もうひとつの「ノック」

菜月 夕

第1話

あの日から私の世界は灰色になった。味気も無い食事もそうだ。

 頭の中にはふっと靄がかかってすべてを隠してしまう。

 さっき出来た事が次の瞬間にはその靄にかくされてしまう。

 そんな世界が辛くて衝動的に自殺を考えてしまうが何かが私を押しとどめてくれている。


 社会で働いていた時はやり手の営業職だったが、会社が傾いてくると色んな責任が私にのしかかってきた。

 それもやりがいがあったのだが、知らず知らず心を蝕んでいたのだろう。

 ある日、起き上がって会社に行こうとしたら起き上がれなかった。

 そして世界は灰色になった。

 診断はうつ病だった。

 そしてこの部屋に閉じこもった。

 今日こそはと、窓だけでも開け放った。

 バサバサッ。突如、小鳥が飛び込んできた。

 開け放った窓の外を慌てるように一回り大きな鳥が引き返して行った。

 どうもあの鳥から逃げた丁度その時に窓が開いたここに飛び込んだらしい。

 小鳥は床で羽を散らしながら身体を引きずっている。どうもからくも逃げれたものの怪我をしたらしい。

 私はそっとその小鳥を手に包み込む。

 暖かさがある。そしてその小鳥だけ私の世界に色がついているのに気が付いた。

 小鳥の怪我を治しながら暮らし始めた事で自殺衝動も収まっていたが、ある日小鳥が窓を叩くので開けると飛び立っていった。

 小鳥の温かみ分の色は消えたが、私はもう少し頑張れそうな気がした。

 そして数か月経ったある日、窓をノックする音が。

 窓を開けるとあの時の小鳥と、まだ飛び方がぎこちない小さめの小鳥が。

 それを見た瞬間、私の世界に色が戻った。

 いつか見た以来見失っていた青空。そこに小鳥たちは再び飛んで行った。

 その久しぶりの青空の世界を。世界は色に充ちていた。

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もうひとつの「ノック」 菜月 夕 @kaicho_oba

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