第2話 差し込んだ日差し、その色彩は

告白の次の日は土曜日だったため、学校で夏山なつやまと顔を合わせることにはならなかった。


代わりに、デートをすることになった。


勝手に目が覚めてしまったから、涼香すずかはそのままベッドでじっとしていた。昨日の夜は眠り落ちるまで苦労して、今も頭の中にモヤがかかっている。


「……告、白……」


昨日夏山から告白された時の彼女の顔、視線、声。その全ては彼女の告白が本物だったと物語っていた。


自分は、恋されている。信じがたいけれど。


あのきらめくような女の子に。あの絵に描いたような美少女に。いつも可愛い笑顔で、いつも周りのみんなから愛されている彼女から。


「……はあ」


女の子同士とか以前に、夏山が自分に恋を抱く理由など見当もつかない。接点など、クラスメイトであること以外一切ないはずだ。


自分と彼女は何もかも違う。いつも笑っている彼女と、いつも静かな自分。いつも周りに誰かがいる彼女と、いつも一人の自分。


だから昨日、信じがたくて彼女に聞いてしまった。




「……どうして、好きなの?私のこと」


放課後、告白をもらってすぐ。自分に好意を向けてくれたという、あまりにも長い期間ぶりのことに判断が鈍っていたに違いない。


「……っ!」


夏山は息を詰まらせた。そしてまるで何かを訴えたいかのような目で、こちらを見た。


(本当、綺麗な目)


温かくて甘そうなその色を、ついつい覗き込んでしまう。


「いっぱい……いっぱいありますよ」


ありすぎて逆に難しい、と言わんばかりに。


「……私にはよくわからないんだけど。夏山さんの周り、可愛い子も優しい子もたくさんいるんじゃない」


だから正直、信じられない、とまでは口に出さなかった。けれど伝わってしまった。


「……わかりました」


夏山の言葉は、涼香の予想とは少し違っていた。更にその続きは、全く予想していなかった。


「わたし、証明してみせます。自分が立花たちばなさんのことが大好きなこと、そして立花さんにはすごいところ、素敵なところがたくさんたくさんあるのを」


その眼差しはどこまでも真剣で、こっちの目を真っ直ぐ見つめていた。もしその奥に魂があるなら、届きたいと願っているかのように。


「…………そ、う」


いつもの柔らかい夏山とは違う姿。だけど、


(どこかで、見たことあるような―)


「立花さん」


目の前の少女は、涼香にいった。


「明日、わたしとデートしてください」




なので、今日の正午からが二人のデートである。頭の中も、心も等しく重い。本当にこれから身支度をして、彼女に会いに―


と、スマホを確認した涼香は凍りついた。


時間はすっかり正午を過ぎていた。




「最悪っ……!」


全速力で駅に駆け込んだ時が13時。夏山は既に1時間は待っていたことになる。


連絡をしようにも、そもそもLINEもSNSも何もかも知らない。昨日の放課後、時間と場所を言い渡され、涼香は頷いた。取り消すことも、日にちを改めることにもできない。友達でもなんでもない、ただの他人だから。


待ち合わせの繁華街まで、地下鉄から電車に乗り換え、そこからまた15分。涼香がついたのは13時半を過ぎた頃だった。


約束の場所まで全力疾走した涼香は肩で息をしながら、額の汗を拭った。夏山の姿は見当たらない。


ホッとした。してしまった。


(最低だ)


