第14話 OH! by 桃李・前半
パソコンの画面に3Dのイケメンな男性のアバターが映し出されている。生意気そうな顔で頭に小さい王冠を乗せ、小気味よいテンポで雑談をしている。
彼の名前はKING(キング)。少し陰りを感じさせるイケメンボイスと、見た目通りの偉そうな口調による雑談とゲームの実況配信、そして企画力の高さが人気を博し、登録者数も多い人気VRtuber(ブイアールチューバー)だ。
『じゃあ今日はこの辺で失礼するヨ』
KING(キング)の配信が切れ、パソコンがブラックアウトする。電源の切れた画面には、王(ワン)の顔が映っていた。
紅葉は寝室のベッドに寝転がりながら、石丸と一緒にタブレットで動画を見ていた。画面には彼女の推しの VRtuber(ブイアールチューバー)アイドル『Mone(モネ)』が映っており、プロの歌手の曲を歌ってみた系の配信が流れていた。
Mone(モネ)は登録者数こそ二千人弱と、まだまだ少ないが、元気で明るい声とそれをよく表現された可愛い笑顔が魅力的で、紅葉にとって彼女はお気に入りだった。
路側帯に石畳の一部が残り、古民家が立ち並ぶ箕面市百(ひゃく)楽(らく)荘(そう)にある一戸建ての家。一室の大広間で3Dモーションキャプチャーを着て、ダンスを踊りながら歌い、VRtube(ブイアールチューブ)撮影をしている少女がいた。
彼女の名前は桜(さくら)井(い)桃(も)音(ね)。淡いピンク色に染めたショートカットの髪が特徴的で、まだあどけなさが残る、箕面学園の高等部に通う十六歳の女子高生だ。
彼女の前方にはモニターと様々なパソコン機器が小規模な設備でずらりと並んでおり、デスクの前では桃音の兄・幸(ゆき)隆(たか)が編集作業をおこなっている。彼の目の前のモニターの中では、紅葉イチ推しVRtuber(ブイアールチューバー)のMone(モネ)が、桃音の動きに合わせて踊っている。
桃音は大学院生の幸隆に、VRtube(ブイアールチューブ)に必要な難しいプログラムやキャラ等のデザイン、撮影や編集の諸々(もろもろ)を手伝ってもらいながら、トップVRtuber(ブイアールチューバー)アイドルを目標に細々とだが活動していた。
撮影が終わり、「ふう・・・・・・」とひと息をつく桃音。
「なぁ、桃音。桃音はKING(キング)さんとコラボとか出来たら、やりたいでゴザルか?」
幸隆はボサボサの前髪をかき分けながら、桃音に尋ねる。桃音は出来るならやってみたいと答え、それを聞いた幸隆は眼鏡を光らせた―――。
大学寮一階のコミュニティー広場のソファーで、深刻な顔をした西小路がかやのと向かい合って座っている。机の上には数枚のメダルが並べられていた。
西小路は今まで自分達の周りで起こった出来事、自分達が関わった出来事をかやのと共に振り返って思い出していく。思い出す度に段々とじっとりした汗をかいていく二人。そして一層不安がっている西小路に対して、かやのが口を開いた。
「―――よくはねぇだろうな・・・・・・大体、相手によって受け取り方は様々だしなぁ」
かやのが話している時に、
「かやのサーーーーーーン‼」
と、西小路とかやのの元に、勢いよく王が走って現れる。急に現れた王に、西小路もかやのも驚いた。かやのに会えてとても嬉しそうな王に、
「お前どうしてここに? 寮のセキュリティはどうした⁉」
と、かやのが言うと、王はポケットから少し前に壊された車のエンブレムを取り出しそれを二人に見せる。エンブレムにはチェーンが付いており、その先に鍵が付けられていた。
「フフフ・・・・・・あれカラ大学までの通学が難しくなってネ・・・・・・」
「「そ、そうか・・・・・・」」
西小路とかやのは冷や汗をかいて、王から視線を逸らした。王は続けて、
「だからオレもコノ寮に住んでヤル事にシタヨ! これかラは、ルームメイトだヨ!」
と、にんまりと笑った。
「それで、早速オレの部屋にかやのサンを招待したいヨ!」
「はぁ? なんで俺がお前の部屋なんかに・・・・・・うっ」
かやのが言いかけて、言葉を止めた。王が大切そうに握るエンブレムが視界に入ったのだ。かやのはバツが悪そうに、
「ま、まぁ・・・・・・新居祝いっつーことで、仕方ねぇな」
