第19話 癒しのオフトゥンは、6月の山にあったのか・後半
かやのが西小路に色んな機材を代わりに手にとって見せてもらっている中、後ろの紅葉達と猫とのやりとりが聞こえてきて、違和感を覚えた。かやのは紅葉達の元に歩いていき、
「その猫、その機械で言ってる事と違う事言ってるぞ」
と、彼女達の受信機を指さす。その場にいた全員が「え?」という顔をした。
「そもそもソイツ、地方生まれじゃね? さっきから方言(ほうげん)混じりで、すげぇ訛(なま)ってる」
呑気に毛づくろいをしている猫を見て、かやのが紅葉と桃音に話す。側にいた幸隆も、
「ほう? かやのさん、その話詳しく聞かせてほしいでゴザル」
とかやのに意見を求めた。するとかやのは三毛猫には猫の鳴き声で、コーギー犬には犬の鳴き声で呼びかけた。二匹はかやのの声に反応して立ち上がり、かやのの横まで歩いていき、彼女にぴったりくっついて座った。
「今からコイツらに協力してもらって、実証してやる」
かやのの指示で、猫の翻訳機を桃音が、犬の翻訳機を紅葉がそれぞれ持つ。そして音声データが映るモニターを幸隆がチェックする。
「その機械、標準語で設定してんだろ? ちょっとこれからコイツに標準語で話すように頼むから、少し待ってろ」
そう言うとかやのはしゃがみ込んで、猫に猫の鳴き声で会話を始めた。それから少しして、基本的な挨拶や、データ上に設定されているワードを猫に鳴いてもらう。すると、翻訳機は反応し、翻訳したワードを画面に表示した。
「コイツの言ってる事とこれに表示されている事の内容がそもそも少し違ってっけど、それはさておき、次は問題の方言」
再び、かやのは猫に先ほどと同じワードを方言で話すように指示する。すると翻訳機は解析不能と画面に表示された。幸隆の音声データ画面では、先ほどの標準語の時の声紋と合致しているように見える。それなのに解析不能なのだ。
「なんで・・・・・・これはバグでゴザルか?」
幸隆は不思議そうに音声データを見ながら首を傾げる。
「いや、バグなんかじゃねぇ。コイツはいま自分の出身地の鹿(か)児(ご)島(しま)弁(べん)で話したんだ。さっきと違うとこがあるとすれば、少し声のトーンが上がってるくらいじゃねぇか?」
かやのの指摘した通り、声のキーがごく僅かに上がった数値が出ていた。
「さて、次はコイツだ。この犬はイギリス生まれでな。普段はイギリス英語で話しているようなもんだ。そこに時々自分の知っている日本語を混ぜて話している感じだな」
今度は犬にも猫の時と同じように目線を下げて、犬の鳴き声で話しかけている。そして再び、同じワードを鳴いてもらった。当然、結果は火を見るよりも明らかだった。
「どうだ、俺の言った通りだろ? つまりそれは、『日本語』の『標準語』でしか対応出来てねぇってこった。だから、標準語じゃねぇ方言や言語では、解析不能って表示が出たり、そもそも違うワードが出てくんのさ」
「そんな・・・・・・いや、でもまさか・・・・・・いやいや、そんな馬鹿な」
そう締めくくったあと、かやのは二匹の協力者達にそれぞれの言葉でお礼を伝える。その横で幸隆は理解できないという顔で頭を掻いている。
「かやのさん凄いですわ‼」
「動物の言葉が分かるなんてステキです‼」
二匹から顔を舐め回されているかやのに、紅葉と桃音が称賛の拍手を送る。
「・・・・・・仮に、かやのさんの言う事が本当だとしても、それを実証する為には途方もない動物の種類や音声データが必要になってくるナリ。それにそもそも、現状では動物の出身地は把握できても、言語の違いや訛りの有無までは人間には不可能でゴザル」
幸隆は先ほどの実験を目の当たりにしても、未だにかやのの言う事が信じられないようだった。幸隆のかやのを疑う発言に、
「えぇ~? モネにはかやのさんが本当に動物と話してるように見えたよ!」
