第2話 少女との出会い

「ナギサさんは奴隷をどう思っていますか?」


馬車に乗っている時に外を眺めているとローレン様に問いかけられた。この国では奴隷の存在が認められている。ただし、奴隷に堕とされる人は法律で決められていて〈犯罪を犯した者、借金を返せなくなった者〉のどちらかだけだ。それに加えてそれぞれの領土で細かい決まりがある。例えば私が住んでいる領土では15歳以下の奴隷は認められていないけどここでは年齢に制限は無い。


はっきり言って私は“奴隷”という存在があまり好きじゃない。だって元々は日本人なんだしそういうのに抵抗があるし何よりも人が酷い目にあっているのを見るのに耐えられない。見ているだけで心が抉られるくらいの痛みを感じる。


「私は……あまり良いとは思っていません」


「それはなぜ?」


「人が傷つく所は見たくないのです」


「そうですか……ではこれから行くところは少し苦しいかもしれません」


苦しいかもしれない?………もしかしてこの馬車の行き先は……


そして馬車は私の考えた通りの所で止まった。そこは私が今まで一度も来たことの無い場所で人が人を売り買いしている。日本では考えられない事が毎日行われる場所。奴隷市場だった。


「ナギサさんをここに連れてきた理由は……今は言えません、すみません」


ローレン様はそう言うと馬車を降りて私に手を差し出してきた。私はその手を握りながら馬車を降りた。馬車から降りた時に見えたのは両手に枷をつけられて首に鎖を付けられて檻に入れられている人達だった。檻の中にいる人達の顔はどれも絶望に染まっている顔だった。やっぱり……この顔を見るのは辛い。もっと私にお金があったらこの人達を解放させる事が出来るのかなぁ


「ここを見てどう思いましたか?」


「あまり……良い気分ではありません」


「それに関しては私も同意見です。確かに彼らは奴隷です。そうだとしても最低限の服、安全は確保させてあげたい」


そういうローレン様は本当に悔しそうな顔をしていた。


「少し歩いて見ましょうか」


そう言うとローレン様は歩き始めた。私はローレン様の後を付いて行った。

ここには小規模の奴隷商がたくさん並んでいてそれぞれで売っている奴隷の種類が異なっていた。中には競売式の奴隷商もあった。


ローレン様と共に歩いているせいか常に道の真ん中が開けられてすれ違う人からの視線が凄い。男からは品定めをされる様な視線を感じ女性からは妬みや嫉妬の視線を感じていて正直気持ち悪い。


そして少し歩いたところでローレン様が一つの奴隷商に入ったので私もついて行くようにその中に入った。

ここの奴隷商は女性の奴隷を中心に売っているようで檻に入っているのは女性ばかりだった。さらには明らかに未成年の女の子もいて心が締め付けられるような感じがする。


ローレン様は店の奥にある個室に入ったため私も入るとその部屋の中には外の外観には似合わない高級そうな二つの椅子と一つの小さな丸い机が置かれていた。ローレン様が奥の方の座ると私にも座るように促してきた。そして私も椅子に座ると


「実は今日はナギサさんにお願いがあってここに来たのです」


「お願い、ですか?」


私がそう聞き返すとローレン様は少し表情を曇らせて話し始めた。


「はい。ナギサさんには一人の少女を引き取って貰いたいのです」


「それは……私に奴隷を買え、という事ですか」


私が少し怒気を含んだ声を出すとローレン様は少し驚いたような顔をした。


「いえ、買うのは私達です。しかしそこから一緒に暮らすのをナギサさんに任せたいのです」


「……意味が分かりません」


「実は先日、ここに一人の奴隷の少女が連れて来られたんです。しかしその奴隷はまだ余りにも幼過ぎたんです。この領では奴隷を仕入れた時には必ず私たちの所へ申請をしなければなりません。しかしその奴隷の子は申請を受けずに売られていたのです。そのせいで何処から来たのか、誰によって連れて来られたのかもわからなかったのです。そこで我々はその奴隷の子を誰かに引き取ってもらおうと思ったんです。」


……要するに、私にその面倒な奴隷の子の世話をしろと。そういう事なんだろう。


「そんな時にちょうど来てくれたのが……」


「私、という事ですか」


「えぇ」


本当に気持ちの悪い話だ。いかにも“奴隷”としての扱いをされている。いきなり連れてこられて勝手に行動を制限されて、自由を奪われて、その挙句面倒になったから知らない人の所に連れて行かれる。もしここにいるのが“領主”じゃなかったら今すぐにでも魔法で殺す事も出来たのに。


「……私が引き取るのを拒否する、という考えは無かったのですか」


「私が貴方に引き取ってもらおうと思ったのは商談を終えてからです。貴方には使用人がいる。そしてその使用人への態度は素晴らしいものだった。私は今まで沢山の貴族などの使用人を見てきました。しかし多くの貴族は“使用人”への態度は“奴隷”と同じでした。日々を暮らすこともできないほどの低い賃金、休みも少ない、何より自由が無い」


