第18話 癒しのオフトゥンは、6月の山にあったのか・前半

 早朝の千里北公園。微かに朝霧(あさぎり)が掛かって、気持ちの良い空気が流れている。前回の戦いで大怪我を負ったかやのが、所々包帯(ほうたい)を巻いた姿でベンチに腰かけ、森林浴をしている。

 かやのの膝の上にはリスが乗っており、気持ち良さそうに彼女から撫でられていた。そこに野良犬や野良猫、ネズミが草陰から現れてすり寄ってくる。また、鳩(ハト)や鴉(カラス)、雀などの野鳥も彼女のもとに集まり、羽を休める。そこは弱(じゃく)肉(にく)強(きょう)食(しょく)の関係などは無いように、動物達が仲良く寄り添っていた。

 同時刻、桜井幸隆が息を切らしながら、もっさりした足運びでジョギングをしている。彼は妹の桃音に言われ、運動不足解消を兼ねて気分転換で、千里北公園内を走っていた。


「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ヒィ・・・・・・体が重いでゴザル。・・・・・・おや、あれは?」


 ふと視界に何かが映った幸隆は、その何かの方に目を向ける。そこには沢山の野生動物や野良になった動物達に囲まれ、幸せそうにモフるかやのがいた。頭に鳩が乗っている。


「あの子は確か・・・・・・かやのさん?」



 大学院工学研究科の研究室。幸隆は動物語翻(ほん)訳(やく)機(き)の開発チームに所属している。彼はウェルシュ・コーギーの首輪に翻訳機の送信器を取り付け、自身は受信機を持って実験をしていた。犬に玩具で遊ばせ、おやつも与える。その時に犬が発する鳴き声で受信される言葉を確認しながら、実験データを作成する。鳴き声の周波数がパソコンに映し出される。

 そこに紅葉がやってきた。彼女の家の企業『小野原ホールディングス』は犬と猫の翻訳機『アニーゴ』を商品販売しており、その改良の為に大学院の開発チームと次世代アニーゴの共同開発をしていた。また全面的に資金援助をしており、スポンサーでもあった。


「こんにちは、桜井先輩。研究の方はいかがですか?」


 紅葉は自社の製品と共同開発しているチームの中に、幸隆の名前があったのを知り、彼の様子を見に来たのだった。

 幸隆によると、「クゥーン」や「ワフッ」等のはっきりとしていない発音のものは解析不能と表示されるという。また、しっかりした発音のものでも、解析不能と表示されたりするらしい。彼はそういったバグの調整や修正を任されているので、膨大なデータ量と難航する作業に頭を抱えていた。


「こんな時、拙者(せっしゃ)が動物の言葉が理解出来て、自由に意思疎通がとれたら、どんなに楽か」

「そうですわね・・・・・・こんな時にかやのさんがいてくれたら・・・・・・」


 大きく溜め息をつきながらぼやく幸隆に、紅葉から気になる人物の名前が飛び出た。


「え? かやのさん?」

「えぇ、以前ペットの石丸さんが迷子になってしまった時に、お猿さんと会話して探してくれた事がありまして・・・・・・」

「彼女は動物と話せるでゴザルか?」

「定かではございませんが、少なくともあの時はお話ししているように見えましたわ」


 ふと、幸隆の脳裏に今朝の公園での光景が浮かんだ。



 その後、大学の講義室にて。西小路とかやの、紅葉が三人並んで講義を受けていた。紅葉は利き手に包帯を巻かれたかやのの分まで、講義の内容をノートに写している。

 講義が終わった後、紅葉は幸隆と会話した内容を相談も兼ねて、かやのに話していた。


「―――という訳なんですの。それで、以前お猿さんとお話ししていたかやのさんなら、今回の事も何とかなるのではないかと思ったんです」


 紅葉の話にかやのは目を輝かせている。動物と触れ合えると思い、興味を持ったようだった。しかし、急に暗い顔をして左手を見る。


「怪我してから筋肉の制御がきかねぇんだよなぁ・・・・・・」


 左手はよく見ると小刻みに痙攣していた。かやのは机の上のペンを筆箱にしまおうと掴んだ時、彼女の意に反してバキッと音を立ててペンを折ってしまった。


「そ、それなら僕が、かやのちゃんのサポートで一緒についてくよ」


 西小路はジムでの事を思い出しながら、かやのと紅葉に提案した。補助というよりは、かやのの破壊行動のストッパー役といったところだ。


「それに僕もその翻訳機ってどんな物か見てみたいしさ」



 それから紅葉の高級車の後部座席に、西小路とかやの、紅葉と石丸が対面するように乗り、大学院の研究室に向かっていた。ちなみに今回、稲壱はというと、前回の戦いで妖力を使い過ぎたので、探偵事務所でごろごろしながらお留守番である。

