第13話 陽炎燃ゆる、ラブマッスル‼・後半

 大会当日、文化芸能劇場の前に、会場には西日本の学生ボディビルダー達がぞろぞろと入って行っている。西小路とかやのと紅葉も入口前で合流し、そのまま入場していった。


「うおぉぉぉぉぉぉ‼ 頑丈そうな奴ばっかだ!」


 かやのは違う意味で一人大はしゃぎし、西小路は選手達の体格を見て、これは期待出来そうだと頷き、紅葉はジムに行った時のようにもじもじとしていた。三人が席に着き、しばらくすると、会場がパッと急に暗くなった。


『筋肉は芸術だぁー‼』


 会場内にマイクの音声で大会のテーマが叫ばれた。それと同時にステージが一気に明るくなり、大会の主催者が壇上に現れ、大会の開幕が告げられた。

 選手達が入場する。ステージ上に番号札のついたブーメランパンツ姿のボディビルダー達が上がってきた。客席からは選手達を歓迎する拍手が巻き起こる。


「おおぉぉぉ!」

「フムフム、皆素晴らしい体格だ」

「はわわわわ・・・・・・」


 はしゃぐかやのの横で、西小路は選手達をガン見してメモを取り、紅葉は逆に目のやり場に困って手で顔を隠していた。選手たちは大会開始前で緊張の面持ちだったが、温かく盛大な拍手によって、選手達の緊張も和らいだ。それから代表選手が選手宣誓(せんせい)をし、審査が開始される。



『小野原紅葉サンは来てくれてマスカ? 宣誓の時には発見出来ませんデシタ。もしかして・・・・・・バット、小野原紅葉サンは必ず居るハズ。NO! ちゃんと小野原紅葉サンをビリーブするんだ! バットイフ・・・・・・あぁ、ダメだ、試合に集中しないと・・・・・・トレーニングの時を思い出すんだ、ミー! 集中、集中だ! AH・・・・・・小野原紅葉サン・・・・・・』


 ローガンは紅葉が来てくれるか、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、試合に臨んでいた。練習の時はきっと来てくれると信じてポジティブな気持ちでいられたが、本番になって急に不安に煽られたのだ。

 一次ピックアップ審査が始まった。ローガンは不安な気持ちを抑え、ステージ前部に移動し、ポーズの指示に従う。ちなみにローガンのナンバーは5番だ。


「5番いいねー‼」


 ローガンを支持する声援が飛ぶ。確かに彼は選手達の中では一際強い存在感を放っている。体格も他選手と比べてケタ違いだ。まさに月とスッポンという言葉がしっくりくる。

 ローガンは視線を動かして紅葉を探す。観客席からは多くの声援が飛び交っているが、中でも一際白熱している人物を発見した。

 かやのだ。かやのは掛け声こそ無いが、「うおぉぉぉぉ‼」と叫んでおり、かなり目立っていた。ローガンはもしやと思い、彼女の横を見る。向かって右隣りに紅葉が座っていた! 紅葉は手で顔を隠していたが、指の隙間からこっちを見ている。彼女と目が合った。


『小野原紅葉サン! 来てくれたんデスネ! そんなにミーの事を! 見てて下さい、小野原紅葉サン。ミーは・・・・・・ミーは・・・・・・ミーはアナタの為に全力のパワーを‼ 全ての想いをマイマッスルに込めて、全て出し切るデース‼』


 ローガンは紅葉の姿を発見してから、抱えていた不安は全て吹き飛び、心の底から笑顔が沸き上がった。ローガンは渾身のダブルバイセプスのポーズを笑顔で決める。


「上腕二頭筋がチョモランマ‼」


 周りから筋肉を誉(ほ)め称(たた)える声が聞こえる。それから続いて三ポーズ決めて、一次ピックアップ審査が終了した。

 続いて二次ピックアップ審査が始まる。ローガンは当然の如く勝ち残っている。ここでも進行役からポージングの指示が入る。選手一同、歯を食いしばり全身の力を込めて、己の筋肉の逞しさ、そして美しさを全力でアピールする。


「24番、肩にジープが乗ってるぞー‼」

「5番の肩が高級デカメロン‼」


 ローガンと同じぐらい声援をもらう選手がここで現れた。筋肉の量や体格ではローガンが圧倒的だが、一つ一つのパーツの締まり、そして筋肉と筋肉の間の溝がくっきりしていて、メリハリが美しい。アメリカ人と日本人ならではの体格差はあれど、ローガンにも引けをとらない整った肉体の持ち主。それが24番と呼ばれた選手だ。

 ローガン自身もそれは感じていた。今大会での最大のライバルは24番の彼だろうと。ポージングの指示も進んでいく中、24番への名指し声援が多くなっていく。そして二次審査はややローガンの劣勢で終了した。


 最後は決勝審査のみだ。四名の選手が残っており、その中には24番とローガンが残っていた。先ほどまでとは違い、進行役からポージング指示が出ず、それぞれ一人ずつ得意ポーズを取り、それを他選手が同じポージングをする。一番目の選手が最初のポージングを決め、他の選手も真似をした。しかしやはり、ローガンと24番が圧倒的だ。


