参 - 紫電羅紋!

 万丈万場紫電羅岐は今の名である。

 還士はその強さを認められると還士としての改名を認められ、より長い名を付けられる。

 偉芙楽と出会った頃、万丈万場紫電羅岐は紫電羅紋しでんらもんという還士であった。それはおよそ百十万年ほど前――まだ彼が、星割り統一で王座を取れていなかった頃だ。

 紫電羅紋は一番手から徐々に上がり、三度も星割り統一に出場していた。実力はある。しかし今一歩、強さに届かない。これといって特徴も花も無い、そんな還士であった。

 自分には何かが足りないと、彼は行き詰まっていた。


 答えを求めるように紫電羅紋は銀河放浪の旅をしていた。

 そして小さな銀河の片隅で、ある少女と出会う。

 はじめ、紫電羅紋はその少女を遠巻きに見ていた。少女はどうやら星割りの練習をしているようだった。

 五〇〇AU程の小さな星を浮かせ、それを叩く。しかし星は割れず、少女の手に押し出される形で逃げていく。

 ――なるほど、独学らしい。実は小さな星の方が質量が小さいため、力が逃げていきやすく、割るのが難しい。あの手の星なら叩くより、両手で握りつぶした方がよい。

 少女の星割りを見ながら、紫電羅紋はかつての自分もああだったと思いふけっていた。だからほんの気まぐれに、紫電羅紋は少女に声を掛けることにした。

「星割りの少女、その星は握りで割るのだ」

 少女は紫電羅紋の振り返る。

 闘志に滾る目……それは情熱だ。今の自分には直視できないほど眩い目をしている。

 その瞳に紫電羅紋は一瞬、目をそらしそうになったが、少女がそれを許さなかった。

「あなた――紫電羅紋ね! まさかこんなところで会えるなんて!」

 紫電羅紋は驚いた。

 こんな銀河の片隅に自分の名を知る者がいるとは。そしてそれだけではない。偉楽えらと名乗ったその少女は、その目に闘志を滾らせていた。紫電羅紋の星割りを見て、自らも還士を志したと言うのだ。だから彼はいたたまれない気持ちになった。このように燻っている還士に、そのような目を向けないで欲しいと思った。

 彼女は純粋で、屈託がない。物怖じもしない。……多少、遠慮がなさすぎるところもあった。下位とは言え、統一還士である紫電羅紋に手ほどきを要求するほどに。

 それを断ることも出来たが、紫電羅紋は星割りをいくつか披露して見せ、少女の星割りに助言を与えた。

 少女は非力だ。一〇〇〇AUの星さえ割るのを往生することもあった。

 しかし時々、五〇〇〇AUの星を割ることがあった。曰く、少女は時折、星の継ぎ目が分かることがあるのだという。そういった星はどこを叩けばいいか分かりやすく、割りやすいらしい。

「――星讀ほしよみ

 噂に聞いたことがある。星の姿を詳らかにする、特別な力なのだと。

「その目を、しっかりと鍛えることだ」と、紫電羅紋は伝える。「その目はきっと、お前の星割りを――いや、星割りそのものを前進させるやもしれぬ」

 少女はその目の特別さを知る由もない。

 短い期間ではあったが、千年ほどの滞在の後、紫電羅紋は少女が三〇〇〇AUの星を一定して割れるようになるのを見届けて、その銀河を去った。

 去り際に少女が言う。

「本当にありがとう、紫電羅紋。あなたに教えを受けたことを誇りに思うわ。――いつかあなたと星割り統一で闘う、それが私の夢」

 紫電羅紋は面映ゆい気持ちもあったが、それと同時に、自らの心が強く燃えるのを感じた。少女の年齢を考えれば、自分の還士の生涯で相見あいまみえることはないかも知れない。しかしそれでも、自分がそこにいるということを示し続ければ、この星讀の少女はいつかきっと星割りの聖地まで辿り着くだろう。

「ならば、玉座で待つ。――いつかまた、八銅鑼ハチドラで会おう」

 紫電羅紋と偉楽は、そうして別れた。


 ――紫電羅紋はその次の星割り統一で見事、勝利を収めた。

 そこからは一切敵無し、歴代最長の統一王者として君臨している。

 そして記念すべき千大会目の優勝で、十連勝。

 これでいい――と、万丈万場紫電羅岐は思っていた。

 万丈万場紫電羅岐はあえて声こそ掛けなかったが、偉芙楽があの時の少女であると気付いていた。

 そこには万感の思いもある。

 これでいい――この節目の大会、節目の連覇。見せたかった者達に届けられる。

 次世代の還士たちに、これからの星割りを託すことができる。

 


 万丈万場紫電羅岐は、この星割り統一を最後に――引退することを、決めていたのだ。


 自分は強くなりすぎた。

 もはやいまの自分の所に届く者はいない。

 


 星割りを愛した彼は、星割りのために退くことを決めたのだった。

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