伍 - 星讀!

 上がり星。

 それを割ることが出来れば無条件で勝ちという、星割りの大会の最終到達とされる星。

 大抵、どの大会にもそれは用意されており、小さな大会ではこの上がり星で決着が付くこともままある。

 だが星割り統一は別だ。

 星割り統一の上がり星は、ずっと十万AU。これは大会の象徴とされ、星割りの会場の最奥に鎮座している。

 十万AU――これは割れない星としての象徴だ。

 万丈万場紫電羅岐が玉座に座ってからこちら、星の最大は九五〇〇〇AUにまで大きくなっていた。いつか十万AUの星を割る還士も現れるだろうと目されていたが、まだそれを割った者はいない。つい今し方、万丈万場紫電羅岐が割った星が、これまでに割られた最大の星である。


 ――紫電羅紋と出会った後、しばらくして私は是音完全音百礼ぜおんかんぜのんひゃくれいという還士に師事していた。

 星割り統一への出場経験も豊富で、統一覇者にこそなれなかったが、実力のある還士だ。

 師匠は、万丈万場紫電羅岐の友人だった。

 だから師匠は知っていたのである。万丈万場紫電羅岐がこの星割り統一で引退を宣言するつもりであることを。


「偉芙楽、やつの心にもう一度、火を灯してくれ。あいつはこんなところで終わる還士ではない!」

 第千回目の記念すべき星割り統一、その棄権者は私の師匠だった。

 私は師匠の推薦と根回しを経て、もちろん出場のための諸々の条件を通過した上で、この田舎銀河の代表として師匠の肩代わりをすることになった。

 私になら万丈万場紫電羅岐の退を見せつけることができると、師匠はそう言うのだ。



 ――会場の熱気の渦の中、親弾合掌猛成敗と去絡頑接緑青は、静かに挑戦を辞退した。もちろん彼らは十万AUの星を割れないと判断したに違いないが、そも見事な星割りを前にし、それに敬意を払ったのだろう。そういった美学も理解できる。


 しかし私はその場にとどまり、万丈万場紫電羅岐の方を向き、場の熱狂が収まるのを待つ。

 その姿を見て、声を掛けてきたのは三本腕の還士……去絡頑接緑青だ。

「小娘――いや、偉芙楽」

 私は去絡頑接緑青の方を向く。また何か小言を言われるのかと思い、少し億劫になりながらも身構える。

「……何か用?」

 しかし彼の声色は、私を非難するそれとは違った。

「割るつもりか、あの星を」

 驚き、しかし期待を込めるような問いかけに、私は静かに頷いた。

「そうか。しかし貴様ならば、或いは――」

 去絡頑接緑青は何かを言いたげだったが、しかし言葉の続きを発することなく、私に背を向けた。

「この時はさらば――健闘を祈る」

 そしてそう言い残し、会場を後にする。

 私は何かを託された思いで、その背中を見送った。


 ――よし。

 私は再び万丈万場紫電羅岐の方を向いた。その奥には超巨星、十万AUの星がある。

 私が星割りを続ける意思を示していることに、万丈万場紫電羅岐も見送人も、少なからず驚いていた。会場もやがて私の存在に気付く。

 どうしてまだ他の還士がいるのか。あの多星割りの後に何を割るつもりなのか。どうやら例の新人が調子に乗っている。非難混じりの声も上がる。


 しかし、ここにいるのは星を割る者だけだ。

 誰もが気付く。

 


 私は自分に言い聞かせる。

 集中しろ、集中しろ。集中するんだ、偉芙楽えらふら


 瞬間、私は全ての雑念を追い払う。

 必要な声、必要な響き、必要なにおい、必要な光。

 必要な物だけを、目の前に。


 ――星讀。


 私は集中の中で、その姿をしっかりと見据える。

 十万AUの、超巨星。

 私の星讀は、いま完全な状態だ。星の地脈、断層、空洞、その全てが手に取るように分かる。

 それでもこの星を割るのは並大抵のことではない。私はここまで、力を温存しておく必要があった。

 ――だからこそ、多星割りが私をここまで導いてくれたのだ。


 そして見送人は、少し躊躇いながら言う。

「一番手、偉芙楽、前へ! 星を選べ!」

 私は目の前の、もはや壁のような星を指さす。

「あの星を――割ります」


 万丈万場紫電羅岐は私の方を黙して見ていた。

 私はしかし、彼の方を見ない。


 私だって、彼に引退して欲しいなんて思わない。師匠の気持ちもよく分かる。

 ……だけど誰かの決意を容易く変えることができるとも思わない。

 還士はただ、星を割るだけ。

 そしてもしも私の星割りで彼の心を揺らせたら、これ以上の喜びはないだろう。


 万丈万場紫電羅岐――あなたは私にとって銀河せかいそのものでした。

 私がこうしてあなたを追いかけることが出来たのは、あなたが前にいたからです。


 もし私の星割りであなたの心にもう一度火が灯ったら――

 ——再び私を、追い越してください。


 私は拳を突き上げ、叫んだ。

「銀河よ!!」

 そして硬く握った拳をただ、突き刺すのみ。

「星を、お還しします!!!!」


 巨星の――丁度休眠火山の辺りに、私の渾身の拳が入る!

 まともにやったらこの星は割れない。――そこに星讀の優位がある。

 その火山は丁度、他のプレートとの継ぎ目にあった。中には冷えた溶岩に、その奥にはマグマだまりがある。

 そこに一気に圧力を掛けたのだ。

 マグマはプレートに沿い、圧力が星に伝播していく。

 私の星割りは、静かだ。

 地脈を読んで割った星は、まるで自壊するように割れる。

 寄り集まった岩石が散開するように、遥か先の恒星の輝きを受け、星が散る。

 そして十万AUの星は――

 静かに、しかし確かに、割れた。

 私が――割ったのだ!


「――還った!! 還った、一本!!!!」

 見送人が、劈くように叫んだ。

「上がり星、割った! 勝者、! !!!!」

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