第23話 黄金牡丹・後半
全員は書斎に戻り、本棚の奥の重厚な扉の前に集まる。美樹が西小路から鍵を受け取り、ゆっくりと鍵穴に差し込む。ガチャリ・・・・・・重い確かな手ごたえと共に、鍵が回り開錠された。これには全員の表情が明るくなった。
鍵を引き抜いた瞬間、歯車が回る音が壁の中から響き、ゆっくりと扉が開いていく。扉の先には下に続く階段と通路があり、一同は階下に降りて通路を歩く。
「これでようやく私の金(きん)が手に入るのねー」
「お前だけのものじゃないだろ!」
「そうだよ、姉さん。僕たちにも受け取る権利はあるんだ。独り占めはしないでおくれよ」
ここでも明と眞紀子と透の醜い言い争いが繰り広げられ、後ろを歩く西小路をはじめとする五人はうんざりした顔をしていた。
「お前ら、そーゆーのはヨソでやれよ。鬱(うっ)陶(とう)しい」
かやのが言い争う三人にいい加減にしろと言うと、
「うるさいぞ小娘! 部外者が口を挟むな!」
「探偵だかなんだか知らないけど、こっちの事情にまで口を挟まれる筋合いはないよ」
「そうよ! 大体、美樹も本当は父さんの遺産が欲しくて探偵雇ったんでしょ! 一人だけ興味ありませんみたいな顔しちゃってさ。あーやだやだ、こんなのが妹だなんて」
三人は口々に反論をかやのに浴びせ、更には美樹にまで飛び火する。美樹は悲しそうな顔をして無言で俯いた。
「あー・・・・・・マジでお前らめんどくせぇな。こんなんが相手じゃ、紅葉んとこの会社との取引は難しいだろうなぁ。こんな欲の皮突(つ)っ張(ぱ)った奴らなんて・・・・・・なぁ?」
かやのの一言にハッとする明と眞紀子。透は先ほどの酒で酔っているのか、何やらまだわめいている。そしてかやのから急に話題に出されて、一瞬戸惑う紅葉であった。
「そ、それは悪かったわね。言い過ぎたわ」
「そうだな、わ、我々も熱くなり過ぎたようだ」
明と眞紀子は焦って、その場しのぎな謝罪を美樹とかやのにする。その後すぐに紅葉に先ほどの続きと言わんばかりに一斉にゴマを擦り出した。この二人の手の平返しの早さには流石の紅葉も呆れ果て、深い溜め息をついた。
通路を抜けると、円形の不思議な空間が広がる部屋に出た。その部屋は、円卓の間取りとなっており、入口は自分達が出てきたものを含めて六つ。中央には太い支柱が立っており、その柱には人力で回す横に伸びた鉄棒が四本、人の腰の高さに付いている。そして普通では手が届かない位置に操(そう)舵(だ)に使うハンドルのステアリングホイールが付いていた。
「なんなんだここは! 金(きん)は⁉」
「私の金(きん)はどこにあるのよ‼」
「金(きん)はどこだ!」
金の亡者達の叫びが広いホール内に響き渡った。
酒に酔った透が真っ先に部屋の中に入った。その瞬間、透の乗った床が傾く。弟に先を越されると焦って、部屋に続こうと思って足を出していた明は、即座に足を引っ込める。
「うわっ! おっとっととと・・・・・・」
よろけた透はふらついた足取りでなんとかバランスを取ろうとするも、うまく体勢を立て直せずに傾きに沿って部屋の中をぐるりと歩き回っていた。面白いことに床が傾く度に、傾いた先の扉が開き、他の部屋の扉は閉まっていく。
「おい透! 何遊んでんだ!」
その様子を見ていた明は、イライラしながら部屋に足を踏み入れる。すると、明の方に床が傾き、透が完全にバランスを崩して、明に向かって勢いよく突進してくる。
「うわわわわわ‼」
「うおっ⁉ こっちに来るな!」
思わず明が自分に突っ込んできた透を突き飛ばすと、突き飛ばされた彼の方に床が傾き、その先の扉が口を開く。そして、透はその扉の手前でつまずき、
「うわぁああああああ‼」
と、叫び声を上げながら、そのまま扉の先に吸い込まれるように飛び込んでいった。扉の先はトンネルのようになっているらしく、透の断(だん)末(まつ)魔(ま)にも似た叫びが反響していた。