そう言って立ち上がる。西小路もかやのに続いて立ち上がるが、
「西小路! オマエは呼んでネェヨ!」
と、こめかみに血管を浮き上がらせた王にギロリと強く睨まれた。
とは言っても、かやのと王が二人きりになるのは気になる西小路。かやのを王が部屋に招き入れている様子を、少し離れた通路の先から見守っていた。かやのが王の部屋に入って、一、二分もしないうちに、
「ギィヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
と、かやのの悲痛な叫びが通路にまで響き渡る。
「かやのちゃんっ⁉」
西小路が慌てて王の部屋に向かうと、勢いよくドアが開き、中からかやのが靴も履かずに飛び出してきた。西小路にぶつかるのもお構いなしに、走り去っていってしまった。
西小路は「イテテ・・・・・・」と肩を押さえ、何があったのかと、王の部屋の中の様子を覗いた。そこには、かやのの盗撮した写真を引き伸ばしたポスターが壁一面に飾られていた。
部屋の中で一際目立つのが、かやのと王がウエディング姿で、キスシーンを合成された特大パネル。それがウエディングドレスと共に設置されていたのだ。
「うっ・・・・・・!」
あまりに強烈な光景に西小路は背筋に冷たいものが走った。彼が足元を見ると、かやのに蹴られたのであろう、涎と鼻水と涙を垂らしながら股間を押さえ、虫の息状態になっている王が転がっていた。その姿を見て、西小路は「うわ・・・・・・」と頭を押さえながらも、目の前の王を介抱しようとする。
「王君、大丈夫か⁉」
「か、かやのサンに・・・・・・気持ち、アピ・・・・・・ルしたクテ、部屋・・・・・・つくタヨ。悪気・・・・・・ないヨ。オレ・・・・・・に・・・・・・さわるんじゃネェヨ・・・・・・西、少路・・・・・・」
そして王は気を失った。
「王くーーーーん⁉」
それから数日が経った。かやのは大学の講義にも、アルバイト先にも、自室の外にすら顔を出さなくなっていた。紅葉は西小路の隣で講義を受けながら、
「かやのさん・・・・・・今日も来ませんわね。心配ですわ・・・・・・」
と、かやのの身を案じていた。西小路もかやのを心配して、何度も何度も彼女の部屋に様子を見に行くが、かやのはテントの中に引きこもったまま、西小路にも顔を見せないので、どうしたら良いのかわからなくなっていた・・・・・・。
「かやのさんは・・・・・・?」
「・・・・・・テントの中に引きこもってて出てこない。僕の声にも反応してくれないし・・・・・・正直どうしたら良いのか・・・・・・」
すると紅葉はしばらく考えて、
「西小路さん、まずはかやのさんを元気づけることをしてみませんか?」
西小路に、にこりと微笑む。しかし紅葉も辛そうな表情を隠しきれずにいた。
「・・・・・・うん、そうだね。でも、その前に 」
西小路はかやのにトラウマを植え付けた原因を取り除く為、王に交渉を持ち掛けに行く事にした。それには紅葉も同行することになった。
寮のコミュニティー広場の対面ソファーで、西小路と紅葉が座って王を待っていた。嫌いな西小路に呼び出され、王が不機嫌そうに二人の元に歩いてくる。
そして二人の対面にドカッと座り、西小路に要件を尋ねた。西小路と紅葉は王に現在のかやのの状況を伝える。
「―――だから、王君が現在所有している、かやのちゃんの写真の破棄、及びデータの削除をお願いしたい」
いつもは温厚な西小路もこの時ばかりは、静かだが怒りを露わにしていた。紅葉もこの話をする前に、西小路から軽く事情を聞いていたので、王に軽蔑(けいべつ)の視線を向けていた。
だが、王はそんな二人の気持ちなど知ったことかと、答えは当然のNO。むしろ自分に非があるとは思ってもいないようで、
「元気ナイなら、オレがかやのサンを元気づけるヨ!」
と、静止する二人を無視しながら、意気揚々と王はかやのの部屋に向かう。
そしてかやのの部屋のドアを軽やかにノックして、中まで聞こえるように甘い声で彼女の名前を高らかに呼びかける。すると中にいるかやのに王の声が聞こえたのか、廊下にまで響く程の音量で言葉にならない発狂の声が部屋から聞こえてきた。
ドタバタと玄関に向かう足音が聞こえてきて、ドアの鍵とチェーンをガチャガチャと掛ける音がした。普段部屋の鍵をかけない彼女のこの行動は、王に対して完全拒否の表れだった。
