私も知らなかった私が好きになってくれた君に伝えます、「ありがとう、好きよ」
冬ノ晴天
第1話 ありふれた日々に君が現れて
目で追うとは、実は面白い表現のような気がする。どれだけ追ってもただ視線を送るだけで、対象との距離は変わらない。
だけど
「……」
「……ッ」
チラッと斜めに振り向くと、彼女は涼香から視線を逸らした。だけど自分がまた前を向いたら、彼女はまた自分のことを見るんだろうと涼香は思った。今日中で既に7回はあったことだから。
夏山のその視線に敵意の類はない。なら、何故。
何故自分のところにあんなにも目を向けているのだろう。
(……めんどいよ)
涼香は思った。彼女は面倒なことが一番嫌いだった。
夏山に直接聞こうとしないのも、そうしたら更に面倒なことになるに違いないから。だからこの1週間、彼女と目が合う頻度は高くなっていくにもかかわらず、特に何もしなかった。
チラッと振り向くと、また視線が交差した。これで8回目。
やっと下校の時間になった時、涼香は安堵すら覚えた。さっさとこの教室から、あの視線から逃げようとしていた涼香の後ろから、自分を呼ぶ声がした。
「あの……
ふわふわとした、甘い声。だけど甘えている訳ではない声。
涼香が振り向くと、夏山がすぐ後ろにいた。身長差のせいで自然に見下ろすことになる夏山の目は、日差しに照らされ蜂蜜のような色をしていた。
「……なに?」
そう言ったら、夏山は何かを言おうとして、口ごもって、こちらを見ていた視線を横へずらした。そして再びこちらを向いたら、囁くように小さな声で聞いた。
「好きな人とか……いますか……?」
涼香は自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
何を言えばいいか、どう返事したらいいか全くわからない。
だけど、ただただ自分をまっすぐに見つめるその蜂蜜色の透明な視線が、涼香の口を動かした。
「……いない、けど」
涼香の正直な返事に、夏山の目が輝いた、ような気がした。確かなのは、桜の花のような色の夏山の頬。
「そうなんですね……っ」
夏山は顔を俯かせ、教室から急いで出て行った。
彼女は静かに、よかった、と呟いていた。
ような気がした。
×
「……なんだったんだ」
家に帰った涼香はベッドで横になって、ぼんやりと天井を眺めていた。そしてふと、口からそんな言葉が漏れた。
当たり前のように人々の視線を集め、その中で輝くような人。一人で静かにいることを好む涼香とは、真逆の人だ。
『-好きな人とか、いますか?』
頭の中で、夏山の声が響いた。
耳元に囁かれるような、甘い声。
「……どうして」
その声から、ほんのりとした切なさが滲んでいたのだろう。
涼香は目を閉じた。そうしたらその日の疲れが一気に押し寄せてきて、そのまま眠り落ちた。
×
その次の日は、夏山から涼香の方に視線を送ることは断然少なかった。よくわからないけど、何事も起きずに済んだのなら、涼香としては望むところだった。
だけど涼香の静かな日々は、その日から終わることになった。
やたらと空が澄み渡っている、夏の入り口みたいなその日の放課後に、
「貴女のことが、好きです」
もう堪えられないと言わんばかりの切ない声で、夏山は涼香に恋の告白をした。
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