「私も・・・・・・わんちゃん達がかやのさんの指示に従って行動しているように見えましたし、何よりこの翻訳機には、かやのさんが指摘した通りの表示をしていましたわ」
「そ、それは・・・・・・」
桃音と紅葉が幸隆に実験の感想と、自分達の意見を述べた。幸隆自身もかやのが動物と会話しているように見えた。見えたのだが、どうしても科学者としての理論が邪魔をしてしまっているのだ。
「ま、信じるかどうかはお前次第、ってな。それよりコイツらとじゃれ合ってたら、もっとモフりたい欲求が出てきたんだが」
かやのは床に転がって、犬と猫に揉みくちゃにされながら欲求不満を伝える。すると桃音がそれを聞いて「そうだ!」と閃き提案する。
「それなら、これからペットショップへ行きませんか? そこなら色んな動物がいっぱいいて、すごーく可愛くて癒されますよ! あぁっ! てか、かやのさん、スカート!」
ミニスカートがめくれて下着が丸見えになっていても、まったく気にしないかやのの裾を直す桃音。今日はトラ柄のようだ。
それから西小路達一行はみのおモール内のペットショップに訪れていた。そこでは犬や猫は勿論、ハムスターやウサギ、爬(は)虫(ちゅう)類や熱帯魚も販売されている。
紅葉や桃音はショーケースに入れられている犬や猫を見て、
「可愛いですわね、桃音さん」
「皆モフモフで可愛いです。どうですか、かやのさん。癒されまし・・・・・・って、えぇ⁉」
桃音がかやのの方を見ると、かやのがショーケースの動物達を見て無言で涙を流していた。どうやら動物達の声が聞こえているらしい。
『ママに会いたいよぉ・・・・・・』『ここから出して・・・・・・』
「待ってろ・・・・・・すぐそこから出してやるからな」
かやのが拳を構え、ショーケースに殴りかかろうとする。それを見ていた西小路が慌てて、かやのを羽交い絞めにしてショーケースから引き離す。そして紅葉と桃音もあたふたしながら、彼女の両腕を押さえこむ。
「放せぇーーー‼」
「落ち着いてください、かやのさん!」「キャー! かやのさん! ダメダメダメぇ‼」
「うおぉぉぉ! お前らぁ、今助けてやるぞーーー‼」
「あかーーーーん‼」
結果、ペットショップにはかやのを絶対に連れて行ってはいけない場所として、西小路達の中で決定事項となった。
最終的に野生動物を見に行こうという事になり、西小路達は箕面大滝の滝ノ道に来ていた。結局、ペットショップでの動物救出作戦に失敗したかやのは目をウルウルさせながら、しょんぼりと歩いている。その後ろを西小路、紅葉と石丸、桃音、幸隆が続く。
「かやのさん、元気ないですね・・・・・・モネがペットショップなんかに誘ったから・・・・・・」
「そんなに落ち込まないで下さい、桃音さん。あれは仕方がないですわ」
「かやのちゃん・・・・・・」
その一行の姿を野生の猿などの動物達が見守るように、森の茂みから覗いていた。
「ハァ・・・・・・あの頃はなんだかんだ良かったなぁ・・・・・・」
げんなりしながら、かやのが独り言をボソッと呟いた。
『妖精が舞い、歌と光が溢れる幻想的な光景が広がる天界。その天界の森の奥深くで、六枚の翼を持つ天使ゼクスが神獣達と戯(たわむ)れていた。彼は自身が所属している『戦天使』としての任務に就いている時と、そもそもの『天使』としての業務をこなしている時以外は、こうして天界の生き物と触れ合っているのだ。
それは堕天使になり、魔界に転居しても変わらなかった。業務中以外は魔界の魔獣達と触れ合い、共に過ごしていた。良くも悪くも自分の感情に素直な彼にとっては、裏表のある天使や悪魔達との交流は面倒でしかなく、交流も少なかった。その代わりに神獣や魔獣、動物や虫などと過ごす時間が多かった。』
かやのが昔の事を思い出していると、後ろの幸隆からストップの声が掛けられた。箕面公園昆虫館の前に到着していた。
