第11話 紅の薔薇・後半

 数日後、アイから聞いていたマコトの予定をもとに、アタリをつけて張り込み、ついに現場を押さえることが出来た。アイにその事を連絡するとしっかり見届けたいとの事で、現場である廃工場で落ち合う流れとなった。

 アイを待つ間、西小路とかやのと稲壱は、建物の中の様子を監視する事に。なるべく音を立てないように、静かに覗く。中はかなり広く、天井も抜けており、吹き抜けのようになっている。普段誰も立ち寄らないのか、埃が積もっており、歩くと埃が舞って鼻がムズムズする。

 奥の方から何かを叩くような音と、くぐもった悲鳴が聞こえる。ゆっくり近づくと、何が行われているのかが見えてきた。

 そこには裸で褌(ふんどし)姿の状態で全身を縛られ、目隠しと猿轡(さるぐつわ)、そして鎖の付いた首輪を着けたエイクがいた。首輪の鎖の先にはK1ファイターのような体格の男が裸に黒のTバック、上半身に皮製のハーネスボンテージを纏(まと)い、ガスマスクを被って立っていた。顔は見えないが、状況的に見てマコトに間違いない。

 彼の手には鎖と一本(いっぽん)鞭(むち)が握られていた。どうやら先ほどの悲鳴はエイクが鞭で打たれた時のものだろう。また、エイクの近くには、ガラス製のシリンジやローション、火のついた太い蝋燭(ろうそく)や様々な大きさのシリコン棒などが並べられており、蝋燭の灯りがエイクの苦悶の表情を照らし出す。

 その二人の光景を一台のビデオカメラが見つめている。


「エイク~? どうだい、痛いかい? 苦しいかい? これからもっと酷い事してあげるからね。だからもっと、イイ声で鳴いておくれ?」


 マコトはカメラを三脚ごと持ち上げ、エイクを色んな角度で撮影する。

そして再び鞭を握った。


『ひえぇ~、なんちゅう・・・・・・痛っ、うわっ、熱っ、ひぃぃぃぃ・・・・・・モゴッ』

「稲壱うるせーぞ。見つかっちまうだろーが」


 二人の異常な行為を見て、思わず声が漏れる稲壱と、稲壱の口を押さえるかやの。


「フフフ、キミが痛めつけられる姿を、これから全国の男達に見られるんだ。興奮するだろう?」


 マコトがエイクの目隠しと猿轡を外す。エイクは自分の今の状況を映しているカメラを見て、顔を青くして叫ぶ。


「いやだっ! 撮らないでぇっ‼ もうやめてよぉ‼ 家に帰して!」

「せっかくここを借りて、ここまでセットしたんだ。まだまだ帰す訳がないだろう? それに、キミにはこれで一生オレのモノだという証も付けてあげなきゃいけないしねぇ」


 マコトは長い鉄棒の先端部に自分の名前が刻まれた焼き鏝(ごて)を、バーナーで炙(あぶ)りながらエイクに見せつける。


「新作のタイトルは何にしようかなぁ?」


 どうやらマコトはジェンダー向け且(か)つマニア向けのビデオを制作しているようだ。エイクに向ける言葉もどこか台詞(せりふ)のように聞こえる。


「・・・・・・もう無理だ‼」「・・・・・・っ⁉ バカ野郎ッ!」


 とうとう我慢の限界に達し、西小路がマコトとエイクの前に飛び出した。かやのは先走った西小路を止める事が出来ず、自身も物陰から出てしまい、マコトに見つかる。


「なんだ、お前らは⁉ 撮影の邪魔をするな‼」

「エイク君、大丈夫かい⁉」

「に、西小路君・・・・・・」


 突然の西小路の登場に、驚きながらも激昂(げきこう)するマコト。そして目を潤ませて西小路を見つめるエイク。

 マコトは西小路に向かって鞭を振るう。鞭は西小路の予想以上に速く、見切る事が出来ず直撃してしまう。マコトは鞭の手を緩めない。どんどん埃が舞い上がっていく。


「くっ! 速い! いっつ⁉」


 マコトの振るう鞭を全て受けてしまい、西小路は動けないでいた。


「あ~~~、もうイライラする‼」


 見るに見かねたかやのが、助走をつけてドロップキックをマコトにヒットさせると、彼は「ぐあっ‼」と声を上げながら吹き飛ばされた。


「ダンテ、ここは俺に任せろ。お前はエイクを連れて、さっさと逃げろ」


 かやのは近くの撮影セット用の飾りのカーテンを引き千切り、それを二人の方に投げる。

 西小路は投げられた布を掴み、エイクの肩に掛けた。そのまま彼を支えて立ち上がる。

 そうはさせるかと、起き上がり際のマコトが鞭で床を薙(な)ぎ払う。かやのはそれをジャンプで避けたが、そのせいで鞭が蝋燭を飛ばしてしまい、装飾の布に当たって火が移ってしまった。

