第6話 永久の条

 有栖川の家からの帰り、襲撃には遭わなかった。理由として考えられるのは二つ。塩留を狙撃で殺したいというもの。六花にはバレたくないというもの。

 バレたくないも何も、最初の狙撃で六花には気づかれているし、正体も粗方予想がついている。六花の荷物に傷をつけないようにする、有栖川邸への道中の道のりを知っているとくれば、六花が世話した連中以外、あり得ないのだ。

 だが、そんなことより解消しなければならない疑問がある。

「塩留、お前、何者だ?」

 脳天に空いたはずの穴は跡形もなく消え去っている。普通、人間は頭か心臓を銃弾で撃ち抜かれれば、一撃死する。脳天をぶち抜かれて生きている人間などあり得ない。あり得たとして、それはもはや「人間」と形容していい生き物ではない。

 有栖川は自分で思い出せ、と言われたが、塩留が誰なのかを思い出すことはできても、塩留が何なのかを思い出すことは不可能だ。記憶する限り、六花に脳天をぶち抜かれても死なない不死性を持つ人外の知り合いなどいないのだから。

 塩留は頭を撃ち抜かれた事実などなかったかのようにからっと笑う。

「僕ですか? 僕はご覧の通り、不死身の人間アンデッドですよ」

 塩留の返答に六花は胡乱げな顔をする。

「アンデッドってなあ……ゲームの世界じゃあるまいし」

「月下降六花界」

 塩留が口にした言葉に、六花は思わずちゃき、と護身用に携えていたナイフを取り出す。不死身相手に無駄だというのはわかるが、警鐘が鳴り止まないのだ。

 月下降六花界。その単語を知るのは信仰深い占い師だけ。もっと言うなら橘家の関係者のみだ。つまり塩留は、橘家が六花のことを嗅ぎ付けて送り込んだ刺客という可能性がある。

 が、塩留は「ちょっとちょっとちょっと!」と騒いだ。不死身というくせに、武器を恐れているようだ。

「物騒なもの出さないでくださいよ。不死身といったって、痛いものは痛いんですから」

「脳天ぶち抜かれて平然と立ち上がったやつが、何を言う」

「それはそうですけど」

 六花にとって、塩留が橘家の関係者なら、譬佐原に任された相手だとしても、敵であることになる。

 だが、塩留は六花がナイフを一閃させる前に、早口で告げた。

「僕は調停者側の人間です!」

「……調停者?」

 六花は過去、耳にタコができるほどに叩き込まれた教えを思い出す。

 月下降六花界は月の下に存在する絶えず雪の降る世界。そこにいるのは調停者と呼ばれる下界の理を整える能力を持つ白い人の形をした者たち。

 そこまで思い返して、六花は塩留の頭の先から足の先までを見る。

 手入れの行き届いていないぼさぼさの黒髪。目は灰色。肌は白いが……六花の聞かされてきた調停者は銀髪銀目と六花に似た容姿をしているものだ。

 再びナイフを構える。

「法螺なら通じんぞ?」

「僕は元々人間なんです。調停者が人間の容姿ガワを使って活動していると言えばわかりますか?」

 その瞬間の六花の表情ときたらない。両目をかっと開いて、半途に口を開け、ドン引きである。ナイフを持つ手が下がっていったが、塩留は苦々しい表情を浮かべた。

「そんなドン引きすることないじゃないですか……」

「いや、ガワを使うっていうことは、その人間を乗っ取ってるんだろ、調停者」

 もしかしたら、月下降六花界の化身と謳われた六花もこうして調停者に体を乗っ取られるところだったのかもしれない、と考えるとぞっとした。家から逃げて正解だった。

 その認識は少し違う、と塩留は語る。

「調停者にできるのは、あくまで適性のある人間に声を届けることだけです。あと、調停者は僕の体を乗っ取っているんじゃありません。僕を生かすために命を融合しているんです」