なんとかバランスを取りながら、最初の入り口に戻ってきた明に美樹が涙目で訴える。
「明兄様・・・・・・どうして透兄様を助けてくれなかったの⁉」
「馬鹿を言うな! 危うく俺も巻き込まれるところだったんだぞ。あれは正当防衛だ!」
「そうよ、あれは透の自(じ)業(ごう)自(じ)得(とく)だわ。こんな時にお酒を飲むなんて、運が無かったのよ」
「そうだ、アイツは運が無かっただけだ。それに親父は本気で俺達を殺すまではしないだろう。きっと透は生きてるさ」
美樹は透の吸い込まれていった扉を見つめながら、透の身を案じていた。
「・・・・・・ったく、親父のヤツ。俺達を試しているつもりか! こんなくだらんカラクリなんか作りやがって!」
そんな兄弟のいがみ合いに、いい加減うんざりしていたオリヴァーだったが、
「西小路君、キミはこの部屋のカラクリについて、何か分かったかね?」
冷静な口調で西小路に話し掛ける。
「いえ・・・・・・ただ、あの時、透さんはふらつきながら、この部屋の床を一周していました。その際に床が傾き、その方向のドアが開いて、それ以外は閉まる。・・・・・・でも一つだけ開かなかったドアがありました」
西小路の回答に、オリヴァーはニヤリとして、
「そう、あの正面のドアだけは開かなかった」
そう言って、正面の扉を指さした。
「不自然にも、部屋の中央の支柱にはステアリングホイールがついている。そしてその下には鉄製の横棒。おそらくはあの棒を押して柱を回せという暗示。多分、それによって正面のドアを開ける仕組みだろう」
西小路とかやのは顔を見合わせ、「それじゃあやるか」と、少し助走をつけて飛び上がり、傾く床を飛び越えて支柱のところに着地した。着地の際に床がぐらついたが、二人とも支柱から伸びる鉄棒に掴まってバランスをとる。
「じゃあ、とりあえず回してみようか」「んだな」
二人は掴んだ鉄棒を押して、時計回りに柱を回す。柱の鉄棒が伸びている部分には境目の溝(みぞ)があり、柱の途中に埋め込まれたハンドルみたいになっているようだ。見た目通りハンドルは重く、西小路とかやのは「えっほ、えっほ」と力を合わせて回している。
オリヴァーは気をつけながら床に立ち、正面の扉の前に移動し、扉を押したりして確認してみるが、特に変化は見られなかった。
「特に反応無し・・・・・・か」
その様子を見ていた紅葉はピンときたようで、
「反時計回りはどうかしら⁉」
自信ありげな顔でハンドルを回す二人に呼びかける。西小路とかやのはそれぞれ鉄棒を引き、ブレーキを掛ける。そして後ろを向いて、再びハンドルを握り直し、息を合わせて回す・・・・・・が、特に変わらない。西小路とかやのはオリヴァーに視線を向けると、扉の前のオリヴァーは首を横に振る。
「「・・・・・・・・・・・・」」
ドヤ顔で発案した紅葉に、西小路とかやのの無言の視線が向けられる。紅葉も自信満々に発言した為に、恥ずかしいやら西小路達に申し訳ないやらの気持ちで、顔を赤くする。
そんなあまりにもシュールな二人の光景に、その場にいた人達は西小路達から視線を逸らしていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あの、ごめんなさい」
二人の無言の圧(あつ)に耐えられなくなり、ついに紅葉も二人から顔を逸らした。
紅葉の横にいた眞紀子にも閃きが降りてきたようで、
「スピードが足りないんじゃないかしら・・・・・・?」
と、ぼそりと呟いた。それを聞いていた美樹は、
「西小路さん! かやのさん! 回すスピードをもっと速くする事は出来ますか⁉」
と、二人に呼びかける。
「聞こえたな、ダンテ? 一気にいくぞ!」
「わかった、かやのちゃん!」
二人はギュッと強く鉄棒を握り、渾身の力を込めて、全力で走ってハンドルを回す。
