第7話 輝きに気付き

生きていて一度たりとも、目立ちたいと思ったことはない。生まれた時点から一生、目立ってきたから。


白上しらかみは時々思う。もし両親が日本に帰化せず、ヨーロッパとかで自分を生んでいたら、自分は今どうしてるんだろう、と。


「絶対今とは違うんだろーな」


友達はもっと多かったかもしれないし、逆に一人すらいなかったかもしれない。


いつもの喫茶店の中で、白上は思った。すずちゃんと友達になったのも不思議な話だ、と。変わり者同士って互いを跳ね除ける場合が多いから。


ふと、無性にすずちゃんに会いたくなった。今なら大丈夫だろう。


涙はもう十分流したから。


『今どこ?』


LINEを送ったら、すぐ既読がついた。


『一応外だけど』


「お」


涼香すずかの返事を見て、口元が緩んだ時、


『でも今日は用があるから、多分むずい』


「……」


『そっか、了解』


『ごめん』


「……」


白上は返事を打とうとした。


『気にしないで、でー』


まで打って、『と』を打とうとしたところで指が止まった。


(別にデートって訳じゃないかもしれんじゃん)


でも涼香が外にいるのに自分に会えないことなら、例のあの子と一緒にいるに違いないだろう。


(じゃあ逆にデートってからかえばいいじゃん)


そうだ。本当にその通りだ。


だけど指が動かない。


白上は返事を送っていないまま、スマホを裏返りでテーブルに置いた。







偶然といえば偶然、違うといえば違うことだった。


涼香と沙織さおりの通う高校のある地域には遊びに行ける場所ならいくつかあるけど、その数は限られている。


そして白上はその地域に住んでいて、窓側の席から外を眺めるのが好きだった。


だから道を歩いていた涼香と白上の目が合ってしまったのは、偶然といえば偶然、違うというなら違うことだった。


「あれ?どうかしましたか?」


涼香の足が止まったことに気づいた沙織が言った。


「……友達よ」


白上が窓越しに笑って手を振った。涼香は自分も同じく返し、どうすべきか迷った。今は沙織と一緒で、今日のことはメッセージでお詫びもした。


(ただ、なんか変)


白上が何かおかしい気がする。だけど、だから入るべきか、だから入らないべきかがわからなかった。


「涼香さんのお友達なら、お挨拶して行きません?」


「……沙織は、いいの?」


沙織はもちろん、涼香と二人きりでいたかった。


だけど沙織は思ったのだ。今日、涼香は自分のためにクラスで頑張ってくれた。なら、自分も涼香のお友達に挨拶ぐらいはすべきだ、と。彼女が自分のために頑張ってくれたように。


「もちろんいいですよ!ちょっとお茶でもしよっかと思ってたところだし!」


沙織の方から店内に入ると、ドアの鈴がチリンと鳴った。


「やあ、すずちゃん」


白上はニコッと微笑んで、ご機嫌そうな顔だった。


「そっちが例のコ?ハジメマシテ、白上しらかみゆきだよ~ちなみに英語わかんナイ」


「わ、わたしは、最近涼香さんと仲良くしてもらってる夏山なつやま沙織さおりと申します!ええと、例の、というのは……?」


「あはは、そんなかしこまらなくていーかラ!そし……」


白上は沙織の顔を一瞬マジマジと見つめて、瞬きした。


「あ、ああ、ごめんごめん、なんでもないよ。例って、その、最近聞いたよ、すずちゃんから」


「えっ」


「余計なこと言うなよ、白上」


涼香がため息交じりで言うと、白上はハハッと笑った。


「えっと、それってつまり……」


「うちのすずちゃん、いい女だよネェ~~お、顔すっご」


カアアッと顔を赤くした沙織に、涼香はもう一度ため息を吐きたいのを堪えた。


「ねえねえ、夏山、すずちゃんのどこがそんな好きなワケ?すずちゃんって実はいいやつだけど、まったくもってそう見えないんよネ~」


「一言要らないよ、一言」


「そう……なんですか?」


夏山の声は、いっそ素朴ですらあった。


不思議そうに頭を傾げて、沙織は言う。


「見てさえいれば、涼香さんの素敵なところって誰でもわかると思います、わたしは。みんなが見ていないだけです」


「………………へぇ…」


一秒の間、三つ色の沈黙が流れる。涼香は恥ずかしくて、沙織は不思議そうに、白上は虚を突かれたように。


「夏山ってさ、すずちゃんに惚れたきっかけとかある?」


「きっかけ、ですか」


記憶を遡る人特有の、視線が斜め上に行く顔になってから数秒後、


「ないです、きっかけなら」


「ソッカ~」


アハハと白上は再び笑った。


「すごいね、夏山は」


白上は本気でそう思い、そう言った。


決して皮肉などではない。彼女は沙織のことを褒めるべきだと心から思い、そうした。


だけどほんの少しと、あったかなかったかわからないほどほんのりと、声色に別のものが混じってしまった。


「白上」


そしてその色に、長年の友達が気づけない訳がなかった。


「大丈夫?さっきからちょっと変よ」


白上は表情を装うのは得意だった。


「うん?何もないよ、特に?そういや、なんか甘いの食べない?奢ってよ、すずちゃん」


表情を装うのは涼香も得意だった。そして装うのがうまい人は見抜くこともうまい。


喉元まで言葉がこみ上がる。嘘だ、と。それを無理やり飲み込んだ。


「……うん、奢ってあげるよ。好きなもの頼んで」


「あの、ここはわたしが!出しますので!」


「いいよ、前に白上に貸してもらった本、ずっと返してないし」


「あーそーいやそうだったよネ。読んではいるよね?あれ」


「うん。結構面白い」


「ま、ゆっくり返してくれていーかラ。あたし、ちょっとトイレ行ってくるよ。ついでに注文しとく」


「ほどほどにして頂戴」


白上が立ち上がって見えなくなる。二人になって、沙織は側の涼香に言った。


「涼香さんって、本当に白上さんと仲がいいんですね」


「友達よ」


「はい、大切なお友達なんですね」


「……まあね」


ブラックコーヒーを一口すすり、涼香は言った。


「変わり者だから、私もあいつも」


「確かに、涼香さんは変わってますね」


あれ、と言うような目で涼香が見ると、沙織は穏やかに微笑んでいた。


「涼香さんはいつも、ご自分のことを貫いてますから」


「………………え?」


「どうしてまったくもって心外って顔するんですか!?!?」


「いや、だって……私、そんなに自分のこと……」


好きじゃないし、と言おうとしていたところで口を止める。それは自分のことが好きな沙織には、言ってはいけない言葉だから。


「涼香さんは」


でも沙織は涼香の言いたかったことに気付いたようで、なお、穏やかに言葉を紡いだ。


「綺麗なんですよ、お心も。だから曲げられない。だけどそのせいで人と衝突するのは、その人に申し訳ない……だから避けている」


囁くように、唄うように。


「ずっと見てきたから、わかります。さっき言ったんでしょ?みんな見ていないから、気づいていないだけって……そして」


熱を込めて、愛を込めて、想いを込めて。


「そんな涼香さんに、わたしは救われたんです」


「……沙織っ、て……」


目の前にいる少女の顔が、記憶の奥の何かと重なったような気がして、だけど何と重なったかわからないほどそれが曖昧で。


「さっき、実は半分の嘘をついちゃいました」


次の瞬間、二人は同時に言い始め、被ったことがわかったけど、どちらも止めずに言った。


「私に、高校入る前に会ったことある?」


「実はあるんです、涼香さんのことが好きになった、きっかけのようなものが」


音、心臓の。

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