「24番デカ過ぎて固定資産税が掛かりそうだな!」

「5番、土台が違うよ! 土台がー!」


 客席からは相変わらず一風変わった声援と歓声が選手に向けられている。どうも一笑いを狙った言い回しをするのがこの世界での通例のようだった。

 それを聞いていたかやのは、


「よし、俺も次からなんか巧い事叫んでやるぜ!」


 と、意気込む。そして西小路は大会のガイドブックを読んでおり、


「フムフム・・・・・・審査基準は筋肉の大きさとバランス、そしてどれだけ体脂肪を落としているか、ほかにも色々項目があるんだねぇ。なるほど・・・・・・奥が深い」


 そう呟きながら、選手の肉体を独自に分析し、それをメモ帳にまとめている。紅葉はというと、未だ男性の半裸に慣れないのか、キャーキャーと悲鳴を上げながら、それでも応援しなくてはと思い、指の間からチラチラと選手達を見ては顔を赤らめる。


「5番、羽生えてるー! そのまま空も飛べるはずー‼」

「24番グレートプリケツ!」


 既に次のポージングを選手達はおこなっており、主に背面の筋肉を見せつけるバックダブルバイセプスに、観客の掛け声が飛び交っている。かやのも負けじと、


「5番の腕がフジヤマボンバー‼」


 と独特の掛け声を放つ。そして24番の得意ポージングがきた。アブドミカルアンドサイだ。上腕二頭筋からつま先にかけて、正面の筋肉を魅せる。観客も並ぶ腹筋達に圧倒され、「おぉ・・・・・・」と感嘆まじりの声から、


「でたー‼ 板チョコの大量生産だぁー‼」


 と、全員の腹筋の壮観さを賛美する。そしてかやのも叫ぶ。


「お前らの腹のメロンパン、俺に食わせろー‼」


 そしてやってきた、我らがローガンのポージング。ローガンは紅葉の方をジッと見つめ、熱い眼差しを送る。スウゥゥっと大きく息を吸うと、


『小野原紅葉サン、これがミーの全力のラブマッスルデース‼ どうかアナタに届きますように‼』


 と心の中で大きく叫び、甘くて熱い全力スマイルで渾身のサイドチェストを決めた‼ これには観客も審査員も圧倒され、掛け声が上がらなかった。「うおぉぉぉぉ‼」という叫び声、そしてその場にいたほとんどの者のスタンディングオベーション。それがローガンの筋肉アートに対する称賛そのものだった。空調が効いているはずの会場内では選手と観客の放つ熱気が籠り、皆、汗が滲み、キラキラと輝いていた。



 接戦の決勝を制したのは、24番・・・・・・ではなく、ローガンだった。


「優勝おめでとう‼」

「アリガトウゴザイマース! ベリーベリーサンキュー‼」


 ローガンは優勝トロフィーと賞状とメダル、そしてプロテインを大会開催委員長から受け取り、応援してくれた客席の人達、そして紅葉に向けて、「ニカッ!」と笑顔を向ける。白い歯がとても眩しい。


「オォ・・・・・・ま、眩しい・・・・・・」


 ステージ上で英雄のように大歓声を浴びる彼の眩しく光る笑顔を見て、『笑顔』というものはこういうものなのだと、西小路は思うのであった。



 大会が終わり、ローガンは応援に来てくれた西小路とかやのと紅葉に、爽やかな笑顔で感謝の言葉を伝えた。そしてローガンは紅葉の前に改めて向き直して、照れくさそうな顔でこれからも応援に来て欲しいと、どもりながらも一生懸命に伝えた。


「え、えぇ。また機会があれば、またかやのさんと・・・・・・」


 と、紅葉は冷や汗をかきながら、社交辞令で返答した。だが、ローガンは彼女の意図には気付けず、純粋に喜んでいた。


「グレートフレンド、ユーも来てくれて、ミーはベリーハッピーだよ! 本当に今日はサンキューベリーマッチ」

「僕の方こそ、学ぶ事が多かったよ。ありがとう、ローガン」


 西小路とローガンは漢の固い握手を交わした。



 その後、事務所に戻った西小路は、大会でまとめたメモを見返して、トレーニングメニューを考えていた。

 チャリンッ! 不意にドアポストの中に、何か硬い物が入れられる音が彼の耳に届く。

 西小路が蓋を開けて中を確認すると、銀メダルがドアポストの底で光っている。


「これは・・・・・・・・・やった! 銀だ!」


 西小路はメダルを手に取って、「ニカッ!」と歯を光らせた。



 後日、ジムの壁一面の大鏡の前で、西小路はローガンが大会最後に魅せたサイドチェストの真似をしていた。「ニカッ」と彼の笑顔をイメージして笑顔を映す。だが、西小路の笑顔はローガンのそれとは違い、爽やかではあるが、だいぶ気持ち悪い笑顔となっていた。

 そんな西小路の背後から、スキンヘッドの色黒中年ボディビルダーが近づいてきた。彼はその逞しい右手で、西小路の右尻の肉をおもむろにむんずと掴み、


「おお! お兄さん、見事なグレートプリケツだねぇ‼」


 と、空いた手で西小路の左肩に手を置いた。そんな突然の事に西小路は、


「ひぇやぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 いつかの薔薇の世界を思い出し、心に深いトラウマを植え付けられた。

この日を境に、ジムで西小路の姿を見かける者はいなかった・・・・・・。

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