「「うおぉおおおおおおおおおお‼」」
すると、扉から小さくカチッと音がするのを、オリヴァーは聴き逃さなかった。そのまま扉を押すように手を当てると、扉がゆっくり開いた。
「ドアが開いたぞ!」
オリヴァーが西小路達に声をかけると、二人はハンドルから離れた。ハンドルは勢いよく回り続けていた。しかも西小路達が乗っている床も、傾(かたむ)く事なく平行に保たれている。どうやらこの仕掛けはハンドルが一定の速度を超えた時に、扉の開(かい)錠(じょう)と床の平行固定がされるようだった。
「みんな、ハンドルの回転が止まる前に急いでこちらに!」
オリヴァーの誘導で、その場の全員は正面の扉の先に向かっていった。再び通路が続いており、その先に進む。
通路を抜けた先に扉があり、それを開けると、まるでトリックルームのような部屋に出た。天(てん)井(じょう)と床が反転しており、家具や照明も逆さまに設置されていた。壁の装飾や、絵画なども反転している。
ただ、一つ気になる点があった。それは床の中央に大きな絨毯が敷かれてあるという事だ。この部屋の法則に従うなら、絨毯は天井側に配置されていないとおかしい。
「この部屋・・・・・・ここ以外のドアが無い」
部屋の中を観察していた西小路は、室内に扉らしいものが無いことに気が付いた。するとそれを聞いた明は、ドカドカと足音を立てながら中央の絨毯に向かった。
「また部屋か! 親父の奴、ふざけやがって! 部屋の反転をヒントにしたんだろうが、こんな見え透(す)いた子(こ)供(ども)騙(だま)―――」
イライラした様子で、明は絨毯を勢いよくめくり上げる。そこには次の部屋に繋がる扉はなく、ただの平坦な床しかなかった。
「・・・・・・プッ。見え透いた子供・・・・・・何ですって?」
眞紀子が明の行動に噴き出した。妹に馬鹿にされ、
「う、うるさい! クソッ、どうなってるんだ!」
明は手当たり次第に、わざと派手な音を立てながら床を叩いてまわるが、特に何も発見する事は出来なかった。
それからオリヴァーと美樹、紅葉は床や壁をノックして、仕掛けが無いか見ている。眞紀子はそんな皆の様子を眺めながら、細めの煙草(たばこ)に火をつける。かやのは前屈姿勢で足の間から壁に掛かった絵画を見て「おー」と、一人楽しんでいた。
「絨毯・・・・・・じゅうたん・・・・・・じゅうたん」
西小路はボソボソと呟きながら、部屋の中を観察しながら歩き回る。すると視界の端に、『ある物』が映り込む。西小路はそれを見てハッとした。
「わかった」
西小路のその一言に、全員が彼に注目した。
「天井の絨毯のように、この部屋には、もう一つ不自然に配置されている物があるんだ」
「西小路さん、それは一体何ですの?」
キラキラと尊敬の眼差しを向ける紅葉の問いに、西小路は壁に掛かっている小さなピストルに手をかけた。
「これさ。この短(たん)銃(じゅう)も、絨毯と同じように反転されてないまま、壁に飾られているんだ」
「ふむ、確かに」
オリヴァーは西小路の方に向かい、銃を見つめた。
「おそらく、『じゅう』と『たん』を反転させることでこの短銃を見つけさせ、そしてこの短銃も・・・・・・」
そう言いながら西小路は短銃を180度回転させると、ガチャンと何かが作動する音がした。その直後、壁の中から歯車が回っている動作音も聞こえてきた。すると、ゴゴゴ・・・・・・と物が重く擦れる音と共に、上にあった本棚がゆっくり降りてくる。本棚が下がるにつれて、次に進むべき道が現れる。
本棚が完全に下に降り切ると、棚の仕切りの下板部分が前にせり出し、そのまま階段になった。
「おぉ! でかした小僧!」
「やるじゃない、ボウヤ!」
明と眞紀子は今度こそ金塊が手に入ると思い、手を叩いて喜んだ。
