第7話 輝きに気付き
生きていて一度たりとも、目立ちたいと思ったことはない。生まれた時点から一生、目立ってきたから。
「絶対今とは違うんだろーな」
友達はもっと多かったかもしれないし、逆に一人すらいなかったかもしれない。
いつもの喫茶店の中で、白上は思った。すずちゃんと友達になったのも不思議な話だ、と。変わり者同士って互いを跳ね除ける場合が多いから。
ふと、無性にすずちゃんに会いたくなった。今なら大丈夫だろう。
涙はもう十分流したから。
『今どこ?』
LINEを送ったら、すぐ既読がついた。
『一応外だけど』
「お」
『でも今日は用があるから、多分むずい』
「……」
『そっか、了解』
『ごめん』
「……」
白上は返事を打とうとした。
『気にしないで、でー』
まで打って、『と』を打とうとしたところで指が止まった。
(別にデートって訳じゃないかもしれんじゃん)
でも涼香が外にいるのに自分に会えないことなら、例のあの子と一緒にいるに違いないだろう。
(じゃあ逆にデートってからかえばいいじゃん)
そうだ。本当にその通りだ。
だけど指が動かない。
白上は返事を送っていないまま、スマホを裏返りでテーブルに置いた。
✕
偶然といえば偶然、違うといえば違うことだった。
涼香と
そして白上はその地域に住んでいて、窓側の席から外を眺めるのが好きだった。
だから道を歩いていた涼香と白上の目が合ってしまったのは、偶然といえば偶然、違うというなら違うことだった。
「あれ?どうかしましたか?」
涼香の足が止まったことに気づいた沙織が言った。
「……友達よ」
白上が窓越しに笑って手を振った。涼香は自分も同じく返し、どうすべきか迷った。今は沙織と一緒で、今日のことはメッセージでお詫びもした。
(ただ、なんか変)
白上が何かおかしい気がする。だけど、だから入るべきか、だから入らないべきかがわからなかった。
「涼香さんのお友達なら、お挨拶して行きません?」
「……沙織は、いいの?」
沙織はもちろん、涼香と二人きりでいたかった。
だけど沙織は思ったのだ。今日、涼香は自分のためにクラスで頑張ってくれた。なら、自分も涼香のお友達に挨拶ぐらいはすべきだ、と。彼女が自分のために頑張ってくれたように。
「もちろんいいですよ!ちょっとお茶でもしよっかと思ってたところだし!」
沙織の方から店内に入ると、ドアの鈴がチリンと鳴った。
「やあ、すずちゃん」
白上はニコッと微笑んで、ご機嫌そうな顔だった。
「そっちが例のコ?ハジメマシテ、
「わ、わたしは、最近涼香さんと仲良くしてもらってる
「あはは、そんなかしこまらなくていーかラ!そし……」
白上は沙織の顔を一瞬マジマジと見つめて、瞬きした。
「あ、ああ、ごめんごめん、なんでもないよ。例って、その、最近聞いたよ、すずちゃんから」
「えっ」
「余計なこと言うなよ、白上」
涼香がため息交じりで言うと、白上はハハッと笑った。
「えっと、それってつまり……」
「うちのすずちゃん、いい女だよネェ~~お、顔すっご」
カアアッと顔を赤くした沙織に、涼香はもう一度ため息を吐きたいのを堪えた。
「ねえねえ、夏山、すずちゃんのどこがそんな好きなワケ?すずちゃんって実はいいやつだけど、まったくもってそう見えないんよネ~」
「一言要らないよ、一言」
「そう……なんですか?」
夏山の声は、いっそ素朴ですらあった。
不思議そうに頭を傾げて、沙織は言う。
「見てさえいれば、涼香さんの素敵なところって誰でもわかると思います、わたしは。みんなが見ていないだけです」
「………………へぇ…」
一秒の間、三つ色の沈黙が流れる。涼香は恥ずかしくて、沙織は不思議そうに、白上は虚を突かれたように。
「夏山ってさ、すずちゃんに惚れたきっかけとかある?」
「きっかけ、ですか」
記憶を遡る人特有の、視線が斜め上に行く顔になってから数秒後、
「ないです、きっかけなら」
「ソッカ~」
アハハと白上は再び笑った。
「すごいね、夏山は」
白上は本気でそう思い、そう言った。
決して皮肉などではない。彼女は沙織のことを褒めるべきだと心から思い、そうした。
だけどほんの少しと、あったかなかったかわからないほどほんのりと、声色に別のものが混じってしまった。
「白上」
そしてその色に、長年の友達が気づけない訳がなかった。
「大丈夫?さっきからちょっと変よ」
白上は表情を装うのは得意だった。
「うん?何もないよ、特に?そういや、なんか甘いの食べない?奢ってよ、すずちゃん」
表情を装うのは涼香も得意だった。そして装うのがうまい人は見抜くこともうまい。
喉元まで言葉がこみ上がる。嘘だ、と。それを無理やり飲み込んだ。
「……うん、奢ってあげるよ。好きなもの頼んで」
「あの、ここはわたしが!出しますので!」
「いいよ、前に白上に貸してもらった本、ずっと返してないし」
「あーそーいやそうだったよネ。読んではいるよね?あれ」
「うん。結構面白い」
「ま、ゆっくり返してくれていーかラ。あたし、ちょっとトイレ行ってくるよ。ついでに注文しとく」
「ほどほどにして頂戴」
白上が立ち上がって見えなくなる。二人になって、沙織は側の涼香に言った。
「涼香さんって、本当に白上さんと仲がいいんですね」
「友達よ」
「はい、大切なお友達なんですね」
「……まあね」
ブラックコーヒーを一口すすり、涼香は言った。
「変わり者だから、私もあいつも」
「確かに、涼香さんは変わってますね」
あれ、と言うような目で涼香が見ると、沙織は穏やかに微笑んでいた。
「涼香さんはいつも、ご自分のことを貫いてますから」
「………………え?」
「どうしてまったくもって心外って顔するんですか!?!?」
「いや、だって……私、そんなに自分のこと……」
好きじゃないし、と言おうとしていたところで口を止める。それは自分のことが好きな沙織には、言ってはいけない言葉だから。
「涼香さんは」
でも沙織は涼香の言いたかったことに気付いたようで、なお、穏やかに言葉を紡いだ。
「綺麗なんですよ、お心も。だから曲げられない。だけどそのせいで人と衝突するのは、その人に申し訳ない……だから避けている」
囁くように、唄うように。
「ずっと見てきたから、わかります。さっき言ったんでしょ?みんな見ていないから、気づいていないだけって……そして」
熱を込めて、愛を込めて、想いを込めて。
「そんな涼香さんに、わたしは救われたんです」
「……沙織っ、て……」
目の前にいる少女の顔が、記憶の奥の何かと重なったような気がして、だけど何と重なったかわからないほどそれが曖昧で。
「さっき、実は半分の嘘をついちゃいました」
次の瞬間、二人は同時に言い始め、被ったことがわかったけど、どちらも止めずに言った。
「私に、高校入る前に会ったことある?」
「実はあるんです、涼香さんのことが好きになった、きっかけのようなものが」
音、心臓の。
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