肆 - 多星割り!
「――還らず! それまで!」
見送人の号令に合わせ、またひとり還士が会場を去る。
星割りの大会は怒濤の勢いで進み、残す還士は私を含めて四人となった。
万丈万場紫電羅岐、親弾合掌猛成敗、三本腕の還士――
大会は例年より早い試合運びで進んでいたものの、混戦していた。皆が皆、歩調を狂わされている。王者の圧倒的な強さ――下位の還士たちが割れない星まで一足飛びに突き放すその力。今大会の両翼と言われた親弾合掌猛成敗でさえ、それに食らいつくのがやっとという様相だ。意外にも食いついているのは三本腕、去絡頑接緑青。彼もまた実力のある還士だが、優勝争いにまで絡む粘りを見せている。
皆が皆、疲労困憊だ。私だってそう。
私の星割りは綱渡りである。他の還士と比べても基礎体力が少なく、長期戦は不利だし、星讀だって不完全だ。
私の星讀は、その読みが完全になるまでに時間がかかる。星を見れば見るだけ、その精度は研ぎ澄まされていく。だが完全な状態を維持できる時間はもっと短い。だからこそ事前の星定めを入念に行ったのだ。
そして間もなく、私の星讀は完全になる。――しかし体力は限界寸前。ここからは気合いの勝負……と言いたいところだが、勝算は、まだある。
私の讀みが正しければ、おそらくここから――
「還った、一本!」
親弾合掌猛成敗が、七八〇〇〇AUの星を割った。真っ二つに一刀両断された星は、美しい地層を露わにしている。
惚れ惚れするほど美しい星割りだ。しかし彼も、かなり辛そうである。
親弾合掌猛成敗が星を割り、残り十星、万丈万場紫電羅岐の番手がきた。
ここからは割る星を考えなければ、敗退する。
巨星に向かったとて、割れなければ最後に自分が割った星が記録になる。焦ってより大きな星を選んでも、割れなければ記録にならない。だから通常は、なるべく遠い星は選ばず、順を刻んで割っていくものだ。
――常道に則れば、そうである。
しかしここは千回目の大会、万丈万場紫電羅岐の十連覇をかけた大舞台。
そして万丈万場紫電羅岐の十八番が……多星割り!
「八〇〇〇〇から九五〇〇〇まで――全てを割る」
そして、万丈万場紫電羅岐はそう宣言した。
九連割り。万丈万場紫電羅岐自身が持つ同時割りの記録を破ると共に、最後の九五〇〇〇AUは超銀河記録である。
――万丈万場紫電羅岐は、それを割るために、ずいと前に出た。
場の可視光が歪むほどの、強い圧。
八〇〇〇〇AUの星ともなれば、万丈万場紫電羅岐を以てしてもその巨躯を圧倒する巨大さ――巨大さである。比べれば彼でさえ、隕石のように小さくに見える。
しかし、割る。
彼は割るだろう。
「はじめ!」
見送人の号令がかかる。私たち還士も、固唾を飲んでそれを見守る。
そして万丈万場紫電羅岐は身体に大きく力を込めた。
「これが!! 多星割りの、真骨頂!!!!」
その巨体に生える八本の腕が、大きく開く。
背中にぐいと広がる様は、まるで翼のようであった。
それは隕石か? 否!
あれこそ最強の王者、万丈万場紫電羅岐だ!
「オオオオオオオオっっっ!!!!」
雄叫びと共に、八本の腕を突き出して彼は星に飛び込んだ。
その速度たるや、強い衝撃が八銅鑼中を揺らすほどである。
そこに一際、大きな衝撃が辺りを貫く。
万丈万場紫電羅岐の拳が、八〇〇〇〇AUの星を捉え、砕いた!
しかし勢いは消えない。
砕かれた星は凄まじい速度で次の星へ、そしてその星も次の星へ星へ――
連なる星が弾き出され、次々に砕け散る。
ひとつ、二つ、三つ――一気に九つ!
一気に割れた星々は、強い熱を発していた。
会場に広がる熱波。凄まじい勢いで砕かれ、その表面を溶かすほどの熱を帯びて赤く色めく星々の欠片が宙に浮かぶ。
そこに立つ、王者。
これが多星割り。
これが――万丈万場紫電羅岐!
……圧巻である。
かつてこのような星割りを成し遂げた者はいない。
間違いなく、星割りの歴史に刻まれる星還しだ。
「還った!! 一本!!!!」
見送人の合図が響く。
そして、会場はかつてないほどに沸き上がった。
自分こそがいま歴史を目撃したのだと、皆が皆、興奮に酔いしれた。
しかし――しかしまだだ!
まだ終わらない。
星はそこにある!
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