「命を融合……?」

 塩留の語る何もかもがわからなくて、六花の脳内は疑問符に溢れている。それを見やりながら、塩留は説明していった。

「まあ僕は一度死にかけていたところで、運良く調停者の声を聞き取って、その人の計らいで月下降六花界の掟に則り、永久とこしえの条という約束事を結んだことで、不死身の体を手に入れました」

 塩留はさも当然であるかのように言うが、それは尋常ならざる事柄だった。

 そもそも、月下降六花界と繋がれるのは占い師の家系でも月下降六花界の存在を信じている橘家しかないのだ。六花の知る限り、橘家の者に塩留と同じ容姿をした者はいなかったし、当然「塩留」という名前の者もいない。調停者が声を届けるというのはわかるが、占い師でも橘家の者でもない者に声を届けられるという事実がまずは衝撃だった。

 それに、平然と言ってのけたが「死にかけた」とはどういうことか。藪蛇な気もするが、最も問いかけたい部分である。

 それに、永久とこしえの条も、不死身になれるというのも、聞いたことがない。

 説明された上で、結局塩留が何者なのかわからない。

「とにかく、僕はあなたの敵ではありませんよ、。僕がここにいるのは僕を不死アンデッドにした調停者との永久とこしえの条を守るためです」

 六花の本名フルネームを知っているだけで怪しさしかないが、話が前に進まなさそうなので、ナイフを仕舞うことにした。そもそも、塩留が橘家からの刺客なら、六花を拐うなり殺すなりする時間は充分にあったのだ。塩留がいかにとろくさいとしても、ここまで一度もそのような挙動を取らなかったことからして、刺客の線は消してもいいだろう。

 さて、何から問いかけたものか。

「その永久とこしえの条というのは何なんだ?」

「僕と調停者の命を融合させるに当たって結んだ約束事です。まあ『命をあげる代わりにやってほしいことがある』っていう感じですかね」

 確かに、命の融合とはどのようなものかわからないが、二つあった命が一つになる、という考え方でいくと、命が一つなくなることになる。それに対して何の対価も求めない方が不自然だろう。条というのなら、尚更だ。

 しかも、ただ生き永らえさせるわけじゃない。死なないようにするのだ。それは生き物の理に反する行為である。もしかしたら永久の条とは、理に反することへの贖罪行為の一環であるのかもしれない。

「話を聞いていると、お前は調停者ではなく、人間のようだな」

「はい。僕は元人間です。あ、ゾンビとか呼ばないでくださいよ。感染とかしないので安心してください」

 命が狙われているのに、気にするところはそこなのだろうか。まあ、死なないから命に関心がないのだろう。

 それでも死なないことが公に知れたら、どこぞの研究施設で実験動物モルモットの日々を送るであろうことは想像に難くない。死ななくても痛いものは痛い、と塩留は言った。おそらく表の世界で生きられないのも死なない人間アンデッドであることが理由だ。裏に来たのは必然か。

「僕が永久とこしえの条を果たすのは、僕に命をくれた調停者への恩返しです。ですから、くれぐれも邪魔はしないでくださいね」

「邪魔って言ってもな。何をしているかわからないのに、邪魔も何もできんよ」

 六花がそう返すと、塩留はにっこりとした。その表情を見て、六花はざわりと鳥肌が立つのを感じる。顔はにっこりとしているが、それは笑顔ではない、気味の悪いものの気がしたからだ。

「それならいいです」

 全然「それならいい」という表情に感じられない。だが、これ以上踏み入ってはいけないような気がした。占い師の家系だからか、六花は勘がいい方だ。山勘が当たって生き延びているところもある。触らぬ神に祟りなしだ。塩留にこれ以上聞くのをやめることにした。

 塩留のことも踏まえて、六花には考えなければならないことがある。塩留がアンデッドだからといって、塩留を殺そうとした人物が組織内にいることを看過するわけにはいかない。場合によっては、佐原を危機に陥れる事態になりかねないのだ。

 塩留狙撃の犯人を割り出し、問い詰める必要がある。六花は頭を切り替えた。

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