 妖艶(ようえん)な世界を演出しようとしたのが仇になり、周りにあっという間に火が回った。

 火の勢いに怯み、西小路とエイクは後ずさり、かやのの近くに来てしまった。かやのはその二人に舌打ちをし、戦い方を変えた。火に囲まれていてもマコトはずっと鞭を振り回し続け、かやのは鞭を拳で弾くように防御する。

 煙が建物内に充満していき、次第にかやのもむせ始めた。

 ふいに鞭が西小路達の方に飛び、それをかやのが右腕で受け止める。鞭が腕に巻き付く。


「ダンテ、エイク、布被って伏せてろ!」


 二人は訳が分からないまま、かやのの言う通りにした。その瞬間、かやのは鞭の巻き付いた腕を思い切り引き、自分もマコトに向かって勢いよく踏み込む。そして体勢を崩したマコトに思い切りラリアットをかました。

 マコトが床に叩きつけられた瞬間、小規模だが爆発を起こした。衝撃で舞い上がった埃に引火して、粉塵爆発を起こしたのだ。


「かやのちゃん!」


 西小路はかやのの身を案じて声をかけると、咳き込む彼女から「俺は良いから逃げろ」と返ってきた。かやのはこの爆発まで見越していた為、服の一部が燃えて軽い火傷程度で済んでいた。


「今の爆発でこの辺の火は吹き飛んだけど・・・・・・」


 多分またすぐに火が戻るだろう。逃げるなら今しかない。だがどこに? 壁にも燃え移っていて入口の方には戻れない。その時、稲壱の声が西小路の脳内に響いた。


『センパイ、上の方ならまだ火が回ってないッス!』


 西小路は上を見ると、まだそこまで燃えていなかった。布でエイクの裸体を隠し、肩を抱き支えながら、階段を使って上を目指す。



 稲壱の先導で、なんとか工場の一番上の階まで登ってきた西小路とエイク。煙は上ってきているが、火はそこまで回っていない。

 今のうちにと、西小路はエイクの縄と首輪を外す。エイクの体には縄と鞭と熱(ねつ)蝋(ろう)による軽い火傷の痕が、痛々しく残っている。


「西小路君・・・・・・ありがとう。助けにきてくれて嬉しかった」


 エイクは頬を染めて俯きながら、西小路に感謝を伝える。


「あぁ、気にしないで。・・・・・・さて、ここまで来たはいいけど、どうしようか・・・・・・」

「この縄・・・・・・使えないかな?」


 エイクは先ほどまで自分を縛っていた縄や首輪の鎖を指さした。「それだ!」と西小路はそれらを繋ぎ合わせ、一本の長い縄にした。そして稲壱を見てアイコンタクトを送る。

 稲壱はエイクに気付かれないように、縄に妖力を込めた。それから西小路は魔道具となった縄の一端を窓枠にしっかりと結び付け、もう片方を窓から見える車止め用の鉄のポールまで飛ばす。妖力を持った縄は真っすぐに飛んでいくが、明らかに長さが足りない。

 しかし、妖力を得た縄はシュルシュルと伸びていき、先端がポールまで届くと縄を蛇のように操(あやつ)って結びつけた。縄は少々たわんでいたが、西小路は問題無いと判断し、首輪を手に取ってそれを縄に掛けた。


「エイク君、これからこれで滑り降りるから、僕にしっかり掴まっているんだよ!」

「う、うん・・・・・・」


 建物の高さに怯えた表情をしていたエイクだったが、


「大丈夫、僕を信じろ!」


 西小路の強い言葉にトゥンクと胸をときめかせ、西小路に強くしがみついた。稲壱を自分の肩に乗せ、西小路は覚悟を決めて窓から飛んだ。

 外は夕日で赤く染まっていた。火事の炎をも飲み込むような赤だった。

 エイクは西小路にしがみついている間、ずっと彼の必死な顔を見ていた。エイクの頬も赤く染まっていたが、それは夕日に紛れた。

 もうすぐ地上に着くといったところで、縄のたゆみによってバウンドし、首輪を掴んでいた両手を放してしまう。なんとか地面に着地出来たが、二人とも尻もちをつく。そこでエイクは緊張の糸が切れ、安堵からか気を失った。


「アンタ達! いま消防呼んだから‼ あれ、お嬢ちゃんとマコトさんは⁉」


 二人が建物から出てくる少し前に廃工場に到着していたアイは、目の前の火事を見てすぐに消防に電話していた。そしてアイの言葉に対し、西小路は廃工場を指さす。自分達が脱出した時よりも炎が強くなっており、すでに最上階まで火が回っている。


「マコトさぁぁぁぁぁぁん‼」



 未だ燃え盛る工場内にいたかやのとマコトは、西小路達の脱出した場所まで来ていた。しかし、かやのは多量の煙を吸引した状態で動き回っていた為、視界も歪んでフラフラだった。彼女は窓を背にして立っており、正面からはガスマスクを着けたマコトが長い鉄棒の鏝(こて)を構えて迫ってきている。

