第2話 寒緋桜・前半
箕面(みのお)市(し)船場(せんば)。まだ日が昇り切っていない朝霧漂う杉谷公園。
桜の花びらがはらはらと舞っている。
満開の桜の木の下で、スーツ姿のギャル風の美女が草むらの上で胡坐(あぐら)をかいて座っていた。彼女の頭の上にはウグイス、膝の上には野良猫がちょこんと乗っている。
「・・・・・・うーん、しっかし、どうすりゃ良いのかねぇ」
彼女は赤いメッシュの入った銀髪を掻きむしりながら、右手に持ったクシャクシャになった紙を見つめて、唸っている。
「ここにいたんだ、かやのちゃん!」
スーツ姿で金髪青眼の爽やかな青年が、ギャル風の美女の元へ手を振りながら駆け寄ってくる。
「女みてぇな呼び方すんじゃねぇよ、ダンテ!」
かやのと呼ばれた褐色系外国人風のギャルが、ダンテと呼ばれた白色系外国人風の青年に、その場でロメロ・スペシャルを掛けた。
「イダダダダダダダ! だって呼びやすいんだもん! 待って、折れる折れる!」
ダンテの関節がミシミシと悲鳴を上げていた。
その後、二人は大阪府では有名な国立大学『大阪箕面大学』へ向かって歩いていた。
「つーか、ダンテは何かイイ案思いついたか?」
「おいおい、僕の事は西小路(にししょうじ)くん、だろ? かやのちゃん」
「俺にはゼクスっつー名前があんだがな!」
「あ、かやのちゃん、会場着いたよ」
今日は大阪箕面大学の入学式なのだ。彼らの他にも晴れ着やスーツに身を包んだ入学生たちが友人や親と一緒に会場に入っていく。
式の時間になり学長の挨拶が始まり、新一回生たちはこれからの大学生活に期待や希望に満ちた笑顔で話を聞いている・・・・・・かやのただ一人を除いては。
「おいダンテ、お前そんな呑気(のんき)にしてる場合じゃねぇだろ。俺らにはそんな余裕ねぇんだぜ? その間に結果出さねぇと、また長ぇ期間・・・・・・」
「いやいや、僕も僕なりに考えて、良いものを見つけてきたんだ」
そう言ってニカッと笑う西小路を睨みながら話をするかやの。時折周りにも聞こえる声で語気を強める彼女に周囲の生徒たちもチラチラと視線を向ける。
「―――で、あるからして、んんっ、ゴホン!」
そんな様子の二人に対して壇上の学長も咳払いで注意を匂わす。が、かやのには効果は無いようだ。一方の西小路は一応空気を読んで、学長に軽く会釈をする。そして、かやのに探偵事務所のチラシを見せながら、自身が思いついた案を話した。
「はぁ⁉ 探偵だぁ?」
「いやいや、これは我ながら良い案だと思うよ? 人探しとか探し物とか、そういった依頼をこなせばこなすだけ、依頼者の助けになって喜んでもらえる。つまりこれこそ善い行いをするという事じゃないかい、かやのちゃん?」
「そんなんでメダルが集められんのかよ」
西小路が探偵の業務内容を説明すると、それに噛みつくかやの。
「それはやってみないと分からないさ」
「はぁ⁉ やってみねぇと分からねぇだと⁉ そもそもどうやって手に入れ―――」
「そこの二人、静かにしなさい!」
二人のやり取り、というか主にかやのの怒声に、壇上から注意が飛んだ。
「探偵・・・・・・」
そんな周囲から悪目立ちした二人にずっと視線を逸らさず見つめ続ける人影があった。
「―――まったく、僕まで怒られちゃったじゃないか」
「いきなり探偵とか言い出すんだ。そりゃ大声も出したくもなるわ」
式が終わった後、二人はまだ言い合いを続けていた。
「まぁ、探偵が不満なら、かや・・・・・・ゼクスは他に何か良い案でもあるのかい?」
西小路は苛立つかやのを更に怒らせないように、苗字ではなく下の名前で言い直す。
「ん~・・・・・・案なぁ・・・・・・うん、無ぇ」
「だろ~? だったら一旦僕の案に乗らないか?」
「百歩譲って探偵は良いとしてもよ、拠点とかどーするワケ?」
「うーん・・・・・・それならまずは物件を探そう!」
