第3話 日々の形が変わるなら、その姿は
手って、一回握ったらいつまで握っていないとダメなんだろう?
今更ながら、
「あ、あそこです!」
紗織が指差す方を見ると、お洒落なカフェがあった。名前はフランス語のなにか。
お店のドアを開ける時にさりげなく手を放したら、紗織の指が惜しいと言わんばかりに離れていった。
「涼香さんは、なにがいいですか?」
席に案内され、メニューを開いてから紗織が聞いた。
「そうね……」
食事だと一番安いのも1400円以上、飲み物をセットでつけると更に300円はするようだった。少々財布が痛むけど、奢るともう言っている。
注文を済まし、お店の人がメニューを下げると、向かい合って座っている紗織のところに目が行ってしまう。
ただ、それは涼香だけの問題ではないらしく、周りからもチラチラと紗織に視線が注がれていた。やはり、可愛い女の子というのは視線を集めてしまう。彼女ほどの可愛さならば特に。
と、涼香が思っていたら、紗織がへへっと笑った。
「涼香さんってお手もキレイですね」
「君の手の方が綺麗だと思うよ」
紗織って呼び捨ては、やはり口から滑らかには出て来ない。
「ええ?そんなことないと思いますよ?ほら」
紗織が片手を差し出したので、涼香も釣られて同じくした。
「ね?涼香さん、お肌もすごく白くてキレイですし!」
「……私の意見は変わってないけど」
指の一つ一つが細くて、手首から爪先までの線が柔らかい紗織の手の方が綺麗だ。
「あ、前々から思ってるんですけど、髪の毛すごくサラサラしてますね。シャンプとか何使ってますか?」
「……お母さんが置いた普通なやつ。私は短髪だから毛の損傷とか少なくなるし、紗織の方が絶対ずっとちゃんとケアしているはずよ」
ウェーブのかかっている、胸まで届くあんな髪は管理するのが大変だ。涼香自分も昔には髪を伸ばしていた時期があるからわかる。
そこで一回、会話が途切れた。
食事の前に飲み物が出てきた。アイスのブラックコーヒーが2つ。
なぜか申し訳ない気持ちになって、涼香がテーブルに視線を落とした時だった。
「思ってた順番とは違いますが、今お伝えすることにします」
「……え?」
「わたしの好きな涼香さんのところ、2つ目です」
そしてクラスどころか、学校で一番可愛いはずの少女は告げた。
「顔です」
「……カオ」
「顔です」
あまりの堂々さにポカンとしてしまう。あれ、顔が好きってあんなドヤ顔でいうセリフだっけ?
「もちろん、顔じゃないところ好きですよ?ぜええええええんぶ大大大好きです。もうめっちゃ好きです」
紗織の顔が、にへへっと笑いそうな蕩けた表情になった。
(この子って、こんな表情もするんだ)
涼香が感心すら覚えていると、紗織は段々早口になってきた。
「涼香さん、肌めっちゃ白くてすべすべしてますし、まつげ超ながーいですし、スタイルすっごおおおおくいいですよね……!もう女の子のザ・理想って感じ!もう、どうしたらあんなに細くなれ―!!」
「お待たせしました。ご注文のオムライスでございます」
(あ、またすっごい赤くなっている)
さっきもそうだったし、どうやら紗織は恥ずかしいとものすごく赤くなるみたいだった。
「―になります、ごゆっくりどうぞ」
お店の人が去った後も、紗織は俯いたままぷるぷるしていた。耳まで真っ赤である。
「……紗織ってさ」
「は……はいぃ………」
消え入りそうな、さっきまでの覇気じみてさえいた自信はどこに行っちゃったのか聞きたくなるような声が返ってきた。
「面白いんだね」
クスックスッと涼香は心地よく笑い、紗織は目をパチパチと瞬いた。
「お、面白い?わたしがですか??」
「うん。すごく」
顔はまだ赤いのに、嬉しそうにもじもじし始めた紗織の表情で涼香はもう一度クスクスと笑った。
「ほら、冷めちゃう前に食べよ?美味しそう」
「は、はい!!食べましょう!!!!!アッツ!?!!」
お料理はとても美味しかった。涼香の頼んだハンバーグは肉汁がたっぷりで、紗織が頼んだオムライスもふわふわと蕩けるようで素敵だったらしい。
食べ終わって、「ちょっと用」と言って席から離れていた涼香が戻ってきたら、紗織も立ち上がった。
「わたしもちょっと」
「うん、了解」
だけど涼香が座ったばかりのところで、
「どうしてもうお支払い済ませちゃったんですか!?」
と、戻ってきた紗織が言った。
「私が奢るって言ったじゃん」
「で、でも、そもそも今日はわたしが無理やり―」
「やるって言ったから」
「…………はあぁ」
「どうしたの?」
「いいえ、何も!涼香さんは、やっぱ涼香さんって思っただけです。い・ま・さ・ら・ですけど!」
「あら、やっぱ告白は取り消す?」
「……もしかして、意地悪してます?」
「そんなことないよ」
「目を逸らさないでください!?口元ニヤニヤしてるし!?!?!?」
紗織のリアクションが面白くて、あまりにも面白くて。
涼香は笑った。腹を抱え、全身で、気持ちよく楽しく笑った。
それはとても素敵で、とても久しぶりのことだった。
それから、二人で遊んだ。
ゲーセンで一緒にゲームをして、デパートでメイクを試した。正確には、いやいやって苦笑する涼香を紗織が座らせ、職員さんにメイクをさせた。紗織と職員さんが自分の顔で盛り上がるのを聞きながら、涼香は目を瞑っていた。恥ずかしすぎて死ぬかと思った。
二人で街の中を歩いた。甘いものを頬張った。好きな音楽の話をした。
一日中、写真をいっぱい取られた。帰り道、スマホのギャラリーを見ながらえへへっとしている紗織に、涼香は呆れ半分、可笑しさ半分で聞いた。
「そんなに楽しいの?」
「楽しいですよ?今、人生で一番楽しいです」
紗織は一秒も迷わず答えた。
「大好きな人とこうしてデートだなんて、もはや幸せです」
涼香が返事をするには、一秒よりは長い時間がかかって、それでも、
「そう」
の二文字が限界だった。
「ねえ、涼香さん」
紗織の囁くような、優しい声。
「……ん。なに?」
「涼香さんはどうでしたか?今日、楽しめましたんでしょうか?」
「……うん」
嘘をつきたくなかったから、本当のことを言うことにした。
「楽しかった」
「よかった」
紗織のホッとしたような声。
「誰かと遊ぶの久しぶりだから、どうなるかと思ってたんだけど……楽しかったよ」
「……よかった」
夕日は暖かな色をしていた。
「ねえ、涼香さん」
「なに?」
「好きです」
「……うん」
「わたしのこの気持ちが本物って、信じてくれますか?」
「最初から知ってたよ」
「でも信じちゃいなかったんでしよ?」
「…………そうね。その通りよ」
息をし、
「今、やっと信じれるようになった」
息を止め、
「紗織は、私のことが……好きなんだね」
口にしたその言葉は甘い響きとなって、舌の先に痺れを刻んだ。
もし恋されることに味があるなら、今口の中のこれに違いない。
そう思わせるほどに、甘くて切ない感覚だった。
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