「………」


私はローレン様の話を聞いてとても驚いた。

確かに私には使用人がいる。その人達には普通に暮らせる位の給料を渡していたし、私の住んでいる屋敷に住んでもらって仕事のない時は自由にしてもらって仕事のある時だけ私の“使用人”として働いてもらっていた。私は彼女達と共に楽しく暮らしたかった、“友達”として暮らしたかったからだ。

それ以外にも発明品を作ってもらってる人たちには街で働いている人よりも沢山の給料を出しているし、補償もしっかりさせていた。こっちからお願いしているのだからこれくらいは当然だと思っていた。


しかし、現実は違っていたのか。雇い主からしたら“奴隷”も“使用人”も同じだった。だから最初工房で働いている人からも使用人の彼女達からもとても驚かれた「何でこんなにも給料が貰えるのか」と。


「私は貴方ならその子を任せても大丈夫だと、貴方の使用人を見て確信しました。奴隷や使用人から雇い主の気品がわかる、私はそう思っているのです。なので私は……」


「ローレン様はその奴隷の子と私に何を望んでいるのですか」


ずっと遠回りに話しているローレン様の話を遮って問いかける。

話を遮られたローレン様は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに笑い出した。


「ハハっ!……やはり貴方に任せるとしよう。……私が貴方に望んでい事はその子に“人といる事の幸せ”を感じさせて欲しいのです。」


「どういう意味ですか」


「私はその子に普通の楽しみを、そして普通の幸せを、そして親からの愛情をこれでもかというほどに感じながら成長して欲しいのです。………それが私達にできるその子に対する最大限の“罪滅ぼし”なのです」


………罪滅ぼし、それは単なる自己満足でしか無い。それを私は前世で痛いほど思い知っている。けど……その子に幸せになって欲しいというのは大人からしたら当たり前の感情だ。


もし、私がその子を引き取ればその子は幸せになれる。なら………


「わかりました。その子を“人”として“娘”として引き取ります」


私がそう言うとローレン様はどこか安心したような顔をした。


「よろしくお願いします。ではその子を連れてきますね」


そう言うとローレン様は部屋の外で待機していた店主に声をかけてその奴隷の子を連れて来させた。


そして私の前にその奴隷少女が連れてこられた。その少女は全身に生々しい傷があり普通の子なら泣き叫んでいてもおかしくなかった。髪もボサボサだし見るからに手入れがされていなかった。何よりも驚いたのが着ているものが物凄く薄い一枚の布で秘部を隠す事がギリギリ出来るくらいの小さな物だった。本当にこう言うのを見ると吐き気がする。


連れてこられた少女は私を見るなりすぐに跪いて服従の姿勢をとった。


「ご、ごしゅじん様、よ、よろしくおねがいします」


「その子の名前はソフィアという。ソフィアは親から気味が悪いと捨てられたらしい。本人がそう言っていた」


親に……捨てられた。

そうか、この世界では黒髪は“悪魔の化身”、“不吉な者”として虐げられる存在なのだ。さらに見る限りソフィアちゃんは魔力量が多い。きっとそれも捨てられた原因にあるんだろう


「ソフィアちゃん、これからよろしくね」


「は、はい!せーしんせーいごほうしさせていただきます!」


「ナギサさん、ソフィアを頼みましたよ。もうこの子は奴隷じゃない。足枷も手枷も外してある。首輪は………ナギサさんが外してやってください」


「わかりました」


私がそう言うとローレン様はニコッと笑いその直後私達の足元に魔法陣が現れた!?


「では、貴方方を家へお送りします。お幸せに」


「ちょっとそれってどういう……」


「付き人は先に送っておいたので心配無く」


私が問いただそうとした瞬間に魔法陣が強烈な光を発した。

そして目を開けると私が住んでいる屋敷のエントランスホールにいた。まさか、転移魔法を使えるなんて。


「ナギサ様!?いつの間にお帰りになさってたんですか!?」


そしてすぐにメイドのエリンが駆け付けてきた。


「ナギサ様、そちらのお子様は……」


「この子は……私の娘、ソフィアよ。それで急にで悪いんだけどお風呂の準備をしてくれる?」


「は、はい!分かりました!」


エリンはそう言うと理由も深く聞かずに準備を始めてくれた。きっと何か事情があるって察してくれたのだろう。


「ソフィア、貴方はこれからこの家で暮らすの。よろしくね」


私は陰で固まっているソフィアを見ながら手を差し出した。ソフィアはこの手を握る事はなかったけれど


「よっよろしくおねがいします、ごしゅじん様!」


と言って明るい笑顔を見せてくれた。

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