第9話 ソウテイのミラージュ・後半
その頃、車通りの多い大通り。王の車が道路交通法を完全無視で大暴走していた。
「おい、ダンテ~、こっちで道合ってんのか?」
運転しているのはかやので、アクセルを踏んだまま、後部座席の西小路に顔を向ける。
「うんっ、間違いないよっ! かやのちゃん! 前見て、前! うわぁぁぁぁぁぁ‼」
西小路は後部座席でGPSを起動して、かやのに絶叫しながら道案内をしていた。
『姐(ねえ)さーーーん‼ 死ぬッ、死んじゃうッス‼』
車体が左右に激しく揺れており、かやのから連れて来られた稲壱も生きた心地がせず、涙目になっていた。王の車は前後二人乗りで、更に車体も低いので、曲がる時の遠心力を特に感じやすい。
西小路は顔を青くして必死にシートの手すりを掴み、稲壱はそんな西小路の体に爪を立ててしがみつく。そんな二人に反して、かやのはまるでゴーカートを初めて運転した子供のように楽しんでいた。
「この車おもしれぇな‼ ・・・・・・つーか」
かやのはフロントコックピットに映るバックモニターをチラリと流し見る。
「いつまで着いてくんだ? アイツら」
かやのの車の後ろには数台のパトカーがサイレンを鳴らして着いて来ている。
『そこの車、止まりなさい!』
かやのは大通りから彩(さい)都(と)方面に急ハンドルを切る。追尾しているパトカーの何台かは、曲がりきれずに横転した。
静かな田舎道にサイレンの騒音とエンジンの爆音が鳴り響く。
「こっちで良いのか⁉」
かやのは西小路に道の確認をして、
「うん! そのまま山道に入って‼」
途中で再びハンドルを切り、そのまま山道に突入する。連続した急カーブでも速度を緩めず、ガードレールや山壁にぶつけて車体を削りながら爆走。遠くの方でサイレンが聞こえる。どうやら、かなり引き離したらしい。
「やっと居なくなったか~。んで、次は?」
かやのがコックピットに映る後部座席の映像を見ると、西小路と稲壱は白目を剥いて撃沈していた。それを見たかやのはアクセルベタ踏み状態から、突然急ブレーキをかけた。ガックンと大きな反動を受けて、後輪が高く浮き上がり、強い衝撃と共に着地した。
「・・・・・・・・・ハッ‼ 僕は生きてるのか・・・・・・?」
「起きたか? 目的地はどの辺だ?」
後輪着地の反動で息を吹き返した西小路に、かやのは容赦なくナビの続きを要求する。西小路がナビ画面を見ると、山の中に矢印がついていた。
それを彼女に伝えると「じゃあ行くか」と道の無い方向を見て、エンジンを空吹かすかやの。西小路と稲壱はガクガク震えて抱き合いながら、「「やめてー‼」」と絶叫気味に懇願するも、彼らの願いは彼女には届かなかった。
「しっかり掴まってなぁ!」「「いやぁああああああああああ‼」」
――― 一方、エイクは未だ署内で事情聴取を受けていた。
「さっきから黙ってないで、正直に言ったらどうだ? あの時間、何をしていた?」
「・・・・・・・・・公園でデッサンを描いていました」
「それを証明出来る人物は?」
「・・・・・・・・・・・・」
自分のアリバイを証明する事が出来ず黙秘をするエイクに、警察は大きく息を吸い、
「・・・・・・お前がやったんだろ! さらった被害者達はどこにいる! もしかして、もうどこかに埋めたのか⁉」
エイクを最初から犯人と決めつけ、圧迫尋問をする。
高圧的な取り調べをする警察に対し、エイクはついに耐え切れず、
「違う・・・・・・ワタシは生活費を稼ぐ為に女性を描いている! でも本当は・・・・・・男を描きたいんだ‼ ワタシは男が好きなんだーーー‼」
と、衝撃の真実を叫ぶ。一瞬、場が静まり返り、気まずい空気が流れる。
エイクは深呼吸をして息を落ち着かせてから、あの時自分は公園で野球をする青年達を模写していた事を警察に告白した。
