第11話 五夜目 人もどきとの約束(3)
「ふたつめは? あの……」
言いよどむ。はっきり伝えても良いものだろうか。「けっこう怖かったんだけど」
「こわい?」
とまどいの目をしている。「すきってたくさんつたえるといいって言ってた」
「好き……」
ぐっと息が詰まった。意図は理解した。だけど。
いやいや、一方的な好意はだめでしょ。しかも、あんな破廉恥表現、って言うかモザイク処理しなきゃ表に出せないようなモノをモロ出しで見せつけられて、好意がどうこうだなんて……まったくの初対面でどの口が言えるのか。本気で考えてあの行動を取ったのならば、感性が相当ズレまくってる。
あんな求愛をされたら、身の危険を感じないほうがおかしい。
あれ? と疑問に思った。ああいうのって、人間じゃなければいいんだっけ? アレは図体が怪物っぽかったらOKなの?
うーん、と顔をしかめ、片手で額から目を押さえて考え込む。そういう問題じゃない、と考え直す。
神様、ちょっとというか……かなり方向性を見誤ってない?
「じゃあ、三番目は?」
「ちょっとだけにんげんっぽくしてもだめだったから、みんなではなしあって、もっとちかくしたほうがいいってことになって」
「……近くしたほうが?」
復唱して気がついた。人間に姿を近づけてみた結果、ああなったと言いたいのか。確かに、二日目に比べて、三日目はかなり人型に近づいていた。
目の前の青年は耳を器用に動かして、ふと思い出したように口を開いた。
「あと、きんにくはせいぎ」
「筋肉は……正義──」
思わず目をつぶって、首をひねる。間違ってはいない。
間違ってないかもしれないけど!
うーん、と唸っていた。すこしばかり、トンデモ方向の知識に偏ってる気がする。神様、どこでそんな変わった知識を拾ってきたんだろう?
まあ、たしかに接近されて、あの凜々しい表情と立派にできあがった肉体を目前にしたら、たしかにトキめいたけれども。
でも、あれは夢だと分かっていたから。それ以上の接近は、互いの了承がなければだめだよ。
考え込んでしまった私を見て、風変わりなものでも眺める目になった。
「だけどやっぱりうまくいかないねってなって」
青年は、見てきた光景を懸命に説明しようとしている。両手で空気をこね回している。
「それで、もっとにんげんのかっこうにちかくしたほうがいいって。もっとたくさん、はなしをしたほうがいいってべつのかみさまが言って」
猫耳の青年は、その場にすとんと腰を下ろした。両脚を倒し、軽くあぐらをかいた座位になる。つられて、私も床に正座していた。
猫のように、顔を洗いそうな気配があった。実際に、口もとへと片手を持っていこうとした。口を開いて舐めようとしながら自分の手に視線を留め、かすかに目を見張って静止した。
あ、いけない、という心の声が今にも漏れ聞こえてきそうだった。青年は持ち上げた手を、ぽとりと膝に落とした。
「ちゃんとにんげんのふくをきて、れいぎ──」
さほう? と、言葉の意味がわからないのか、こちらに訊ねる口調になった。
「れいせつをもって、たいおうをする」
一言一句、伝え聞いたままを口にする。だれかの口まねなのか、心なしか発音も違って聞こえた。「かいわがたいせつ」
「それは、そうね」
まっとうな考えを持った神様もいたと言うわけか。
それが理解できていたんなら、先行の行動を
どこの世界も、声のでっかいほうが優先されるものなんだな……。
なんとも、やるせない気分になる。
「それでたくさん、かいわできたから、もっとちゃんと、にんげんになったほうがいいって」
まじまじと猫耳青年を見つめる。たしかにきれいな顔をしている。こんな整った顔のほうがいいと思うひとは、たくさんいるだろう。
けれど。
「私ね、どうしても許せないことがあるの」
えっ、と青年が声を出す。
「よく物語であるんだよね。魔女とか悪魔に、醜い蛙とか獣とかに変貌させられた王子が、ヒロインにキスされると元の姿に戻って、ふたりで恋に落ちるってやつ」
そう、ああいうのって納得がいかない。感情が高ぶって、だんだん大声になる。
「たとえば、美女と野獣の物語。ヒロインが野獣に恋をする話。王子は、人間に愛してもらって、その相手を愛せれば人間に戻れる。だけど、ヒロインは野獣を愛してるんだから、人間に戻って野獣じゃなくなっちゃったら」
一気にまくしたてて、一呼吸入れて強調する。「それって、詐欺だと思うのよね」
「さぎ」
「そう、詐欺」
あなたも、と相手の鼻先に指を突きつける。「その姿」
相手の目線が指先に行って、寄り目になっている。
「偽物でしょ、その格好」
え、と猫耳青年はたじろいだ。
「嘘はきらいよ、私。真面目に、きちんと話がしたいんなら、ちゃんと偽りのないようにしてよ」
きれいな顔がびっくりしたまま、固まる。大きく見開かれた目が、きらきらと揺らぐ。
「あ……、と、ええと」
瞳と白目の境界線が流れて、見る間に目のきわに水滴が溜まる。いっぱいに溜まった涙が、つやつやの頬を伝って、ぽろぽろと膝に、床にこぼれる。
「このすがた、だめ?」
鼻声になっている。「もっとたくさんはなしがしたいのに、だめ?」
声が高くなる。背を丸め、心なしか長身が縮んだ気がする。ぐい、と片手で涙を拭いた手が、小さくなっている。
今度はこちらが驚く番だった。
「きらいにならないで」
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