一行が本棚裏から現れた通路を進むと、またしても妙な部屋に出た。それは間取りとしては広い長方形のような部屋で、入口から橋が伸び、その先には柵(さく)で囲まれた円の形をした足場が繋がっている。橋と柵の外側は奈(な)落(らく)のように底が見えない。また、足場の中心部分には円状の線が入っており、そこからケーキのピースのように六等分にされた溝が柵に向かって伸びている。
「はぁ・・・・・・親父め。いい加減にしろよ」
明のイライラもピークにきていた。彼は苛立ちながら先行して橋を渡っていると、円の足場の手前、つまり橋の終わりの部分に台が設置されているのが目についた。
「なんだ、これは?」
その台の上には猟銃とリボルバー型の短銃をそれぞれ模したガス式モデルガンが置かれてあった。その横にはBB弾が装(そう)填(てん)された弾丸型カートリッジが、猟銃用に一発分、リボルバー用に五発分、それぞれ置かれていた。
「これはモデルガンのようですね。それにここはまるで・・・・・・」
オリヴァーが部屋の正面を見ると、柵の向こう側に丸い的のような物が見える。それを見た明はニヤリと笑い、猟銃にカートリッジ弾を込め、
「どうせあの的の真ん中に当てりゃいいんだろう。狩猟好きの親父が考えそうなことだ」
そう言いながら、足場の柵ギリギリまで移動して、縁(えん)日(にち)の射的のような構えで的を狙い撃つ。しかし、弾は的の中央を外れ、的の十二時の場所に当たった。
その瞬間、ガタン! と明が立っていた場所の床が柵ごと勢いよく下に開き、
「なっ⁉ うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ‼」
明はそのまま下に落ちていった。しかも開いた床は元に戻らない。
「クソっ、これじゃあ近くから狙えねぇじゃねぇかよ!」
かやのは落ちた足場のすぐ横のピースに立って的を睨む。
「明兄様まで・・・・・・うぅ・・・・・・」
「美樹さん・・・・・・。先ほど明さんも仰っていたように、親が自分の子供達の命を奪うような真似はしないと思います。ですから、きっとお兄様達は生きてますわ」
落ちた足場の下を見ながら涙する美樹の背中を、紅葉が優しくさすりながら慰めていた。
「私はあの人達がいなくなってもいいわ。だって・・・・・・それだけ分け前が増えるって事でしょう?」
「眞紀子姉様! まだそんな事を!」
眞紀子の欲にまみれた心無い一言に、涙声で訴える美樹。しかし眞紀子はいやらしい笑みを浮かべながら、
「ウフフ・・・・・・あとはアンタだけよ、美・樹・ちゃん」
リボルバーに五発装填し、それを美樹に差し出す。美樹は体が震えていて受け取る事が出来なかった。そんな美樹の様子に痺(しび)れを切らした眞紀子は、
「まったく、アンタは本当にグズだねぇ!」
そう言いながら、躊躇なく的に向かって発砲した。
すると今度はかやのが立っていた床が落ちる。
「どわぁぁあああっ‼」
「かやのちゃん‼」
床が落ちきる寸前に床を蹴ったかやのは、中央の足場に向かって手を伸ばす。が、僅かに届かない。「落ちる!」そう感じた瞬間、西小路がかやのの腕を掴んだ。
「・・・・・・っぶねぇー・・・・・・サンキュー、ダンテ」
西小路は腹ばい状態で足場から上半身を乗り出す形で、かやのの腕を掴んでおり、まさに間一髪だった。西小路の体を紅葉が掴んでおり、美樹は慌てて紅葉の体を引っ張る。それから綱引きのような形で西小路とかやのを引き上げる。
「お前らもサンキューな」
かやのは紅葉と美樹にも礼を言う。
「弾はあと四発。さぁ、次こそアンタの番よ」
眞紀子は美樹に再び銃を渡そうとする。美樹は震える手を伸ばすが、
「私がやります」
と、紅葉が美樹の震える手を優しく包む。そして、眞紀子に強い視線を向けながら銃を受け取る。
「紅葉ちゃん・・・・・・」
不安そうに紅葉を見つめる西小路。
「アラ~、小野原ホールディングスのお嬢様に射撃なんて出来るのかしら?」