「かやのさん。ここでは箕面市に生息する昆虫達がたくさん見れるけど、どうナリか?」
かやのはその声にふと我に返る。
「虫? ここには虫がいっぱいいるのか?」
かやのの目に再び光が灯る。
「ちっちゃい頃、パパとママとお兄ちゃんとここに行って、モネ怖くて大泣きした事があったなぁ」
「その時は桃音が泣き止むまで大変だったでゴザルよ~」
「そこまでは覚えてませ~ん」
兄(きょう)妹(だい)の仲の良いじゃれ合いの横で、かやのはワクワクしていた。そんなかやのの後ろで、西小路は昆虫と聞き、
「な、中に入るなら、僕はここで待ってるよ」
と、すこし顔を青くしながら館外のベンチに座る。
「では、私もご一緒しますわ。石丸さんを連れては入れませんし」
紅葉も石丸を抱いて、西小路の隣に座る。
「虫がいっぱいいるんだな‼ よし、じゃあ行くぞ!」
かやのは嬉しそうに中に入り、幸隆はかやのと虫の魅力を共有出来ると喜び、彼女の後に続く。桃音は西小路と紅葉の方を見て、本当はまだ虫は苦手だが気を利かせて入館する。
館内では箕面に生息する昆虫の写真や標本が飾られていた。幸隆は昆虫の標本をかやのと桃音に紹介するように、得意気に説明し始めるが、桃音はやっぱりまだ少し苦手なようで、かやのにしがみついていた。
そして一方のかやのはというと・・・・・・ただただ無言で号泣していた。歓喜の涙ではない。
一方、西小路と紅葉は昆虫館前で営業している赤いキッチンカーのコーヒーショップでティラミスラテとヘーゼルナッツラテを注文し、受け取ってベンチに座りなおす。石丸は紅葉からおやつをもらって夢中で食べていた。
西小路は冷静を装いながらも、昆虫館の中が気になって仕方なかった。かやのがまた破壊衝動に駆られていないか、不安でソワソワしていた。だが、今のところ昆虫館は静かだ。
「私も子供の頃、お父様やお母様と一緒に、よくこの昆虫館の放(ほう)蝶(ちょう)園(えん)に来ていたんですよ」
紅葉が懐かしそうに辺りを見回しながら、西小路に思い出を語る。
「放蝶園?」
「えぇ、色んな蝶々が温室内を自由に飛び回って、季節の花も咲いていて、まるでおとぎ話の楽園のように感じてましたわ」
紅葉は目を閉じて昔を懐かしみながら、幼少時代を思い返していた。
『まだあどけなさが残る少女の紅葉が、放蝶園の中で色とりどりの蝶がふわりふわり、ひらりひらりと舞う姿を満面の笑顔で見上げていた。そして綺麗な花が周りに咲き誇り、少女の目にはとても幻想的で美しい光景に映っていた。』
紅葉の話を聞いて、西小路も紅葉と一緒に放蝶園の中に立っているような気持ちになった。思い出の共有というものだ。
いつの間にやら辺りは夕日に照らされていた。かやのと桃音と幸隆が昆虫館から戻ってきた。どことなくかやのは元気がない。というより目の光が消え失せていた。
幸隆は昆虫館内で無言で涙を流し続けるかやのを元気づけようとしていたが、全て空回りしていた。彼はキッチンカーを見るやいなや、慌てて飲み物を買ってかやのに渡す。かやのは死んだ目でボーッとキッチンカーを見つめていた。
そこに「キィーッ、キィーッ」と野生の猿が数匹森の茂みから、飛び出してきた。幸隆や桃音、紅葉は驚いて、咄嗟に食べ物や飲み物を身体の陰に隠す。しかし、猿達はそんな幸隆達には目もくれず、真っすぐかやのの元に走って行き、彼女に何かの草を渡していた。
「・・・・・・ん? これは虎(いた)杖(どり)の葉か。・・・・・・ハハッ、ありがとな、お前ら」
かやのが猿達から受け取ったのは、古来から痛み止めの薬草として効能がある、虎杖の葉だった。かやのは猿達の頭を優しく撫でて、猿の身振りをしながら猿の鳴き声で、改めて猿達に感謝を伝えた。
その光景に幸隆はギョッとしていた。彼の目にも、かやのが猿と会話しているように映っていたからだ。それに猿達がかやのの背中や腰に薬草を貼り付けている光景も目にし、これは誰がどう見ても意思疎通がとれていると見える。