西小路は呆れるかやのをよそに能天気な声で次の行動を口にした。それから二人は周辺の不動産を片っ端から巡り、物件情報誌や店頭の物件情報、そして実際に店内に入って不動産スタッフにテナント相場を聞いて回った。
そして数時間後、箕面市立船場図書館前のベンチにうなだれる二人の姿があった。
「た、高い・・・・・・こんなはずでは・・・・・・」
「この辺どこもかしこも手が出ねぇな・・・・・・」
自分が考えていたプランの出鼻を箕面市の家賃相場によってくじかれた西小路は頭を抱え、その横でかやのは疲れた表情で情報誌を何度も無駄にパラパラとめくっている。
「あの・・・・・・」
「え?」
「あぁ?」
現実に絶望している二人に一人の品の良さそうな女性が少し遠慮しがちに声を掛けて、その声に反応する。声を掛けた二人の目が死んだ魚のようになっているのを見て、一瞬ギョッとしながら話を切り出した。
「先ほど、入学式で学長先生から注意をされたお二人ですよね?」
「ハハハ・・・・・・お恥ずかしいところを」
「んで? 俺らに何か用かよ?」
恥ずかしそうに頭をかいて笑う西小路の横で、女性に濁った目を向けてダルそうな口調でかやのは用件を訊ねる。
「あ、はい、その・・・・・・これから探偵業を始められると耳にはさみましたので。その・・・・・・もしそのお話が本当でしたら、お二人に是非ともお願いしたい事がありまして―――」
「願いだぁ?」
「ん? あれ? ・・・・・・って事は依頼って事ですか?」
女性は「はい」と答え、図書館内のお洒落なカフェを指さした。
「ここではなんですので、あそこのカフェでお話ししませんか? 相談料代わりと言ってはなんですが、お昼ごちそういたしますので」
「そういや腹減ったな」
「あそこのハンバーガー、結構評価高いみたいですよ」
それから三人は図書館内の『アロハカフェ』に入っていった。そして各々注文をし、料理が提供されるまでの間、軽く自己紹介を始めた。
「まずは自己紹介させてもらいますね。僕は西小路ダンテです。それでこちらが、僕の相棒のかやのちゃんです」
西小路に紹介されたかやのは、大きな溜め息をつきながら、呆れ口調で名乗る。
「・・・・・・・・・俺はかやのゼクスだ」
「私は小野原(おのはら)紅葉(もみじ)です。それで早速相談の事なんですけど、私の大事なペットを探してほしいんです」
「お待たせしましたー」
紅葉がペットについて話そうとした時にそれぞれが注文した料理が運ばれてきた。紅葉と西小路にはハワイアンバーガー、かやのにはベーコンチーズバーガーが運ばれた。冷めないうちにという事で、ひとまず運ばれてきたハンバーガーをそれぞれ頬張(ほおば)る。
「これは美味しいですね!」
「ふふふ、ここに入って正解でしたね」
西小路は美味しそうにハンバーガーを食べ進め、その様子をニコニコしながら紅葉も料理を食べている。そしてその横で一人、かやのはかつてないほどの衝撃を受けた顔で一口かじったハンバーガーを見つめていた。思った事がすぐに口から零れ落ちる彼女は、このハンバーガーを食べた瞬間に受けたあまりにも凄まじいショックに、言葉を発する事が出来ずにいた。思考停止、まさに絶句。
「ところでさっきの話ですけど・・・・・・」
バーガーを食べ終わり、付け合わせのフレンチポテトフライをつまみながら西小路が依頼について切り出した。
「あ、楽に話して頂いて結構ですよ? 私達これから同級生になるのですから」
「それもそうだね。じゃあ遠慮なく」
「それでですね、そのペットなんですが―――」
紅葉はバッグから一枚の写真を取り出し、二人の前に置いた。そこに写っていたのは犬でも猫でもインコでもなく―――。
「これは・・・・・・狸(たぬき)?」
「はい、狸です」
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