第7話 探り探り
塩留を気に食わない、殺そうとまで思う人物への心当たりは何故だかあった。
気に食わないというだけなら、六花だって塩留のことはだいぶ胡散臭く思っているし、体力なくてまともに仕事ができないし、気に食わない。だが、親愛する佐原から預けられた以上、放っておくという選択肢が六花にはなかった。
問題は六花の下のやつらだ。佐原への信頼と忠誠は同じと言えど、自分の方が佐原を慕っているだの、自分の方が佐原の役に立っているだのといった下らない争いは絶えない。が、それはせいぜいその場限りの言い争い程度のものだ。時折取っ組み合いにまで発展することがあるが、そのときは六花が締めている。
下手な三下より六花が強いのは、やはり木内組の傘下にいるから鍛えられたというのが大きい。佐原以外の組員にも護身術程度に体術は教わった。そこで知ったのだが、六花は人より少し体が丈夫らしい。
木内組の兄貴たちも六花のことをだいぶ可愛がってくれた。最初は佐原という夜叉怖さに従っていただけの男共だったが、六花の可愛げのないところが可愛いらしい。なんとも矛盾した話だ。
「泡風呂で働くんじゃなきゃ、女は媚を売らない方が自立できるもんさ。そういう点じゃ、白瀬は昔の佐原の姉貴に似てるなあ」
「そうそう。目付きが悪くて、怖くてヨォ、男だろうが兄貴だろうが誰彼構わず噛みつく感じがサ、ちょっと前の白瀬にチョー似てる」
「ちょっと? 誰の話をしてるんだい?」
「さ、佐原の姉貴!!」
佐原がやってきて、何人かは蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまったが、残った古参の男たちには頭を撫でられた。
「そう考えると、お前さんもだいぶ毒が抜けたな。運び屋の仕事は性に合ってるかい?」
「はい。でも、目的はあるので、牙は研いでおきます」
「おっ、いっちょまえに言うじゃねえか」
目的。忘れてはいけない。そのために裏社会に足を踏み入れたのだ。
復讐だ。
六花はずっと憎しみに身を焦がされている。だから、愛嬌を振り撒くことなんて、とてもできなかった。
毒が抜けた、というのは、張り詰めすぎていたのが程よく緩んだのだと捉えている。佐原に拾われた頃は先立つものがなさすぎて、それでもいっちょまえに目的だけを見据えて焦っていた。あのままだったら、転んで痛い目を見ていたことだろう。
「しかし、
「しらびと?」
どうやら、六花のように生まれつき肌も目も髪も白い人は低確率ながら生まれるらしく、
日の光にも当たれないというのは不便そうだな、とは思ったが、自分について、六花は相変わらず興味がなかった。自分がどういう人間であろうとどうでもいい。まあ、体が丈夫というのは有難いが。
「白瀬の年齢の女が男と渡り合うのはかなり難しい。天賦の才があるにしても、な。武術の才があっても、それに伴う基礎体力がなきゃ話にならんからな。白瀬はすげえよ」
「ありがとうございます」
可愛がってくれる兄貴たちの存在は有り難かったが、戻れなくならないように、六花は時たま会話する程度に留めておいた。
六花は復讐を終えたら、美樹が幸せになる手伝いをして、美樹が幸せになるのを見届けるつもりでいる。だから目的を達成したら、裏社会から足を洗わなければならない。
だから、深入りしすぎないように気をつけている。そこが六花と佐原の大きな違いだろう。
佐原は誰にでも深入りする。情の深い人だ。だからほいほい人を拾ってくるわけだが。
立派な舎弟に育っているから結果オーライなところはあるが、拾い癖はそろそろやめてほしい。佐原に恩はあるが、佐原を慕う人間をだいぶたくさん育ててきたような気がする。
佐原を慕う人間たちは、漏れなく六花も慕うようになるわけだ。六花は深入りしたくないが、組に関わりの深い人間が増えると、どうしても抜けにくくなる。
今後のことも考えて、そろそろ木内組傘下での仕事をやめるか、佐原からの新人教育の頼みをすっぱり断るかしないといけない。
佐原の拾い癖が治るのが一番いいのだが……しばらく誰も連れてこないと思っていたら
誰かに狙われているあたり、今までで一番厄介なのを連れて来られた。しかも月下降六花界絡みと来たもんだ。六花ができれば一番関わりたくない人種である。
だが、月下降六花界のことは佐原にも話していない。有栖川は何か知っているかもしれないが、六花が明かさない以上、佐原は知ったこっちゃないのである。
だが、狙われているのは確かだ。しかも命を。組のやつから。
そうなると、探りを入れるしかない。六花は運び屋業を部下たちに任せ、組の事務所を訪れた。
本当は来たくなかった。義理程度にたまに顔を出すくらいはしていたが、最近は本当に空気が悪いのである。
何故かというと、木内組内での派閥争いが激化しているからだ。片方は木内組の武闘派集団阿修羅一派。もう片方が夜叉こと佐原が陣頭に立つ夜叉一派だ。
派閥争いというか、次代の組長争いだ。佐原はそういう野心がないのだが、佐原自身が次々と新しい舎弟を連れてきて、自分の派閥を強くしようとしている、と勘違いした阿修羅が粉をかけてきたのである。佐原は適当にあしらったのだが、佐原を心酔している舎弟たちが黙っていなかった。そんなわけで内部分裂寸前のばちばち具合なのである。
カシラは阿修羅なので、事務所在中の組員はほとんどが阿修羅一派の者なのだが、そこに六花が入っていったとしよう。佐原が目をかけている六花だ。夜叉一派が何か目論んでいるのではないかとあらぬ誤解を受けるわけである。
腕に多少の自信はあれど、命のやりとりをする気はこれっぽっちもない。面倒だが、堂々と事務所に入る。
じろ、といくつもの視線が六花に注がれた。心地のよいものではない。警戒が部屋の空気をびりびりと焼いている。さすがは武闘派。殺気まではいかないが、闘気が凄まじい。もう帰りたい。
が、わざわざここまで来て、タダで帰る気はなかった。
「なァんだ? 運び屋白瀬たぁ、珍しいじゃねェか。何の用だ?」
露骨に舐め腐った態度が気に食わないが、ここは弱いことにしておく。実際敵わないだろうし。
けれど、釣る餌はちゃんと持ってきていた。
「
「ほォ? 舐めた真似してくれんな? テメエは仲良しこよしの夜叉の一派じゃろがい」
そこで六花はくっと笑う。
「そんな仲良しこよしの夜叉一派に、仲間割れみたいな不穏な動きがあるって言ったら、興味あります?」
ほーん、と響谷は六花の目をじっと見た。六花は真っ直ぐ見つめ返す。
「まさかあの白瀬がそんな面白そなネタ持ってくるとほナァ。ちょいと奥で話そうか」
「ありがとうございます」
六花は気を引き締めた。
塩留アンデッド 九JACK @9JACKwords
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