これには流石に王もショックで事態を重く受け止めた様子で、俯いてトボトボと自室に戻っていった。
それから数日後、王は西小路と紅葉を呼び出した。要件は西小路の要求を呑むという事。その代わりに王の要求を呑んでもらう事。
「オレはデータまで失うワケだかラ、オマエにもオレの要求を呑んでモラウ」
王は深刻な面持ちから一転して不敵な笑みを浮かべた。タブレットを二人の前に出し、起動させてVRtube(ブイアールチューブ)の動画を流す。そこにはKING(キング)の過去動画が流れていた。
「オレはVRtube(ブイアールチューブ)をしテいてナ。登録者数も百万を超えているヨ。企業案件や他の配信者とのコラボの依頼を多数受けてイル。タダ、大した実力もナイクセに身の程も弁(わきま)えズ、オレに何度も依頼を出してクル愚かな奴もイル。そこでオマエはソイツと組んで、女アイドルVRtuber(ブイアールチューバー)としてデビューしろ」
王は西小路に恥をかかせて屈辱を味あわせてやりたい、そんな感情が顔に出ていた。下卑た笑いを浮かべ、タブレットを操作する。西小路は王が有名な配信者だった事にも驚いたが、それと同時に自分への要求に対しての怒りが湧いていた。
「王・・・・・・なんて奴だ。この野郎・・・・・・」
西小路は拳を強く握り締めて怒りを堪える。そして深く息を吐いてから、「わかった・・・・・・」と怒りを嚙み潰したような震えた声で了承する。
「西小路さん・・・・・・」
紅葉が西小路に哀れみの目を向けた後、何かを決意したかのように強い眼差しで、
「西小路さん、私もやりますわ。西小路さんだけに恥ずかしい思いはさせません!」
紅葉は西小路を見つめ、彼の握り締められた拳にそっと手を添えた。
すると「ほぅ?」と口元を歪ませ、王が二人の前にMone(モネ)の動画を流す。このVRtuber(ブイアールチューバー)とユニットを組めば良いとの事だった。
「えっ・・・・・・‼ この方は! Mone(モネ)さんじゃありませんか⁉」
後日、百楽荘にある古民家カフェにて。カフェ内は古風なインテリアが飾られている。
西小路と紅葉はテーブルについて、王から紹介されたMone(モネ)と待ち合わせしていた。テーブルには紅葉のタブレットが置かれており、モニターにはKING(キング)が映し出されている。王は顔出し完全NGなので、アバター越しから二人に指示を出している。王の事は基本的にKING(キング)と呼ぶ事、またKING(キング)の正体を明かさない事などだ。
予定の時間の五分前に桃音と幸隆が現れた。
「あの、初めまして! 桜井桃音です! Mone(モネ)としてVRtube(ブイアールチューブ)配信してます」
明るく可愛い笑顔と容姿に、紅葉は憧れのアイドルとイメージ通りだと歓喜し、西小路は王みたいに現実とアバターの見た目にギャップがある人物じゃなくて、内心ホッとした。
妹に続いて挨拶した幸隆は、自分達に話しかけるKING(キング)に大興奮していた。
「きょ、今日はお忙しい中、妹の為に貴重なお時間を割いて頂き、本当にありがとうございます‼」
各々の自己紹介が終わったところで、KING(キング)は今回の企画について説明を始めた。自分のチャンネルの枠でアイドルライブ配信を行い、Mone(モネ)をもっと多くの人に見てもらう事。
その条件として、西小路と紅葉とユニットを組んで三人組でステージに立ってもらう事。また、作曲と振付(ふりつけ)はこちらで用意するが、歌詞は三人で作ってオリジナル曲として歌う事。
それらの条件を聞いて、桃音はやる気満々で返事をした。
翌日、一同は王に指定されたスタジオにいた。王が用意したVRtube(ブイアールチューブ)専用スタジオは、王の父親が買収した制作会社を使っており、設備は十分過ぎる程整った環境だった。
西小路と紅葉は、こうした場所で撮影されているのかと、物珍しそうに辺りを見渡している。桃音と幸隆は恵まれた機材環境に目を輝かせていた。
早速三人は3Dモーションキャプチャーの器具を装着して動作確認をしている。その裏ではスタッフにより、Mone(モネ)のアバターを幸隆と相談しながら、クオリティを高めていく。