月の光が、深い山奥にある一軒の建物を照らし出す。それは近代建築といった風貌のアトリエだ。壁の一面がガラス張りで、中の様子がよく分かる。建物内を一人の女性が何者かから逃げているような様子が見えた。
よく見るとそれは紅葉だった。彼女はパニックを起こしながら、
「誰か! 誰か助けて‼ 西小路さん! かやのさん!」
無機質なコンクリートで固められた広い空間の中を逃げ回っている。しかし、手を後ろ手で縛られていて、思うように走れない。とにかく助けを求めて出口を探すも、何かにぶつかって転んでしまった。
「助けを呼んでも無駄だよ? このアトリエには誰も来ない。ぼくのママも、パパも、ね」
紅葉の後方からナイフを持ち、脇に絵を抱えた男が厭(いや)らしい笑みを浮かべて紅葉にゆっくり歩いて来ている。
紅葉はアトリエと聞いて周囲を見ると、壁に男が描いたと思われる絵が飾られており、床にも絵とイーゼルが倒れて散らばっていた。どうやらこれにぶつかってしまったようだ。
「どうして・・・・・・・・・どうしてこんな事を・・・・・・?」
紅葉は起き上がる事が出来ず、後ずさりながら男に尋ねる。すると、男は先ほどまでの下卑た笑みを消し、急に癇癪(かんしゃく)を起こす。
「本当はぼくが! このぼくが受かるはずだったんだ‼ アイツさえ・・・・・・エイクさえいなければ‼ あんな貧乏人じゃなくて、このぼくがぁっ‼」
男は大阪箕面大学の美術学部志望だった。だが試験に落ちてしまい、浪人することになってしまったのだ。
それから男はひょんなことでエイクの存在や、彼のSNSを知った。そこで彼のモデルになった女性を次々とこのアトリエの地下に拉致(らち)し、それをエイクの犯行に見せかけて彼を失墜(しっつい)させる事を思いつき、今回の犯行に至ったのだ。
「それに・・・・・・ぼくの方が、絵がうまいんだ。ほら、見ろ!」
男は持っていた絵を紅葉に向ける。紅葉は絵を見た後、男に向かって怒りの視線を向け、
「そんなのただの逆恨みじゃないですか! それに貴方の絵より、エイクさんの方がずっと素晴らしい絵を描きますわ!」
「う、う、うるさい! 絵の価値も分からない素人の癖にっ‼ ぼくはママの為にも、このアトリエをくれたパパの為にも、絶対受からなきゃいけないんだっ‼ 絶対ぼくの方が上手いんだー‼」
男は紅葉の言葉で、更に幼稚な怒りを露(あら)わにし、持っていた絵を床に叩きつけた。図星を突かれたからなのか、男は息を荒くし、ナイフを固く握りしめ、紅葉ににじり寄る。
「いやっ! 来ないで‼ ・・・・・・いやぁああああああ‼」
ガッシャァアアアアアアアアアン‼
「・・・・・・えっ⁉」「どわぁあああああああああああああ‼」「かやのさんっ⁉」
紅葉の絶体絶命のその瞬間、アトリエのガラス窓を破って、一台のボロボロの車が飛び込んできた。
車はすでに大破寸前の状態で、建物内に飛び込んで来たのと同時に、かやのがフロントガラスを突き破る。そのまま紅葉と犯人の間を通り抜けるように、キラキラと光るガラスの破片と共に吹き飛んでいった。かやのからワンテンポずれて、車の後輪タイヤが彼女を追いかけるように飛んでいく。
「オフッ⁉」
ドゴォッと重い音を立て、少し軌道がずれたタイヤが犯人の腹部に命中する。犯人は大きく吹っ飛ばされ、そのまま意識を失った。
「紅葉ちゃん、大丈夫⁉」
「西小路さんっ‼」
激しい黒煙を上げる車から出てきた西小路は、後ろ手で縛られた紅葉を発見し、駆け寄って縄をほどく。
縄をほどきながら辺りを見回すと、タイヤに当たり気絶している男。炎上を始める王の車。そしてメチャクチャになったウッドデッキに、そこから室内に繋がる窓ガラスに空いた大穴と部屋中に飛び散ったガラス。