薬草を貼り終えた猿が、虎杖の葉を頬張っているかやのの手を引き、「こっちに来て」というような仕草をし始めた。その姿に桃音は純粋に「可愛い!」と歓喜し、紅葉は、
「ウフフ、以前にもこんな事がありましたね」
と、西小路と懐かしそうに笑い合った。
口の中で薬草をモゴモゴさせながら、かやのは猿達に手を引かれて後をついていく。その後ろを西小路達もついていく。森の中に入って少し歩いていくと、森の至るところから小動物がかやのの周りに集まってくる。そして、動物達がかやのに木の実や薬草、川から汲んだ水を持ってきた。
「ハハハハハ! お前ら、ありがとな!」
貰った物を片っ端から食べていくかやの。そしてくしゃっとした笑顔でそこにいた動物達に、それぞれの鳴き声でお礼を伝えながら、みんな平等に撫でている。
「すごい・・・・・・本当に動物と会話しているみたいでゴザル・・・・・・」
「本当に会話していますわ。かやのさんなら」
まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのような光景を、息を飲んで見入っていた幸隆。幸隆も紅葉の言葉に、科学抜きで「確かに」と頷いていた。
気が付けばかやのは沢山のモフモフに囲まれて、とても暖かそうな毛玉団子状態になっていた。首だけ出して、「んあぁぁぁぁぁ」と満面の笑顔でモフモフを堪能していた。そしてやっぱり頭には鳩が乗っている。
後ろから見るかやのの横顔は、動物を愛でる美女という風に、紅葉達の目に映り感嘆の声を漏らす。ただ一人を除いては・・・・・・。
「うーん・・・・・・これが本当の天然羽毛布団というやつか」
西小路の目には堕天使ゼクスが動物に囲まれて、豪快に笑っている姿に映っていた。
日が暮れて辺りがだいぶ暗くなってきた。そろそろ帰ろうかという時、紅葉の目の前に、ぽうっと淡い緑の光がふわりと一つ横切った。
「あっ・・・・・・蛍(ホタル)」
「おぉ、そういえばそろそろ蛍の時期でゴザったな」
「山道がライトアップされるから、みんなで見に行きましょう! かやのさ・・・・・・」
毛玉団子になっているかやのに桃音が声を掛けようとすると、
「いまは邪魔しないであげよう?」
西小路は口に人差し指を当て桃音にそっと言った。桃音も「そうですね」と笑顔で頷く。
「わぁ・・・・・・すごい・・・・・・」
山道に降りてきた四人は、ポツポツと光り始めた蛍の光が目に入る。小川のせせらぎの中、大滝のマイナスイオンが漂い、無数の蛍の光が舞う。まるで幻想的な光景に、紅葉と桃音が溜め息混じりで、うっとりと見惚れて感動していた。
かやのも動物達に囲まれ、西小路達も箕面川のゲンジボタル達と共に、清流が醸(かも)す風流な時間を楽しんだ。
後日、幸隆がかやのに会いに外国語学部のキャンパスに来ていた。
「やぁ、かやのさん。突然すまないでゴザル」
「お? 幸隆じゃねーか。俺に何か用か?」
幸隆は先日の大滝で自分がかやのに対して感じた事を伝えた。
「―――それで、かやのさんに次世代アニーゴ開発チームの一員になってほしいナリ」
かやのはそれなら交換条件として、『動物言語の証明』についての論文の協力を持ち掛けた。それに対して幸隆は、
「拙者で良ければ『何でも』協力させてもらうでゴザルよ!」
と、胸をドンと叩き、交換条件を飲んだ。
「よっしゃ! じゃあこれからヨロシクな、幸隆!」
「拙者こそ、宜しく頼むでゴザル!」
幸隆がかやのにビシィッと敬礼をする。ここに強力なタッグが成立した。強い味方が出来て安堵の笑みを浮かべる幸隆と、ニカッと満面の笑顔のかやの。
自分がかやのに言った『何でも』という言葉の重さの意味を、この時の幸隆はまだ知る由(よし)も無かった。
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