残り二人のアバターは既に用意されており、紅葉は現実の紅葉がそのまま3D化したような姿で、衣装と髪色が赤く調整されただけだった。しかし、西小路はというと、王も言っていた通り女性の姿で、金髪長身の美女になっていた。
あとはそれを三人の動きに合わせて動くように設定し、演者達にも見えるようにモニターへ映し出す。王サイドの制作陣は西小路の姿を見てクスクスと笑っていた。
西小路は屈辱感でガクッと膝をつくが、かやのの為だと自分を奮い立たせ、立ち上がる。
この日は基本的な撮影前準備の体験をしただけで終わったが、西小路はどっと疲れたようで、ベンチで一人うなだれていた。そこに桃音がやってくる。
「お疲れ様です。西小路さん、だいぶやつれてますけど、大丈夫ですか?」
桃音は隣に座り、心配そうに西小路に声をかける。西小路は自分より年下の桃音に心配させては情けないと、ローガン風の笑顔で「大丈夫、大丈夫」と答えた。
すると今度は紅葉もやってきた。
「あの、桃音さん。知り合ったばかりで厚かましいかもしれませんが、もしよろしければ、今日私の家に泊まりに来ませんか? 色々と桃音さんのお話を伺いたいのと、曲の歌詞についても案を色々出しておきたいので、それも兼ねて。いかがですか?」
紅葉の突然の提案に、桃音は困惑する訳でもなく、むしろ嬉しそうに、
「えっ、いいんですか⁉ 喜んで!」
と、即答した。
その日の夜、紅葉の部屋で桃音とお泊り会が開かれていた。二人はお互いの話や、歌詞の案についても話をしていた。だが、年頃の女子が集まると、当然友人や恋愛事情の話に発展するもので、桃音は別の学校に行った友人の話や、同じ学校の先輩に密かに片思い中などの話をした。紅葉も西小路とかやの、石丸や稲壱の話をしていた。
桃音はお城のような豪邸で、お姫様のような部屋でお泊りが出来て、綺麗で優しくて上品なお姉さんみたいな紅葉とガールズトークをして、とても嬉しそうだった。紅葉も自分の憧れのアイドルといっぱい話せて幸せそうだった。
二人の様子を見ている石丸も尻尾を振ってご機嫌のようだ。
一方、西小路はかやのの部屋にいた。部屋の中は暗く、ランタンの灯りと月明りだけで照らされている。西小路はテントの前で、かやのに静かに語りかけていた。
「ゼクス。僕さ、VRtuber(ブイアールチューバー)アイドルやる事になったよ」
テントからは物音ひとつしない。だが西小路は続ける。
「アイドルライブが終わったら、王から写真もデータも全部回収して・・・・・・」
「やめろっ! アイツの名前を出すなっ‼」
「・・・・・・・・・・・・」
西小路は息を吐いて、何かを思い出すように目を閉じた。
『赤々と業火(ごうか)が噴き出す活火山。底の見えない大地の亀裂。その亀裂の底から湧き上がる亡者共の苦悶(くもん)の叫び。魔界の中空で一人の大男と狐が戦っている。
狐は太く長い六本の尾を生やし、黄金色の毛が美しい妖狐ダンテだ。ダンテは尾を生やした人型の姿に変化し、数多の妖術を駆使して、相手に攻撃を仕掛ける。
そしてその妖術を拳ひとつでねじ伏せる大男は、筋肉隆々で色黒の肌、銀髪と後方に伸びる六本の角、左の背から三枚の大きな黒翼(こくよく)を生やした堕天使ゼクスだ。
彼らはお互いに一進一退の激しい攻防戦を楽しんでいた。二人の戦いはどこまでも果てしなく続く。互いの技を出し合い、まるで競い合っているような、じゃれ合っているような光景だった。ダンテもゼクスもとても楽しそうな顔をしていた。』
西小路は目を開ける。今まで培った力、そしてそれを全て失った喪失感を駆られながら、手の平を見つめる。
『センパイ・・・・・・』
こんな時に妖狐の力が使えたら美少女アイドルに化ける事も、王を懲(こ)らしめる事も、どんなに楽だったか。彼のそんな気持ちを稲壱は察していた。
「僕さ、VRの世界だけど、自分の意思に反して女性の姿にされてさ・・・・・・。ゼクスの気持ち、今ならよく分かるよ」
返事のないテントを見つめて西小路は、机の上にタブレットを置き、
「ライブ・・・・・・見てくれな!」
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