彼女と顔を合わせずに済むとか思ってしまった自分が。本当に、最低だ。


ごめんなさい、と伝えないといけないのに。伝えたいのに。


その時、気持ちよく冷えているペットボトルが涼香の後ろから差し出された。


「はい、どうぞ」


恐る恐る振り向くと、夏山が立っていた。にこりと微笑みながら、涼香が落ち着くことを待っている。


「ご、はぁ、は、ごめ―」


「大丈夫です」


夏山が手に取らせてくれたお水を体が渇望している。けれどそれよりも、今すぐやらねばならないことがある。


「ごめ、ん。待たせちゃって。本当に、ごめん」


「……はい」


微笑んでいる夏山の目が、少し潤んでいた。


「大丈夫ですよ。立花さんのことを待つのは、結構楽しいですから」


「……」


涼香はボトルのキャップを開け、水を喉に流した。半分ぐらい一気に飲むと、自然にふぅと息が出た。


「……夏山さんも、飲む?」


落ち着きを取り戻した涼香がそう言うと、夏山はふふっと笑い、ボトルを受け取った。


水を一口飲む夏山を改めて見たら、自分と見比べずにはいられないほどにちゃんとお洒落な私服だった。淡い色の可愛いワンピースを身につけていて、シンブルなのに決して地味ではない。


それに対し、自分は平凡な白シャツにジーンズだけ。


「本当に、ご―」


「ありがとうございます、来てくれて」


もう一度謝ろうとした涼香を、夏山の言葉が遮った。


「わたしの方から無理やり誘ったのに、しかもこんなに走っちゃってくれて」


「……行くって言ったじゃない。それに、走ったのは私が寝坊しただけだし」


「それはそうかもですね」


あっさりとそう言った夏山に涼香がポカンとしていると、夏山はまたふふっと穏やかに笑った。


「では、ちゃんと責任を取ってくれますか?」


「そうする」


今度は涼香の即答に夏山が瞬きをする番だった。


「……いいんですか?どうやって取って欲しいか、わたしまだ言ってないですよ?」


「私が悪いのは私が悪いの」


それに、と涼香は言った。


「夏山は酷いことをする人じゃないって知ってる」


「……昨日は、私の気持ちが信じられなさそうだったのに」


「一緒だから」


一緒?と夏山が頭を傾げた。


「夏山みたいに優しくて人気もある子が、どうして他じゃなくて私のことが、てこと。だから、同じよ」


「…………なるほど、ですね」


夏山は呟き、今度はニコッと大きく笑った。心の底から楽しそうに、華やかに。


「立花さん、昨日わたしが言ったこと、覚えてますか?」


「……覚えてる」


わたしが好きな貴女のことを、貴女にも教えてあげます、と。頬が熱くなりそうだ。


「立花さんの素敵なところ、今一個目をお伝えします」


夏山が指を一つ立てた。


「貴女は、です。人を傷つけないように頑張って、もしそうしまったらその人に許してもらうために頑張ります」


そんなの、普通じゃん、という言葉は喉の奥で呑み込まれた。


夏山が、あまりにも楽しそうに、あまりにもキラキラとした目をしていたから。まるで大好きななにかのことではしゃぐ、子供のように。


涼香が呆けていると、夏山は続けた。


「では、わたしを待たせた責任を取ってもらいましょう。わたしのお願いを、一つ聞いてください」


「……今それ言うの、反則でしょ」


「大丈夫です、酷いことはしないので。ホント、簡単なことです」


そして、


「わたしのことを夏山じゃなくて、さ、紗織しゃおり―」


あ、噛んだ。


「…………………っ!!!!!」


夏山の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。そこまで恥ずかしいことじゃないと思うのに。


「……スゥッ、……ッ!!!!」


過呼吸気味になって来た夏山に、涼香は手を伸ばした。


手と手が触れ合った瞬間、夏山から「ふえっ」みたいな音が漏れた。


「行こうよ、最初の場所、お詫びとして私が奢るから」


間をおいて、


「デートなんでしょう?私との」


後ろにいる少女の顔がどれだけ赤くなっているか、すごく見たい。でももしそうしたら、自分の顔も見せないといけないので、そうしない。


「は、はい!デート、わたしと……涼香さんの!!!」


握りあっている手が熱い。


今年の夏は早いかも、と涼香は自分に言い聞かせた。

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