 その様子を下から見た西小路は縄の端を持ち、ピンッと張るように腰を落として引っ張る。かやのが同じように滑り降りてきた時にバウンドしないようにする為だ。

 一方、かやのの方でも動きがあった。マコトが鏝をバットのフルスイングのように構えながら、かやのに突っ込んで来た。

 かやのは「ここだ!」と叫び前に出て、マコトの横薙ぎを、身を屈めて避ける。その直後にマコトの右腕手首を自身の右手で掴み、左手を相手の背中に添えるように押さえる。そのままマコトの勢いも利用し、彼を窓にぶち当てて思い切り窓を突き破った。

 飛び散るガラス片と共に、空中に飛び出す二人。そして空中でかやのは器用にも、変形ロメロ・スペシャルをマコトに仕掛け、見事に決める。

 その直後、建物内で再び爆発が起き、窓から爆風が吹き出し、二人を更に加速させた。夕日に照らされた二人のその光景は、まるでアメリカンバイクに跨るハードボイルドな姿を彷彿とさせる。

 そしてかやのとマコトは縄に着地し、マコトの股間と、かやのの尻に縄が食い込む。

 一度バウンドしたが、バランスを立て直して再びマコトの股間に縄をしっかり食い込ませ、勢いよく滑り出す。 

 マコトは両腕と両足をしっかり極(き)められているせいで、股間を削る縄から全く逃れられない。結構なスピードが出ており、ジョリジョリジョリリリリリリリ‼ と股間部分から聞いていて痛い音を立てているが、


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼」


 という、マコトの本気の悲鳴にかき消されていた。


「マコトさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん‼」


 夫の股間から真っ赤な薔薇の花びらが飛び散る様を、地上からアイも目撃していた。

 そしてもう一人、地上で悲鳴を上げている人物がいた。


「うわぁぁぁぁぁ‼ こっち来んなぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 目の前からほぼ全裸のガチムチな変態男が、股間で縄を滑りながら自分に向かってくるのだ。正直、目にしたくない光景だ。変態が終着点の鉄ポールに近づいて来て、西小路は耐え切れずに縄を放す。

 その瞬間、縄がたわみ、フワッとマコトとかやのの体が浮く。だが、慣性は働いており、そのままの勢いで鉄ポールの先端にマコトの股間が直撃する。


「カヒュッ・・・・・・‼」


 グシャッとも、グチャッとも、形容しがたい音を立てて、彼の薔薇が無残に散った。マコトはその痛みと苦しみから、声が出ずに息だけが勢いよく漏れる。そして痙攣(けいれん)しながら崩れ落ちた。文字通り玉砕(ぎょくさい)していた。

 上手く着地したかやのは撃沈したマコトを見下ろしながら、


「初めて女で良かったと思ったわ。ケツはイテェけど」


 そう言ってケラケラと笑って、腰に両手をあてながらドヤ顔をする。


「あれは・・・・・・あれはまるで『地獄のロープダビッドソン』だわ。・・・・・・・・・素敵」


 腰をくねらせながら、アイは彼女の変形ロメロ・スペシャルに、うっとりしていた。


『あんなんアカンてぇ・・・・・・凶悪過ぎやってぇ・・・・・・』


 ドヤ顔のかやのを見上げながら、稲壱はガクガクと震え上がっていた。

 西小路は痙攣するマコトを見て、かやのの凶悪技に戦慄(せんりつ)していた。

 アイは「にちゃあ・・・・・・」という、いやらしい笑みを浮かべながら、マコトをねっとりと見つめて、


「ウフフ、これで二度と浮気は出来なくなったわね。・・・・・・これからはアタシがマコトさんをたっぷり可愛がってあげるわぁ」


 そう言って舌なめずりをした。



 後日、探偵事務所トリックスターフォックスにて。


「エイクさん、あれから元気になって良かったですわね」


 紅葉は大学内でエイクを見かけた時の事を西小路とかやのに話す。


「どんな内容かは分かりませんが、この間、西小路さんが受けるか悩んでいたご依頼も受けられて、解決されたようですし。これで一件落着ですわね!」


 何も知らない紅葉は無邪気な笑顔を西小路に向ける。


「そっ、そうだね・・・・・・」


 西小路は先日の光景を思い出し、ビクッと身を震わせた。


「しっかし、お前んとこのコレ、マジでただの掃除機じゃん。なんかゲーム入れとけよー・・・・・・って、おっ?」


 かやのは石丸を乗せて狭い範囲を掃除しているエレナT2を見ていた。エレナT2が旋回した時、上にいた石丸の口に銅のメダルが咥えられているのを発見した。


「銅だーーーーー‼」


 と、メダルを持った右手を高く上げて喜ぶかやの。その隣で西小路は、


「えぇ・・・・・・? 基準がわからない・・・・・・」


 と、首を傾げていた。

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