「・・・・・・以前、お父様とアメリカで射撃の訓練をしたことがありますわ。グローバルで働く上で、海外では護身用として身につけておいた方が良いから、と」
「これは失礼致しました。さすがは小野原ホールディングスのご令嬢様ですわね。では、その腕前を拝見させて頂きましょうか」
丁寧な口調で挑発する眞紀子を無視して、紅葉は銃を両手で構えて真剣な眼差しで的を睨む。じっくりと狙いを定める。そして手がブレないように、ゆっくりと引き金に指をかける。そして、撃つ。床は・・・・・・落ちなかった。
眞紀子や西小路、オリヴァーは周りを見渡す。しかし、何も起こらない。
紅葉はそもそも的すら外していた。
「アラアラ、大した腕前だこと。ご立派なのは肩書だけね」
眞紀子はケラケラと紅葉を嘲(あざ)笑(わら)いながら、
「もういいわ、それをよこしなさい」
紅葉から銃を奪い取り、彼女を後ろに突き飛ばす。そして、今度はしっかり的を狙って撃つ。
「キャーーーーーー‼」
眞紀子の撃った弾は、紅葉が乗っていた床のピースに対応したポイントに当たっていた。当然、床は抜け、紅葉はそのまま落ちる。
「紅葉ぃーーーーー‼」
紅葉を助けようと、西小路はとっさに飛び出した。落下していく紅葉を空中で捕まえたが、床が無い為に、西小路も一緒に落ちていく。西小路は紅葉を抱き寄せ、彼女の頭を保護するように右手で守る。
紅葉はとっさの事とはいえ、西小路に名前を呼ばれたこと、そして守られるように抱かれていることに、内心ドキドキしていた。しかしこの時の西小路の脳内では、高速で思考が巡り、この後はどうしたものかと考えていた。
「ダンテーーーー‼」
かやのの声と共に、一本のロープが勢いよく飛んできて、西小路と紅葉の体にグルグルと巻き付く。ビーンとロープが伸び、二人の落下が止まった。
「ゼクス・・・・・・?」
西小路は自分と紅葉に巻き付いたロープを見ると、かやのが稲壱や石丸と遊ぶ為に、探偵事務所に持ってくる縄状のペット用玩具という事に気付く。しかもこのロープには稲壱の妖力が込められている事も。
「いま引き上げてやっからな!」
西小路と紅葉が、かやのから引き上げられ、なんとか床の上に戻ることが出来た。
「ありがとう、かやのちゃん。紅葉ちゃん、大丈夫?」
「は、はい・・・・・・」
いつも通りの西小路に戻っていて、紅葉はキョトンとなった。
「しかし、かやのちゃん。こんなものいつの間に?」
西小路が伸びきったロープを持って、かやのに問いかける。するとかやのは、
「あぁ、それな?」
パーカーの袖や裾、ポケットをガサゴソさせる。すると猫じゃらしやフリスピー、ボール等がポトポトと落ちてきた。それを見て、西小路は「あぁ、なるほど」と一人納得する。
そんな三人をよそに、眞紀子はなかなか真ん中に当たらず、イライラしていた。もう一発撃つと、やはり外してまた足場が落ちる。残りの弾は一発、足場は中央と的から遠い位置に二枚分。もう後は無い。それでも構わず、眞紀子は最後の一発を撃とうと狙いを定める。これ以上足場が落ちては敵わないと、全員は安全の為、中央に集まっていた。
「あぁもう! なんなのよ! 今度こそ!」
眞紀子が撃(げき)鉄(てつ)を引こうとした瞬間、
「いい加減にしろよ、ババァ」
かやのが眞紀子から銃を取り上げる。
「バ、ババァ・・・・・・?」
自分がババァ呼ばわりされ、眞紀子は一瞬耳を疑ったが、かやのの圧に圧倒され、彼女を睨みながら後退る。
かやのはそんな眞紀子に目もくれず、リボルバーの撃鉄を引き、銃口を的に向ける。そして何の躊躇(ためら)いもなく撃った。
見事、的の中心に命中した。
弾が命中した瞬間に落ちた床が、機械の作動音と共にゆっくり上がり、元通りの姿になった。そして部屋の中央に、天井から螺(ら)旋(せん)階段がネジ巻きのように回りながら降りて来た。
「やりましたわ! 凄いです、かやのさん!」