 車内では紅葉が石丸の背中を撫でながら、自身の夢を二人に語っていた。


「アニーゴの性能が今よりもっと向上して、より高精度なものになれば、石丸さんといっぱいお話しして、もっともっと仲良くなれれば良いなと思ってますの」


 紅葉が語る中、石丸は短い後ろ脚でどこかを掻こうとモジモジし始めた。その様子を見て、紅葉は石丸の首の下辺りを撫でる。


「それに、沢山の人が動物達とコミュニケーションを取りやすくなって、お互いの関係をもっと深めていけるのではないかと」


 石丸がずっとモジモジしているのが気になったのか、紅葉は優しく声を掛ける。


「どうしたの、石丸さん?」

「マルのやつ、もうちょい右を掻いてくれって言ってるぞ」


 紅葉はかやのの言葉に「えぇ?」と驚きながら、言われたように撫でる位置を変えた。すると石丸のモジモジは治まり、大人しくなった。


「お? なんだ、ここも掻いてほしいのか?」


 かやのは石丸の脇(わき)腹(ばら)を四指(しし)で撫でてやる。石丸は嬉しそうに喉を鳴らし始めた。他にも石丸の撫でてほしい場所を的確に撫でていく。ついには石丸が自らかやのの膝の上に乗り、腹を見せ撫でられている。

 そんなかやのと石丸の様子を見て、紅葉は、


「かやのさん、凄いです! 本当に石丸さんの気持ちが分かっているみたいですわ!」


 と、驚いていた。



 紅葉達が研究室に到着すると、そこには幸隆と桃音の姿があった。桃音はアニーゴを使って、三毛猫に話しかけながら猫じゃらしで遊んでいる。途中、桃音は紅葉達に気付いて声を掛けた。


「あ! 紅葉さん!」

「桃音さん! どうしてここに?」


 猫じゃらしを持ったまま、桃音は紅葉に小走りで近寄る。


「お兄ちゃんのお弁当届けに。もー、お兄ちゃんってば、研究に夢中になるのは良いけど、それ以外のことをすーぐ忘れちゃうんだから!」


 桃音は幸隆の方を見ながら、やれやれといった身振りで小言を言う。そんな妹の言葉に、幸隆はボサボサの頭をポリポリと搔きながら、


「ハハハ・・・・・・拙者の悪い癖でゴザルな」


 西小路は幸隆の口調を聞いて、なぜか箕面市のゆるキャラ『滝ノ道(たきのみち)ゆずる』が頭に浮かんだ。『桜井先輩って、ゆずる君が好きなのかなぁ・・・・・・』と、心の中で呟く。



 それから紅葉と桃音が仲良く一緒にアニーゴを使って、先ほどの猫と遊んでいる。二人の手には玩具やおやつが握られていた。

 一方、その裏でかやのは気になる機械を物色している。


「かやのちゃん、頼むから壊さないでくれよ?」


 西小路はかやのの行動に冷や汗をかきながら見ている。すると、かやのは何の機械かは分らないが、手の平より少し大きいキューブ状の機材を手に取った。


「大丈夫、大丈夫。こんだけ頑丈そうなら・・・・・・あっ」

「あっ・・・・・・」


 メキョッ! という音を立てて、彼女の握力で機械が潰れた。かやのと西小路の間で、少し時間が止まる。少しの沈黙の後、かやのは破壊した機械をそっと元の場所に戻した。そして西小路の方に振り返り、


「お前は何も見ていない。いいな?」


 かやのは真顔で西小路に黙過するように迫った。西小路も真顔で黙って頷いた。


「とりあえずこれで射してくれたら、僕がそれを代わりに持つよ」


 と、西小路がそっとペンライトを手渡した。かやのはそれを受け取り、「じゃあさっそく」と、ライトのボタンを押す。


「あっ・・・・・・」「あっ・・・・・・」


 またしても音を立てて破壊してしまう。結局、指さしで指示することになった。

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