弐 - 一番手!

 星割りという競技は基本的に力比べだ。

 より大きな星を割った者が強い。簡潔で分かりやすいものだが、星割りにも細かな規則が存在する。

 取り分け重要なのは星を割る順番と、星選びだ。

 星割りでは、星割りの番付表で下位の還士から星を割る。そして還士は用意された星の中からどれを割るか選ぶことが出来る。ただしその星は、前の手番の還士が選んだものより大きなものでなければならない。


「一番手、偉芙楽! 前へ!」

 私は今回出場の還士の中で、最も位が低い「一番手」だ。

 一番手の初手は、大会の宣誓を兼ねる。銀河を讃え、正々堂々と戦うことを宣誓する役割だ。

 私は前に出て、会場と、見送人、そして還士たちに礼をする。

 これは誉れある役目だ――と、星割り統一に出るとき、運営委員会のお偉方にそう言われた。これは私に限らず、全ての「一番手」に伝えているのだろう。

 なぜなら、星割り統一でかつて一番手が勝利を得たことなど、一度としてないからだ。


「星を選びなさい」

 見送人の声かけで、私は星を選ぶ。

 宣誓の星割りが失敗した場合、規則として大会は中止される。だから初手はかなり小さい星から始めるのが通例である。


「この星にします」

 しかしそう告げた瞬間、会場がどよめいた。見送人も還士も、一様に怪訝な顔をした。

 私が指し示した星は三〇〇〇〇AU級――頭より数えて約三分の一、三十番目の惑星だったからだ。


 会場は不意に、叫ぶように揺れた。ある者は叫び、ある者は私を非難した。

 それも当然だろう。一番手の還士が、三〇より先の星を割った例はあまりない。私の体長の二倍はあるだろう、それほどまでに巨大な星である。私は還士としてはかなり小柄だ。私よりも大柄な銀河人など、会場中にごろごろいる。そしてその小さな無名の還士が、無謀とも言える等級の星を割ろうと宣った。


「小娘! 貴様、星割りを愚弄するつもりか!」

 そう声を上げたのは、控えで私に突っかかってきた三本腕の還士だった。

 私はそれに睨み返すが、三本腕は怯まない。

「貴様のような者に、その星が割れるというのか。この大会をそのような振る舞いで終わらせようというのなら、貴様はその命が尽きるまで汚名を被るであろう!」

 随分な言い草だが、星割りの慣例を踏み越えようとする私に、それを守れと言うのは分からないではない。他の還士も声こそ上げないが、じっと私を睨み、圧力をかけてくる。

 ……私はさすがに怯みそうになった。

 確かに私の大会公式記録は二六〇〇〇AUまでしかない。この場にいるのだって「棄権者」の埋め合わせだ。だが私だって還士のはしくれ――この場を愚弄するためにここにいるのではない。

 ここが還士にとっての聖地であることは、嫌というほど分かっている。


「静まれい、皆の者!!!!」


 不意に、巨声の一喝が会場中に行き渡った。

 ――声を上げたのは絶対王者、万丈万場紫電羅岐だ。


「ここは星割り統一、最高峰の星割りの舞台である! この地に立ち入れる者に、星割りを愚弄するような半端者はおらん。断じておらん! 必ず星を割らねばならぬ一番手が、その星を割ると言っているのだ!」

 万丈万場紫電羅岐の言葉に、会場は静まりかえった。

 三本腕も、他の還士も、一様に私を見た。

 そして万丈万場紫電羅岐も――

「割るのだな、その星を」

 彼の問いかけに、私はしっかりと答えた。

「はい――この星を割ります」


 会場に、一気に緊張感が走った。

 誰の声も届かない。宇宙線のゆらぎばかりが会場を伝う。

 私は星の前まで進んでいき、姿勢を正した。

 そして機を見計らった見送人が、合図を告げる。

「宣誓せよ、一番手、偉芙楽!」


 私は腕を突き上げ、宣誓する。

「――銀河よ! 星をお還しします!」


 そのまま突き上げた拳を硬く握りしめ、ただ星の一点を見据え――

 突き刺すように、それを打ち込んだ!


 会場に小さな衝撃波が走る。拳に硬い岩が食い込む。

 衝撃が肩に背中にしびれをもたらす。


 そして次の瞬間――

 それは静かに、しかし確かに、

 私の拳から、星は散り散りに散壊したのだ。


「――還った、一本!」

 見送人の声が通った。

 それはことを見届けた合図――。


 


 あり得ない出来事に会場は、僅かな沈黙を許したのち……

 歓声と共に、異様な熱気に包まれた。


 ――星は割れる、力がなくとも。

 私の拳は、その岩石惑星の丁度大渓谷に入った。その渓谷は「星の継ぎ目」の中心線だった。

 大抵の場合、岩石惑星というのはいくつかの星の欠片が集まって形作られている。集まった岩石は完全一体に見えるが、しかし実際は違う。「継ぎ目」があるのだ。

 私にはが見える。

 金属でも、ガスでも、星にはかならず継ぎ目がある。


 散り散りになった星が宙にたゆたう。私は呼吸を整え、拳を下げ、そのまま会場の方へ振り返った。

 そこにあったのは歓声の渦だ。誰しもが目の前の光景に驚き、声を上げた。

 還士たちも一様に、私の所業を驚嘆の表情で迎えている。

 万丈万場紫電羅岐は――悠然と、当たり前の光景のようにそれを見ていた。


 ――認められた。

 認められたんだ!


 私の星割りが、ここで認められた!

 それでは行くぞ――万丈万場紫電羅岐を、ここで倒すのだ!

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