「さすが、かやのちゃん!」
紅葉と西小路は口々にかやのに称賛の声をかける。その様子を眞紀子はギリッと唇を噛み締めながら、黙って睨みつけていた。
一同は螺旋階段を上って辿り着いた部屋の扉を開けると、そこには黄金色に輝く金塊がレンガのように組まれた壁や床、そこに飾られる豪華な装飾品の数々が目に映った。部屋の真ん中にはレッドカーペットが敷かれており、その先にはまるで中世の王室を思わせるような、仰々しいほどの玉座がある。そして玉座の脇には高級感溢れる小テーブルと、その上に積まれた金の延べ棒があったのだ。
その豪(ごう)華(か)絢(けん)爛(らん)な部屋に、全員が息を呑んでいた。
「す、すごい・・・・・・これが、お父様が遺してくれた本当の遺産・・・・・・」
美樹はここに来るまで、ずっと大切に持っていた杖をギュッと握り締める。そんな美樹の横を抜けて、オリヴァーは黄金の部屋に入り、金の装飾品をじっと見つめる。
「これは・・・・・・」
その時だった。眞紀子はガーターストッキングに隠していた小銃を取り出し、
「動くな! 全員手を上げなさい!」
そう叫び、全員に銃口を向ける。彼女は銃を構えたまま玉座に向かって後退り、玉座に腰掛けた。
「眞紀子姉様! なんで!」
「お黙りっ!」
戸惑う美樹に眞紀子は怒声を上げる。
「錦織眞紀子さん。これは一体どういう事ですか?」
オリヴァーは冷静な口調で眞紀子に問いかけた。
「どうもこうもないわ。ここにある金(きん)は全て私の物。そう言っているの。弁護士なのにそんな事もわからないの? ・・・・・・あと、そこ!」
ダァンッ! 眞紀子が突然発砲し、かやのの足元に着弾した。
「勝手に動いてるんじゃないよ。次に妙な動きしたら、即撃ち抜くわよ? この距離なら外しようがないわ」
どうやらかやのは先程のように、何か使えそうな物を出そうと袖をモソモソさせていたようだった。
「硝(しょう)煙(えん)の匂い・・・・・・本物のようですね。これは犯罪ですよ?」
オリヴァーはハンズアップしたまま静かな口調で続けた。しかし、目は眞紀子に鋭い視線を向けている。
「だから? そんなの、アンタ達が死んでしまえば誰も証言出来ないわ。美樹、アンタは一番最後に兄さんや透達に会わせてあげるからね」
「口封じ・・・・・・ですか」
オリヴァーは更に目を鋭くする。
「えぇ、そうよ。でもその前に、私が金(きん)を手に入れるところを見せてあげるわ。アンタ達は悔しがりながら死になさい」
そう言って、サイドテーブルに置かれた金塊を指でなぞり、そして手に取る。ズシリとした重量感に、眞紀子は勝利の声を上げた。
「ついに手に入れたわ! この黄金は全部、私の物よ! アハハハハ・・・・・・ハッ⁉」
突然、ガコンッ! と大きな音を立て、玉座が後ろに勢いよく倒れる。眞紀子は玉座と一緒にひっくり返り、後ろの壁にあるダストボックスのような穴に吸い込まれていった。
「ギャアアァァァァァァ‼」
穴の中は長いトンネルのようになっており、同時に強い勢いのある水も流されていた。まるでウォータースライダーのような作りになっているようだ。
眞紀子は上に下に、右に左に、水流と共に勢いよく運ばれている。眞紀子はパニックと恐怖で悲鳴を上げているが、その声は誰にも届かない。長い下り道を抜けた先に、光が見えた。どうやら外に繋がっているらしい。
外の光が眞紀子を包んだ瞬間、一瞬の急な登り坂と、その直後に空を飛ぶような感覚を体に感じる。眞紀子は宙に放り出されていた。飛んでいる間、眞紀子は自分を眺めているびしょ濡れの透と、泥や葉っぱ塗れの明と目が合った。
眞紀子の体が落下を始めた。眞紀子は慌てて前を向く。畑と用具入れ、そして肥溜めが見える。彼女の体は畑でも用具入れでもなく、肥溜めの方に真っすぐ向かっている。
「イヤァアアアアアアアアアア‼」