西小路はその惨状への言い訳に加えて、先ほどまでの警察とのカーチェイスなどの問題行動が脳内にグルグルと駆け巡り、
「うわっ、こ、これどうしよう! どうしたらいいかな⁉」
と、今更になってパニックになる。更にパトカーのサイレンが近づいてきたのにも気付き、紅葉の縄も途中から上手くほどけない状態に陥った。見かねた紅葉から「落ち着いて下さい」とたしなめられる。
「おい、ダンテ! 逃げるぞ‼」
声の方を向くとかやのが復活しており、馬に変化した稲壱に跨(またが)っていた。 紅葉もこの惨状を理解したようで、あとは自分がうまく立ち回るから二人はこの場を離れてほしい旨を西小路に伝える。西小路はその言葉でやっと落ち着きを取り戻し、紅葉の縄をさっと解く。
「ダンテ! 早くしろ!」「ごめん、紅葉ちゃん‼」
西小路はかやのの操る稲壱に跨り、紅葉を残してその場から走り去る。
翌日、早朝。大学の広場にポツンと一人、王が立っていた。
『かやのサン、ホントに車返してくれるノカナ? オレはかやのサンの帰りを待ってルヨ。朝の光が目に染みル。朝焼けノ中かラ、馬の蹄が聞こえルヨ。アッ、かやのサンだ! かやのサンが帰ってきタ! ん? アレ? ナゼ馬に乗っている? ナゼ西小路ナンカと二人乗りシテル? ソコどけ、オレと代ワレヨ。ところでかやのサン、車はドコ?』
蹄の音が王に近づき、目の前で停まる。西小路とかやのが馬から降りてきた。
「ア、アノ、かやのサン。オレの車は・・・・・・?」
かやのは両手をファージャケットのポケットの中に入れ、何かを探すようなそぶりを見せた。そして右手に何かを握って、拳を王の前に出す。
「・・・・・・ん」
「・・・・・・え?」
かやのは片手をポケットに入れたまま、王に手を出せという仕草を突き出した拳で行う。それを読み取った王は手を開き、かやのの拳の下に差し出した。多分、彼女は車の鍵を先に渡そうとしている。礼も言わずぶっきらぼうに渡そうとするのも、きっと照れ隠しなのだろう、と王は甘い妄想に耽(ふけ)った。
「・・・・・・・・・ん」
ポトッ・・・・・・。王の手の上に、車の先端に付いていたエンブレムだけが落とされた。
「・・・・・・・・・ファッ⁉」
自分の手の平の上にある、とても見覚えのあるエンブレムに目を丸くしていると、続けて西小路がポケットからガサゴソと折り曲げられた紙を取り出し、
「あの・・・・・・王君。かやのちゃんの絵を欲しがってるって聞いたからさ・・・・・・はい、コレ。我ながら、なかなかの出来だよ」
と、王に申し訳なさそうに手渡した。それは西小路がかやのの似顔絵を描いたものだった。ちなみに絵のレベルは幼稚園児が上手に描けた程度のレベルである。
自分の手の中にあるモノに唖然としていたが、ふと我に返り二人の方を見た。西小路は早歩きでそそくさと、かやのは馬に乗って悠然と去っていった。
「・・・・・・こんなゴミ要るかーーーーーーーー‼」
王の虚しい叫びが、爽やかな朝の光に吸い込まれていった。
後日、探偵事務所に、紅葉が石丸とエイクを連れて訪れていた。
「あの、紅葉さんから聞いたよ。本当にありがとう、西小路君」
「私も危ないところを助けて頂いて、西小路さんとかやのさんは命の恩人ですわ」
エイクと紅葉は少しやつれてはいたが、晴れ晴れとした笑顔で、西小路に感謝を伝えた。
「かやのさんの方には、後ほど改めてお礼しに伺わないといけませんわね」
「今日はかやのちゃん、アルバイトだからね」
「それと、また石丸さんがこれを」
紅葉が西小路にメダルを手渡した。それは銅色のメダルだった。
西小路は銅メダルを見つめて、「・・・・・・ですよね」と心の中で呟いた。
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