の発動がない。
──若者にありがちな飽きが来たのかもしれないですね。
さっさと最後の一件を片付けて阿戸市を出たい美弥は、休憩の時間も惜しんで真っ直ぐに真理愛乃の自宅へ向かった。
真理愛乃が住んでいるというアパートの二階、部屋のインターホンを押すものの、返答はない。明かりのついていた隣室の住人を呼び出して、真理愛乃の動向を尋ねるが、「普通にいるんじゃないですか?」という間の抜けた答えが返ってきた。
──ノルマを放り出して逃げ出したんでしょうか?
そういう人間は一定の割合で存在している。
珍しいことではないが、まだ期限を迎えていないノルマを残して姿を晦ますような割の合わないことをするのは、美弥には理解不能なことだったし、実際、期限まで日があると伝えれば、すぐに数をこなす者ばかりだ。
それから、真理愛乃のスマホに電話を掛けるが、応答はない。
美弥はふと閃いて、真理愛乃が契約しているもう一つの広告である【あんしんホームセキュリティ365】の
その間、美弥は真理愛乃が帰ってくる可能性を考慮して、彼女の部屋の前に立ったままだ。
『エイジン警備保障広報部でございます』
「わたくし、三門電鉄の
『どのような御用でしょうか』
応対係の声が強張るのが分かる。
他社の
ただでさえ、
「弊社で発生している広告契約関連で、お尋ねしたいことがございます。御社の広告契約管理担当の方はご在席でしょうか」
『少々お待ち下さい』
保留音が流れる。
美弥の狙いは、真理愛乃の広告発動ノルマ未達が三門電鉄だけに発生していることがどうかを確認することにあった。他社の広告発動回数ノルマに問題がないのであれば、なんらかの意図があると推測できる。
『お電話変わりました、
通常、自社の広告契約の状況は社外秘だ。
だが、
美弥は、ここで自らの弱みを見せることで相手の情報共有のハードルを下げようと試みた。
「弊社の広告の契約者が広告発動回数ノルマ未達の見込みでして、その契約者と連絡が取れない状況なんです。その契約者が御社の【あんしんホームセキュリティ365】とも契約を交わしておりまして、そちらの広告発動回数ノルマの状況を確認しておきたいと思い、連絡させて頂きました」
『はぁ、それはご苦労様でございます。……ええと、その契約者のお名前は?』
「堀田真理愛乃です」
電話の向こうで、キーボードを叩く音がする。
『ああ、堀田さんですね……。こちらでは、最後に確認されているのが、昨年の六月八日、午後八時二十二分頃となっていますね』
広告と
「こちらで最後に確認できたのは、昨年の五月十二日です」
『はぁ、ほぼ一年ほど活動実態がないわけですね』
「差し支えなければ、最後に御社の広告が発動された場所の情報を共有願えませんでしょうか。この事案の調査は、御社の広告契約状況の把握にも役立つかと思います。わたくしの方で調べた内容を後ほどお知らせさせて頂きますので」
電話の向こうで思案しているような沈黙が流れる。
『かしこまりました。それでは、情報を送りいたしますので、ご連絡先をお願い致します』
電話を切った美弥はスマホのバッテリー表示に目をやる。一日中駆使していたスマホだったが、充電にはまだ余裕がある。バッテリーは4500
***
陽が落ちた。
そのビルの谷間の裏路地は暗く、静かだった。美弥は両手のトランクを地面に置いて、室外機の目立つ空間に視線を巡らせた。
──ここでホームセキュリティの広告を発動するのは明らかに不自然。となると、
ひと気のない裏路地で
きな臭さを感じ取って、美弥の頭が【あんしんホームセキュリティ365】の広告効果を検索していた。
──広告効果は、警備員の召喚、バリアの発生、そして、昨年であれば、
美弥の中で不穏な想像が膨らんでいく。
こういう時の直感を信じている美弥は、真理愛乃のアパートにすぐに向かうことにした。アパートの大家に事情を話し、部屋の中を調べようというわけだ。
ところが、アパートへ向かった美弥の視線の先、真理愛乃の部屋から見知らぬ若い女が出てきた。
その女がアパートを後にして歩いていくのを、美弥は尾行することにした。
──服のブランドからすると、かなり若い……中高生でしょう。
若い女がアパートから出る時、部屋の中に誰かがいた様子はなかった。つまり、美弥の先を歩く女は自由にあの部屋に出入りしているということだ。
真理愛乃と親戚関係なのかもしれない……美弥は慎重に女の素性を明らかにしようとしていた。
スマホで写真と動画を撮影しながらの尾行だったが、自動手ブレ補正と暗い場所でも鮮明な写真と動画は4K画質を誇っている。
その女が辿り着いたのは、市内の一軒家……表札には「
しばらく外で様子を窺っていたが、動きはなさそうだった。
──今日で片づける予定だったのですが……。これだからまとまりのない人間の事後処理は……。
整然たる
だから、〝有馬
それからおよそ二週間をかけて、〝有馬
仕事をさっさと終わらせることに心血を注ぐ美弥だが、事態が事態だけに慎重に事を進めるため、腰を据えることにした。
阿戸市内のホテルに部屋を取り、そこを一時的な調査拠点とした。
広告発動回数ノルマの未達に関しては、
二週間ほどの調査で分かったこと──。
堀田真理愛乃の家に出入りしていたのは、有馬茜という名前の、現在、阿戸西高校に在籍する高校生だ。堀田真理愛乃と血縁関係はない。
有馬茜は、少なくとも週十回以上の異常な広告発動回数ノルマを抱えている。
その契約広告は
美弥は結論づけた。
堀田真理愛乃は失踪している。そして、その失踪に有馬茜は深く関与している。
美弥はホテルの一室でスマホを取った。呼び出し音が鳴る。
──本当に堀田真理愛のが失踪したのなら、警察を突っつくしかありません。それで有馬茜の反応を見ましょう。
広告・刑事事件を巡る各勢力の構図は、美弥が嫌気を差すほど整然さを欠いている。これ以上事態を混み入らせることのないよう、美弥は細心の注意を払っていた。
電話の向こうで顔馴染みの刑事の声が応答する。
刑事課にも広告犯捜査が組み込まれている。電話の相手はかつて美弥が広告契約状況調査の過程で知り合った刑事だ。
夕陽の差し込む部屋に、美弥の声が漂う。
「……とある女性の失踪に有馬茜という高校生が関わっているという話を聞きまして──」
神妙な声で話す美弥の手の中で、スマホの背面に刻まれた翼のロゴが光る。
フルパワー・ハイスペックスマホは、過酷なビジネスシーンの相棒のようなものだ。
戦うあなたへ、【
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