ぼっっっっっったん‼ 糞が発酵した粘度の高い堆(たい)肥(ひ)に、眞紀子は頭から突っ込んだ。
一方、黄金の部屋では、オリヴァーが金塊を手に取り、
「これは本物の金ではない。全てただのメッキだ」
そう言いながら、オリヴァーは金塊を爪で削って見せた。それらは精(せい)巧(こう)に研(けん)磨(ま)、メッキ塗装された金属だった。
「では・・・・・・本物は一体・・・・・・?」
美樹は困惑した様子でオリヴァーに尋ねる。そんな中、西小路はひっくり返った玉座の下に、どこかで見たような凹凸があるのに気が付いた。それは杖の先端にあった印鑑と同じ物だった。
「美樹さん、その杖の先端のゴムを取って貰ってもいいですか?」
西小路に言われ、美樹は杖の先端のゴムを外す。杖の先端と、床の凹凸を見比べると、ぴったり合いそうな形状をしていた。西小路に促され、美樹は杖の先を床の穴に差し込む。カチリ。思った通り、少しのズレもなくハマった。グッと下に押し込むと、そのまま杖を回せそうな感覚がある。
美樹は杖を鍵のように回すと、ガチャリと音がして、サイドテーブルが乗っている床が少し浮き上がり、そのまま横にスライドしていく。そこには、下に続く階段が伸びていた。
美樹を先頭に、西小路とかやの、紅葉とオリヴァーが階段を降りて行った。すると、今までの扉とは雰囲気が違い、木製で質素な扉があった。
美樹が扉を開けると、何の装飾もない、レンガ調の部屋があった。しかし、その部屋の真ん中には、ピラミッドのように積まれた金の延べ棒が、その存在感を誇(こ)示(じ)するように鎮(ちん)座(ざ)している。ざっと見ただけでも、百はありそうだ。
金のピラミッドの前には台座があり、その上に本当の遺言書が置かれてあった。
「あ、あれは・・・・・・」
美樹は遺言書の上で何か光ったのが見えて、思わず台座に駆け寄った。そしてその光った物を手に取り、美樹は涙を流した。
「これで・・・・・・やっと飾れるわね、お父様」
美樹の手の中にあったのは、パズルの最後のピースだった。
「・・・・・・それでは読み上げさせて頂きますね」
ゴホン、と咳払いをして、オリヴァーは遺言書を広げ、その場にいた全員の前で粛々と読み上げる。美樹は涙を流しながら、遺言書の内容を聞いていた。
遺言書の読み上げが終わった後、美樹はピラミッドの前に立ち、金の延べ棒を一つ手に取った。
「西小路さん、かやのさん、紅葉さん、本当にありがとうございました。これは今回の報酬です。どうぞ」
そう言って、西小路に差し出した。
「マジか・・・・・・」
「ほ、本当に良いんですか?」
かやのと西小路が顔を見合わせてから、美樹に恐る恐る尋ねた。
「はい。私からの気持ちですので、遠慮しないで下さい」
美樹がニコリと笑う。西小路は「では遠慮なく・・・・・・」と両手で金塊を受け取る。ズシリとした重みに、これは現実だと認識した二人は、再び顔を見合わせ喜んだ。そんな二人の様子を少し離れて、嬉しそうな表情で見つめる紅葉。
「ちょっとしたヒントから、まさか解決まで導くとは・・・・・・。この二人、なかなか良いコンビじゃないか」
喜ぶ二人を眺めて、オリヴァーが一人呟いた。
後日、探偵事務所にて。西小路とかやのはニヤニヤしながら、金の延べ棒を眺めていた。
「西小路さん、お邪魔しますわ。あら、また二人でインゴットを眺めてますの?」
そこに紅葉が石丸を連れてやって来た。石丸は銀のメダルを咥えている。
「いやー、だってなぁ?」
「こんなの僕、初めて見るもん」
「これで、いくらぐらいするんだろうなー?」
「今、地金価格が高騰していまして。確か・・・・・・1g辺り八千六百円を超えていたと思いますわ」
紅葉の一言に、二人の時間が止まった。
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