第3話 新入り

 有栖川は木内組がお世話になっている人だ。粗相がないように組長にも言われており、佐原と挨拶に行ったのはもうずいぶんと昔のことのように思えた。

 そんな有栖川のところへの荷物を運ぼうとしたところ、佐原に呼び止められる。

 佐原は組の幹部なので忙しく、なかなか会えないでいた。久しぶりに佐原の顔を見た六花の顔は雪の中に咲いた福寿草のようにぱっと煌めく。

「白瀬、頑張ってるかい?」

「はい、姉さん。これから有栖川さんのところに荷物を運ぶところです」

「あー、有栖川さん、私もしばらく会ってないから、そろそろ顔見せに行かないとね」

 六花を連れてきたことで、佐原が忙しくなっているのはわかっていた。佐原は武闘派な上で頭脳派だ。幹部として重宝される人材である。佐原が塞ぎ込んでしまったら、木内組は機能しなくなるといっても過言ではない。

 六花は佐原が調子を崩したという話を聞いていたから、心配していたのだ。それもあって、尚のこと忙しいのだろう。

 と、佐原と久しぶりに会えたことについて考えていた六花だが、その後ろに控える青年の姿に気づいた。

 佐原がにっと笑う。

「紹介するよ。新入りの塩留しおとめだ」

「塩留アキラです。よろしくお願いします」

 ヤクザにしては張りのない声をしている。体もひょろひょろで、服も粗末だ。

 六花は佐原をじろ、と見た。

「姉さんの拾い癖、どうにかならないんですか?」

「ぐ、やっぱ白瀬にはバレるか」

 佐原はどうも、かわいそうなものや痛ましいものを見ると、保護せずにはいられないらしい。六花もそのクチで拾われ、救われたのだから、文句を言うべきではないのだろうが、佐原は色んなものを拾いすぎる。犬、猫、亀、果てには人間だ。

 木内組のわりと新参の者たちの八割くらいは、佐原が道端に倒れていたのを連れてきたのである。親父さんはそれを苦笑いしつつ受け入れている。裏のやつらが徘徊するようなところに倒れている輩など、表で何かあったか、表に居場所がなかったかのどちらかだ。

 ヤクザは慈善事業ではないが、ただの暴力団でもない。表社会が手を差し伸べない者に手を差し伸べる。それがもう一つの顔である。

 事実、佐原が拾ってきた大半は表社会で行き場をなくした者たちばかりだった。日銭を稼ぐのもままならず、行き倒れ。そこを助けられた者たちは、最初こそ弱っちいものの、めきめきと姉さんのために、と力をつけ、武闘派の木内組の中で育っていく。

 結果オーライなのだが、六花はそのことについて、心配していることがあった。

「はあ……姉さん、阿修羅が姉さんを敵視してる話、もう忘れました?」

 う、と佐原は気まずそうな顔をした。六花の目は据わっている。

 木内組の二大戦力。その異名が阿修羅と夜叉だ。夜叉とは佐原の異名であり、もう一人、阿修羅と呼ばれる男がいる。

 六花は一介の運び屋なので会ったことはないが。木内組を支える頭である。それが最近、夜叉がめきめきと人望を高めているので、自分の立場が危うくならないか、と佐原を敵視して、佐原の拾ってきた者たちに手を出しているとか。

 頭だから普通に人望があるのだろうが、もし、佐原が連れてきた人物が木内組内部の者に殺されたら、佐原はひどく傷つくだろう。そういう佐原の情の深さが佐原の人望を高めているのだから。

 極道の世界とは、通常、漢の世界である。だから、どれだけ強かろうと、女である佐原が組長になることはない。

 組長とは人望も伴って成り立つものだ。佐原の人望は組織のNo.2である阿修羅を怯えさせるほどにまでなっている。

 それに対して、佐原に拾われた者たちは臨戦態勢だ。たぶん、六花も、火の粉が己の身に振りかかれば、佐原の味方をするだろう。だが同時に、そういう争いは吐き気がするほど嫌いだ。

 だいぶ明らかになってきた橘美樹襲撃事件の真相。それは六花と美樹の知らないところで、次の跡目について意見が割れたから起きたものだった。当主の娘である六花こそが正統な継承者とする者と、年上の美樹の方が良いのでは、と美樹を推す者。六花は自分で橘家を継ぐつもりでいたし、美樹もそれに反対はしなかった。当人たちの知らぬところで勝手に争い、それに当人たちを巻き込んだ、というのが大まかに見えてきたところだ。

 あとは下手人と首謀者を暴いて、難癖をつけて、木内組にでも葬ってもらおうと思っていたところである。そんなところで、阿修羅と夜叉が火花を散らし始めたのだ。

 当人たちにとって重大な話を下っ端がどうこう言うものではない。けれど、下っ端も人間で、人並みの情がある。だから、世話になった人を放ってはおけない。

 だからこそ、六花はその争いに関わりたくなかったし、佐原に傷ついてほしくなかった。

 そんな時期に新入りなんて、どうかしている。まだ腕の立たない新参者なぞ、格好の餌食だろうに。

「でも、だから、白瀬に預かってほしいんだよ。有栖川さんにも顔見せを済ませておけば、狙われにくくなる」

「……はぁ。まあ、わかりましたよ。ひとまず、有栖川さんのとこにこいつは連れていきます。でも、姉さんとはちゃんとお話ししたいので、今度飲みに行きましょう」

「あんたまだ未成年でしょ」

「はいはい、ソフトドリンク飲みますから。とにかく、空いてる日、後で連絡くださいよ!」

 それから、六花は佐原の連れてきたぱっとしない新人に声をかける。

「塩留だっけか。有栖川さんは姉さんの組が大変お世話になっているところだ。そのぼさぼさ頭はなんとかならんのか?」

 六花が右目にかかる髪に手を伸ばすと、その手はぱしりと払われた。びっくりして手を引く。

 すると塩留は六花の手を叩き落としたとは思えないほど、気弱そうな笑みを浮かべる。

「すみません。右目だけはどうも見られたくないもので……」

 はあ、と六花は察する。まあ、裏に足を踏み入れるくらいだ。傷があるのが脛とは限らない。

「目はともかく、そのいかにもホームレスですよ感のある服装だけでもちゃんとせんか。服貸すからとっとと着替えて来い、塩留」

「はい」

 運び屋用の服を渡すと、塩留は引っ込んでいった。

 運び屋部門の六花になら、目をつけられにくいだろうとか、佐原は思ったのだろうが……先行きが思いやられる。

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