第14話 運命を切り開く鍵(1)


 目覚めたとき、気分は悪くなかった。

 なんの夢を見ていたのか全然覚えていなかったけれど、とてもいい夢だった気がした。なのに、自分が泣いていたことに気づく。


 頭のなかに、なにかが引っかかっているような気がしてならない。


 涙を拭いて、布団から起き上がる。

 右手が痺れているのに気づいた。なんで寝てる間に、こんなに力をこめて握りしめていたんだろう。

 不思議に思いながら、固まった拳を開く。当然のように何もない。


 だがその時、本当に突然、脳裏に閃くものがあった。


 すごくきれいな形。唐突に、押し迫るような感情に包まれた。頭に浮かんだもの。これを現実にしなくっちゃ。

 慌てて起き上がる。思い浮かんだものが記憶からこぼれ落ちる前に、記録しておかないといけない。絶対に忘れちゃいけないんだ。


 仕事ではパソコンばかり相手にしているから、家では筆記用具なんて滅多に使わない。久しぶりに鉛筆を筆箱から引っ張り出して、印刷ミスをして重ねてあった裏紙を手もとに寄せて曲線を走らせる。絵なんて、学生時代に描いたきりだった。


 薄い線を描いては消しゴムで消し、思いどおりに書けない自分に焦れながらも、なんとかそれらしい形に仕上げていく。

 十五分挌闘して、下手ながらも重要な特徴は書き留めたように思えた。


「いけない、仕事に遅れちゃう」


 急いで着替え、出かける準備をはじめた。





 なかなか意地の悪い口争いがあったものの、二ヶ月半後に離職した。

 精神的にぐったりしながらも、やりたいことは見つかっていた。なので、憑き物が落ちたように晴れ晴れした気分だった。


 すぐに派遣の仕事をはじめた。給料は上がらないものの、大きな会社で働いている人たちの対応は、前職にくらべればはるかに良かった。なにより就業の時間どおりに帰れる。


 仕事を続けながら、趣味の勉強をはじめた。夢から覚めたあとに描いた絵を元に、自分でアクセサリーを作る。


 考えてみたこともなかった。

 世の中に存在するものは、好みを選んで購入するのが当たり前だと思っていた。


 でも気づいた。想像を現実のものにする人たちの努力が、入手する人々の喜びを満たしている。

 ふた通りあるんだ。

 生み出す側。享受する側。

 一度でいい。自分の内側にあるものをカタチにしてみたい。できれば、そちら側の世界を覗いてみたい。

 

 貯蓄を崩して休日に教室に通い、貴金属を造形するためにロストワックスと呼ばれる製法を学んだ。青い蝋の固まりを削ったり、溶かしたり、ふたたび繋いだりして形を作り上げていく。


 自分で選んだ、初めての習い事だった。

 思いどおりにならず、自分の不器用さにいらつき、能力の低さに焦れ、なんども失敗して嫌になったりもしたけれど、頭の中に浮かんだ形を現実にするためにあきらめはしなかった。


 できあがった青い蝋の原型を専門の会社に送り、鋳造を依頼する。完成したペンダントトップが届き、きれいに磨いて、最後に小さな天然石のルースを取りつける。

 やっと現実に、想像したものを生み出せた。その感動ははじめて味わうものだった。


 指先で、光に透かす。そうだ、これはきっと、運命の相手に渡すためのアイテム。


 鍵の形をした、ペンダントヘッド。やっと完成した。あきらめずに最後までやり遂げた。今は私が、大切に身につけておこう。

 いつか、渡せる相手が現れるときまで。 





 作る喜びを知った私は、もっと良い作品を出せるように努力を重ねた。

 完成した作品は十点を超えた。すこしずつ慣れて、思ったとおりに作れるようになっていった。


 自分の考えたアクセサリーを、私は商品として販売しはじめた。個人の作家がハンドメイドの品を売るネットのサイトに出してみたが、最初はちっとも売れなかった。

 自信を失いかけたけれど、ある時期からひとつ、またひとつと売れるようになり、手に入った額面を見ては自信をつけ、買ってくれた人のコメントに励まされた。


 そのうちにイベントに参加して、直接お客さんに手売りするようにもなった。

 趣味の範疇ではあったけれど、自分の作品が人の手に渡り、身につけてもらえると思うと嬉しかった。


 数年後、イベントにやってきた人が私の作品を気に入り、購入してくれた。なんどか挨拶を交わし、話をするうちに楽しい人だと感じて気になる相手となった。


 その人が、縁あって夫となった。


 結婚式はしなかった。ふたりで記念の写真を撮り、一緒に住みはじめた。夫は私の物作りをする時間を邪魔せず、家のことだけではなくイベントに出展するときにも親身に手伝ってくれる。とても理解がある人だった。


 結婚したら、家族のために自分のやりたいことなんてできないと周囲から聞いていたし、そう思い込んでいたからすごく嬉しかった。

「どうして私と一緒にいてくれるの」と訊ねてみたことがある。

 彼は「きみが楽しそうにしていると、俺も楽しいから」と笑った。



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